撮影/中山美華

記事のポイント

  • KDDIで女性初の役員に就任した最勝寺奈苗さんは、現在は取締役執行役員常務 CFO コーポレート統括本部長として企業価値の向上に注力している。
  • 2020年8月より、 専門性と人間力を重視する KDDI版ジョブ型人事制度を導入し、個々がチャンスを掴める仕組みに。
  • 「働き方アップデート」から、「働きがい向上とそれによる事業貢献」へ一歩深めようとしている( 管理職の業務負荷軽減に向けた取組み、社内フリーエージェント制など )。

従業員は6万人超、時価総額は2024年8月時点で約10.8兆円に達したKDDI。日本経済を牽引してきたトップ企業として、マルチブランドのモバイル事業をはじめ金融事業やエネルギー事業を展開する一方、ドローン・メタバース・衛星通信など次世代のニーズを掘り起こすビジネスにも力を入れている。

そのKDDIで女性初の役員に就任したのが、最勝寺奈苗さんだ。現在では取締役執行役員常務 CFO コーポレート統括本部長として企業価値の向上に注力している最勝寺さんにとって、 DE&I 推進はKDDIが目指す「人財ファースト企業」の根幹を成すミッションだという。いかに多様な人財を獲得し育成していくのか、施策の数々について伺った。

最善な道を選択し続けた結果としてのキャリア

最勝寺 奈苗(さいしょうじ・ななえ) 大学卒業後、出版社に就職し経済誌の編集業務に携わった後、1988年第二電電(現KDDI)入社。経営管理部、IR室長、財務・経理部長などを経て、2014年にKDDIで女性初となる理事(役員)就任。2020年執行役員 経営管理本部長就任。2022年に執行役員 コーポレート統括本部 副統括本部長 兼 サステナビリティ経営推進本部長を経て、2023年執行役員常務 CFO コーポレート統括本部長、2024年より取締役執行役員常務として現職に就任。 撮影/中山美華

──これまでのキャリアと現在の役職についてお聞かせください。

最勝寺奈苗さん(以下、最勝寺): 私は最初からキャリア志向だったわけではなく、会社に入った時は早く辞めようとさえ思っていました。 第二電電(現KDDI)に入社した頃は女性の結婚退職が一般的で、それが普通だと思っていました。

働き続けてこられたのは、上司や同僚、後輩の支援があったからです。出産した時も家族が辞める必要はないのではと言ってくれましたし、その時に考えたことは、娘にとって誇れる親であるためには仕事をきっちりやることだと。いただいているお給料以上の働きをしたいという気持ちが原動力になりました。 さらに管理職になり、部下ができると、その育成責任もあり、途中で辞める選択は考えられなくなりました。

──総合職への転換や育児休業の取得も、KDDIでは女性初だったと伺いました。その後も女性初のポジションを歴任していらっしゃいますね。

最勝寺: グループリーダーや部長になった頃は、同じ立場の女性が全くいない状況でした。部長研修では女性が私たった一人で、講師からも注目されて嫌で仕方ありませんでした(笑)。 長年、管理会計を担当したのち、2003年から8年間はIR室長を務めました。その後は財務会計を経て経営管理本部長、サステナビリティ経営推進本部長を歴任し、現在はコーポレート全般を統括しています。 CFOとして、業績向上だけでなく人事戦略やカーボンニュートラルの取り組みなど非財務分野にも注力し、企業価値向上に努めています。

「女性初」だったからこそのやりづらさ

──その人事の仕事の中に女性活躍推進を据えていらっしゃるのでしょうか。

最勝寺: そうですね、人事本部と連携し、女性管理職の割合を上げる必要性を感じています。

ただ、私自身、これまで女性活躍推進を必ずしも前向きに捉えていたわけではありません。男女雇用機会均等法(1985年)が始まった翌年に就職しましたが、当時は法律ができたからといって急に意識が変わるものでもないし、私としてはとてもやりにくい思いをしていました。女性活躍推進だから、実力以上に評価されているのではと感じたこともありましたし、女性を主張しすぎるように見られるのも避けたかったため、自ら協力を申し出ることも控えていました。しかし今では人事の統括責任者として、その推進にしっかり向き合っています。

多様な働き方への理解を促す

撮影/中山美華

──具体的にはどのように女性活躍を推進していらっしゃるのでしょうか?

最勝寺: 女性が働きやすい制度は以前から整備していますが、管理職登用を始めとしたパイプライン管理には課題があります。そのため、女性活躍推進のための全社横断型プロジェクト「KDDI’s Diversity Drive PT」を立ち上げ、私が責任を担っています。 女性の管理職意向を高める施策を検討するワーキングと各本部の人事責任者と組織的な課題について議論し解決を図るワーキング、主にこの二つの組織で活動をすすめています。

また、2023年度には経営層が女性活躍について議論する「女性人財開発会議」を設定し、好事例があれば全社で共有するなど、現在の女性管理職比率をあげていく改善策を考えています。

ただし、女性に無理強いはしたくないのが本音ではあります。女性には多様な働き方の選択肢があるので、例えば、出産後も働き続けられる仕組みや社会参加を支える方法を考えることが大切です。女性活躍とは言っていますが、男性も活躍する会社であるべきであって、そのように区別なく誰もが活躍できる環境になることが理想的ですよね。

ジョブ型人事制度では「人間力」も評価

──御社が人的資本経営に重点を置き始めたのはいつ頃でしょうか?

最勝寺: コロナ禍中の2020年8月、KDDI版ジョブ型人事制度を導入したタイミングが大きな転換点です。全社員が専門性を深耕し、「プロ人財」として活躍することで、事業成長を実現すべく、成果と専門性の向上にダイレクトに報いていく制度です。ジョブ型人事制度によりキャリア採用も増え、組織の活性化を実現しています。

また、 この制度では、専門性だけでなく「人間力」も評価するのが特徴です。 「人間力」というのは、KDDIを創立した稲盛和夫が提唱したKDDIフィロソフィがベースにあります。フィロソフィの真髄は、人間として何が正しいのかを考えること。その中では「仕事を一生懸命やる」、単にお金だけではなく人のために尽くすことも謳われています。

人間として正しいことをするという価値観が組織全体で共有され、人間関係が良好な環境であると、働きがいを見つけやすいのではと思います。そのために各グループ単位で上司と部下の1on1ミーティングを必ず毎月最低1回、できれば2回行い、ざっくばらんに話し合うことを推奨しています。

かつての「人事は上が決める」時代と違い、個々がチャンスを掴める仕組みになり、満足度は上がっていると思います。エンゲージメントサーベイでは、ジョブ型導入時の課題だった若手の「挑戦心と成長心」に改善が見られています。

働きがい向上に向け、社内フリーエージェント制をスタート

撮影/中山美華

──社員の「挑戦心と成長心」を育む施策がほかにもあれば、教えてください。

最勝寺: 今年度から価値創造に使う時間を増やし、働きがいを高める「働き方アップデート」を開始しました。これまでは労働時間縮減やテレワークをはじめとする柔軟な働き方を促進してきたのですが、「働きがい向上とそれによる事業貢献」へ一歩深めようとしています。

若い社員を始めとした非管理職層は長時間労働から解放されつつありますが、働きがいを感じられるかというのはまた別のテーマでもあるんですよ。あまり自分の成長に実感がないと、別の活躍の場を探して結局転職することにも繋がりかねないのは課題です。

当社では社内副業制度を設けていて、手を挙げれば、本業の最大20%を上限に別部署の業務を行うことができます。通常の社内公募制度も設けていますが、今年度からは新しく社内フリーエージェント制も導入しました。ある一定の成績優秀な非管理職層にフリーエージェント権を付与して、本人が権利を行使すれば、その人に対して他の部署がオファーを入れることが可能になり、今の部署が防衛することも可能です。どのオファーが一番いいと思うのか、現部署に留まるのかは本人次第。権利があっても行使しない人もいます。このように会社からの辞令という形ではなく、自分でも異動先を選べる制度を導入しております。

ただ、非管理職の働き方改革が進んできた一方で、管理職の長時間労働がむしろ顕在化してきてしまいました。人的資本経営への意識の高まりで管理職に求められる役割が増大していることも原因の一つと見ています。 対策としては、我々コーポレートから依頼する業務の3割削減を目指そうとしています。さらに今年の10月からは業務過多なグループリーダー、いわゆる課長クラスに副ポジションを設置できるトライアルを開始して、ヒトと仕事のマネジメントのシェアによって負荷を分散する取り組みも始めています。

人財ファースト企業への変革

──御社の今後の展望についてDE&I の観点からお聞かせください。

最勝寺: 当社の2030年に向けたビジョン「KDDI VISION 2030」では、「『つなぐチカラ』を進化させ、誰もが思いを実現できる社会をつくる」とし、社会を支えるプラットフォーマーを目指しています。

それらの実現には、他企業とのコラボレーションによるオープンイノベーションや専門性を持つ多様な人財が必要です。

「人財ファースト企業への変革」には、DE&I や女性活躍、ジェンダーギャップ解消が不可欠です。 本体だけでなく子会社もしっかりとカバーしていくことも重要ですし、グループ戦略の中に女性活躍の観点を盛り込んでいくべきだ、という意見も出てきています。

撮影/中山美華

──最後に、「多様性」についてご自身はどのようにお考えでしょうか。

最勝寺: 人間には当然、個性があってしかるべきです。人間の数だけ多様性があり、我々のフィロソフィの真髄もやはり人間を個として考えています。 個の集まりが組織であり、個性や多様性があるからこそ自分と異なる何かを発見して、感じて、それを新たな刺激として自己成長につなげられる。いろんな人が集えば、それだけ大きな気づきを得て、大きな成果につながると思うんですよね。 そういった多様性の持つ価値を、固定概念や思い込みによって、知らず知らずのうちに潰してしまわないようにしなければと思います。

人事ではアンコンシャスバイアス研修をしていますが、私自身も思い込みや経験に頼るところがやはりあります。できるだけそのような点を廃して、ピュアな目で一人の人間として相手を見てあげることがどれだけできるのか。それは個人としても、会社としても、意識的に取り組む必要があると考えています。

取材・執筆/山田ちとら、撮影/中山実華

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