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記事のポイント

  • フィンランドのスタートアップハブ・テックコミュニティである「マリア01」では、次世代の起業家を育てる環境と強いコミュニティが築かれている。
  • 「マリア01」ではコミュニティの価値を信頼し、入居企業同士のコラボレーションや交流を活性化させることでイノベーションにつなげている。
  • フィンランドのスタートアップエコシステムは、産官学の連携により強化されている。

幸福の国、フィンランドはEUを牽引するイノベーションリーダーでもある。その強みは企業と行政の連携や国際的な共同研究にあるという。SupercellやMySQL、Woltなど世界に飛び立つユニコーンを生み出すフィンランド、その背景にあるのが独自のスタートアップエコシステムだ。

病院を改装したスタートアップハブ「マリア01」

「マリア01(Maria 01)」は2016年にスタート。キャンパスと呼ばれる敷地には6つの建物がある。 ©Wasim Al-Nasser

ヘルシンキの中心地に位置する「マリア01(Maria 01)」は、北欧最大のスタートアップハブ・テックコミュニティだ。かつて病院だった建物をリノベーションした施設で、その名も「マリア病院」から譲り受けている。

「マリア01」紹介資料より。ネットワーク通じて、資金、優秀な人材へのアクセスとクライアントやメディアでの紹介などの機会も提供される。

「マリア01」は、400以上のスタートアップやテクノロジー企業が利用するコワーキングスペースであるのと同時に、フィランド国内外のベンチャーキャピタルやアクセラレーターの拠点でもある。また、ヘルシンキのスタートアップエコシステムの中心的な存在としても知られている。足を踏み入れると、古い病院のイメージとは対照的に、ポップな内装と温かみのあるインテリアが迎えてくれる。

「マリア01」内のカフェテリア。ヴィーガンオプション完備。ちょっとしたことだが、提供される食事のおいしさも施設の満足度に貢献しているはずだ。

コミュニティだからこその価値

オフィススペースはもちろん、イベントスペースやミーティングルームに加え、リフレッシュに利用するジムやサウナも完備。

「マリア01」のミッションは「スタートアップが成長するための最高の環境とコミュニティを提供すること」。ヴィジョンには「次世代の世界を変える企業がヘルシンキで誕生することを目指す」ことを掲げている

「マリア01」のCEO、サリタ・ルネバーグさん。 提供/Maria 01

また、公正で責任ある事業運営を通じて社会にポジティブな影響を与えることを目指している、とCEOのサリタ・ルネバーグさんは話す。

参加企業を選考するポイントは、「グローバルな展望とスケーラブルなビジネスモデルがあるか」、「プロダクトが最低限の実用段階に達しているか」、「外部資金調達または自己資金による堅実な運営ができているか」など。

施設やコミュニティの雰囲気はアットホームだが、参加者には明確にビジネスの成長性を求めている。結果、2016年以降、スタートアップによる資金調達額は9億1700万ユーロを超えているという。ビジネスの確かさをしっかり見極めつつ、成長するように後押しする。資金調達も堅実にサポートする。

また、「最高の環境とコミュニティを提供すること」をミッションに掲げているのと同時に、彼らは「コミュニティの価値を信頼している」ともいう。

イベントスペースでは様々なイベントが。テーマは顧客獲得からリーダーシップ、データ活用、ファンドレイズまで幅広い。 ©Tapio_Auvinen

コミュニティを活性化させる工夫も様々だ。ファンドレイズの方法やビジネスにおける困難の乗り越え方など、起業家に役立つイベントが多く開催されており、交流を促す場も活発だ。入居企業同士のコラボレーションも頻繁に行われ、イノベーションを生み出す場として確実に機能しているという。

政府もイノベーション創出に注力し、同プロジェクトを力強く支援している。ヨーロッパのテックハブとも呼ばれる同施設の強みは、どうやらこの“コミュニティ”にあるようだ

スタッフは「私たちはお互いを信頼している」と話す。メンバー全員が等しくコミュニティの一員であり、互いの発言を尊重する姿勢があるそうだ。全員の利益をめざして組織されたこの場を積極的に活用することにおいて、誰もが協力的だ。

EU圏の起業家が多いが、アジア圏からの参加者も。

「あいにく今は日本から参加している起業家はいないが、ヨーロッパでのビジネスを考えるなら、ぜひ日本の起業家にも参加をすすめたい」と担当者は話す。

フィンランドのスタートアップエコシステムが生まれた背景、そして課題

別の担当者にフィランドのスタートアップエコシステムの特長を聞いた。

アーバンテック領域の育成にも力を入れていると話す担当者。

そもそも、フィンランドでスタートアップエコシステムが生まれたのにはわけがある。

2007年にiPhoneが誕生して以降、それまでフィンランドの産業を牽引してきたノキアの事業が衰退し、大規模な解雇が行われた。国をリードする企業が倒産の危機に直面するなか、解雇された社員が次々と起業しはじめたことを受け、フィンランド政府やヘルシンキ市はスタートアップ支援を強化する方向に舵を切った。さらに、インキュベーションサービスも提供し始めたという。

ヘルシンキ市のサポートにも注目したい。市は積極的に実証実験の場を提供し、環境技術やモビリティ分野の実験などが多く行われ、都市課題の解決に貢献している。また、繰り返しになるが、資金やインフラの提供にも積極的である。

学術機関が果たす役割も大きいだろう。アールト大学を中心に、研究、特許、事業化ビジネスがシステマティックに確立されている。

また、技術、ビジネス、デザインを統合的に提供することでイノベーションを促進しており、若く優秀でチャレンジ精神旺盛な人材を排出する仕組みを整えている。

一方で、フィンランドにはまだ課題も残されている。資金規模が小さいため、シード期以降の大規模資金調達が難しいことや、技術系の人材は豊富である一方で、ビジネススキルを持つ人材が不足していることなどを課題に上げる。「失敗への許容度は高い社会だが、スタートアップで失敗した後の精神的なサポートは必要だ」と語る。

産官学の協働やコミュニティを通じた学びと刺激など、起業家に環境を用意すべく取り組んだ結果が、この場とここのスタイルに現れている。

正面玄関にはFrom Zero to Hero.の文字が。

取材を通じて「マリア 01」自体も現在進行系で成長していることを理解し、このエコシステムの力強さを改めて感じた。

取材・執筆/遠藤祐子(MASHING UP)クレジットのない写真は筆者撮影。

協力/ヘルシンキ・パートナーズ

Maria 01

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