日本では超高齢社会を迎えるなか、介護を理由に仕事を辞める人や、介護と仕事を両立する「ビジネスケアラー」の数が増加している。
家族介護者においては、仕事と介護の両立が難しく、ライフワークバランスの崩れや労働生産性の低下などが課題として浮き彫りになっている。
こうした状況に対し、経済産業省は2023年3月、「介護の問題を『個人の課題』から『みんなの話題』へ転換する」をテーマに掲げた「OPEN CARE PROJECT」を発足。介護の話題が世代を超えてオープンに交わされるよう、多様な取り組みを展開している。
その一環として、2024年11月13日から17日にかけて、家族介護をテーマにした体験型謎解きコンテンツ「ただいまタイムループ」が開催された。このコンテンツは、擬似家族を通じた没入型体験を提供し、家庭内で介護について話し合うきっかけをつくることを目的としたイマーシブ体験だ。自分の家族では十分な情報共有ができているのか。もし家族の誰かが介護を必要とする状況になったとき、自分はどう対応するのか──。自分の家庭を振り返る貴重な機会となった。
介護の話題をもっとオープンに
都内の住宅が会場となって実施された「ただいまタイムループ」。 撮影/杉本結美「ただいまタイムループ」体験がはじまる冒頭、経済産業省 同プロジェクト担当者が「OPEN CARE PROJECT」実施の背景を語った。
「介護を理由に離職する人の数は毎年約10万人にのぼり、2030年には家族介護者の約4割(318万人)がビジネスケアラーになると予測されている。この状況により、労働生産性の低下が懸念され、経済損失は約9.2兆円に達するとされています」
体験が始まる冒頭、OPEN CARE PROJECTの説明や活動内容、想いを語る経済産業省の担当者。経済産業省は家族介護に関する3つの主要課題に焦点を当て、対策を講じていく方針を示している。
1つ目の課題は、介護保険だけでは補えないサービスや需要への対応だ。この課題に対し、自治体との連携や業界団体の設立を通じて介護保険外サービスを振興し、多様な受け皿を用意することをめざす。2つ目は、企業内における従業員の介護実態の把握を促進することだ。さらに、両立支援として経営者向けのガイドラインを作成し、職場環境の改善を後押しする。
3つ目は、社会全体の介護リテラシーの低さを課題と捉え、OPEN CARE PROJECTなどを通じて介護をより身近に感じてもらう取り組みを進めることだ。経済産業省はこうした取り組みについて次のように述べている。
「OPEN CARE PROJECTは、介護に直面するまで必要な情報を得られないという現状を解消するために立ち上げられました。このプロジェクトでは、企業や個人を含め、社会全体のリテラシー向上と当事者意識の醸成をめざしています。
介護を『個人の課題』から『みんなの話題』へと転換するため、介護当事者や専門職だけでなく、クリエイター、企業、メディアなど多様な主体を横断しながら課題解決に向けたアクションを起こしていきたいと考えています」(経産省担当者)
家族のことどれだけ知ってる?
「ただいまタイムループ」のワンシーン。実家に帰省するなり突然出てきた未来人から、近い未来一家に起こる介護の問題について忠告を受ける参加者。 画像提供/ただいまタイムループ体験型謎解きコンテンツ「ただいまタイムループ」は、参加者が久々に実家に帰省した主人公として物語に参加する形式だ。
イマーシブ体験を通じて、参加者は物語を進めながら銀行口座の暗証番号を探り、家族との対話や情報共有の重要性を学ぶ。さらに、未来人から渡される「エンディングノート」を母親に書いてもらう過程を通じて、老後の準備の進め方について知識を得ていく。実際の自分の家族との関係性を顧みる良いきっかけだ。
「家族ウソ辞典」のパネル。裏返すと本音が書いてある。ウソがつかれたシチュエーションを思い浮かべ、自分の家族と照らし合わせて考えることができる。 撮影/杉本結美会場では、家庭内でのコミュニケーションを振り返ったり、介護についてどのように話し合えばよいかを考えるヒントとなる展示も展開されている。たとえば、「家族ウソ辞典」では、家族の会話に潜むウソと、その裏に隠された本音をパネル形式で紹介。
また、「家族検定」では、自分が家族についてどれだけ知っているかを30問のテストで確認できる。参加者は家族メンバー一人ひとりを思い浮かべながら問題を解いていく。
知っているようで知らない家族のこと──。家族だからこそ話しづらいこともある。「ただいまタイムループ」の体験は、そんな家族との対話のきっかけを与え、「家族と話したい」と思わせる内容となっていた。今後の動向に注目したい。
取材、執筆、撮影/杉本結美