塚本晋也監督といえば1989年に日本公開された『鉄男』をはじめ『東京フィスト』(95)『ヴィタール』(04)『野火』(15)『斬、』(18)など、日本のインディーズ映画が世界に躍り出る突破口的存在として屹立し続ける才人監督です。

同時に俳優としても自作出演以外に『シン・ゴジラ』(16)や「いだてん」(19)「おかえりモネ」(21)などで良い味を出し続けていますね。

そんな彼のキャリアを振り返るとき、上記に掲げた作品群以外に必ず出てくるタイトルが『ヒルコ/妖怪ハンター』です。

伝奇SFファンタジー漫画のカルト的名匠・諸星大二郎の世界を堂々映画化した本作、1991年の初公開から30年の時を経て、2Kリマスター版によるまさかのリバイバル上映が決定!

こちらも30年ぶりに銀幕で再見し、当時の興奮と感動が蘇るとともに、令和の今にも新鮮に映えるジュヴナイル・ホラーとしての感慨に包まれてしまったのでした。
 

「良い意味で別物」と
原作ファンも納得の意欲作

塚本晋也×諸星大二郎×沢田研二による伝説のジュヴナイル・ホラー『ヒルコ/妖怪ハンター』まさかのリバイバル!


1991年5月11日に公開された『ヒルコ/妖怪ハンター』は、亡き妻の兄・高史(竹中直人)からの手紙で彼女の故郷の村を訪れた異端の考古学者・稗田礼二郎(沢田研二)らが体験する真夏の中学校の夜の怪異譚を描いたものです。

悪霊が封印されていると思しき古墳を学校の敷地内で発見した高史は、生徒の月島令子(上野めぐみ)とともに行方不明となり、稗田は学内に入り込んだ高史の息子まさお(工藤正貴)とともに調査を始め、やがて恐るべき真実に遭遇します……。

本作は、国内外の伝承伝奇をモチーフにした大胆奇抜なストーリー構築で異彩を放つ諸星大二郎の漫画「妖怪ハンター」名エピソードのひとつ「海竜祭の夜」をメインにしつつ、「黒い探究者」「赤い唇」の要素もそこはかと盛り込まれています。

ただし、基本ストーリーこそ同じながら、まずは主人公・稗田礼二郎が原作では幽玄的かつクールな佇まいを持ち合わせた黒ずくめの細めのキャラクター(大学時代、映研仲間らと「映画にするなら、稗田は岸田森だね」なんて話したりしていたものでした)を、ここではどちらかというおっちょこちょいでビビリで三枚目という、そんなキャラクターを絢爛豪華なカリスマ的イメージの強かった大スター沢田研二が演じているのが最大の特徴ともいえるでしょう。

またキテレツな妖怪探知機を作ってみたり、何とキンチョールで妖怪を追い払ったりと、原作のおどろおどろしい世界観は一見、完全無視?

塚本晋也×諸星大二郎×沢田研二による伝説のジュヴナイル・ホラー『ヒルコ/妖怪ハンター』まさかのリバイバル!


しかしながらこの作品、賛否皆無とまでは言いませんが、比較的公開当時は原作ファンにも認可された節がありました。

それはやはり原作とは良い意味で別物の、塚本晋也監督ならではの『妖怪ハンター』になり得ていたからであり、同時に原作に内在する古代の闇の数々がもたらす不穏な恐怖を、塚本監督は持ち前のヴァイオレンス感覚を以って暴力的に描出していくことにより、妖怪と人間とのおぞましき脅威的対峙を原作同様に醸し出してくれていたのです。

さらにはこの作品、真夏の夜の学校を舞台にしたジュヴナイルとしての要素も満載で、それもまた見る側に不可思議な郷愁を与えてくれています。

--{塚本監督メジャー進出第1弾劇中に見出せる作家的資質}--

塚本監督メジャー進出第1弾
劇中に見出せる作家的資質


実はこの作品、1989年に発表した自主映画『鉄男』がローマ国際ファンタスティック映画祭グランプリを受賞するなど、時の新鋭として世界的な話題を集めていた塚本晋也監督のメジャー映画第1弾で、当時も今も企画から監督・脚本、スタッフワークも大半は自分で手掛け、主演することもしょっちゅうという塚本監督としては初めて外野からオファーを受けて演出の任にあたった、いわば依頼仕事でもありました。



しかし、これはもうオファーした側の目のつけどころの確かさに驚かされますが、そもそも『鉄男』を見たときの諸星ファンの第一印象が、諸星の手塚賞受賞作「生物都市」とどこか似てるというもので、だからこそ彼が「妖怪ハンター」を監督すると知らされた原作ファンの多くは、なるほどと大いにうなづけるものがあったのでした。
(もっとも塚本監督自身は「生物都市」を読んではいたものの、『鉄男』制作時はすっぽり頭の中から抜けていたとのこと)

幼少期から水木しげるの妖怪ものなど幻想怪奇の世界に興味を抱き続けていた塚本監督は、諸星ワールドを巧みに換骨奪胎した本作の後も江戸川乱歩原作の『双生児』(99)や、乱歩的探偵ものをめざした自身の小説の映画化『悪夢探偵』2部作(07&08)を果たしています。

塚本晋也×諸星大二郎×沢田研二による伝説のジュヴナイル・ホラー『ヒルコ/妖怪ハンター』まさかのリバイバル!


常々「肉体」「都市(空間)」「暴力」といった論点で語られることが多い塚本監督作品ですが、本作もまたこの世とあの世の狭間といったある種の一種異様な「空間」の中で「肉体」がどのように変化していき、そこにどのような「暴力」が伴われては哀しみが増幅していくのかを問うていきます。

さらにはそこに「思春期の夏」という二度と戻ってこない郷愁までもたらしながら……。

--{1991年の日本映画界そして30年後の今}--

1991年の日本映画界
そして30年後の今


さて、本作が公開された1991年ですが、まだ1980年代の日本映画界の名残りが大いに感じられる時期でもありました。
(この直後にバブルが崩壊し、映画界はもとより日本全体が一気に閉塞化していきます)

以前のジュヴナイルSF特集記事でも記したことではありますが、ハリウッドのSFX大作が世界中の映画館を席捲していた1980年代の中、日本映画界はその手のジャンルがなかなか上手く企画が転がっていかず、特撮を駆使したものに関してはせっかく『ゴジラ』(84)が復活してもその続編『ゴジラVSビオランテ』(89)まで5年の月日がかかり、その間の『首都消失』(87)『竹取物語』(87)といった特撮大作も出来に関してはムムム……といった忸怩たる状況が続いていました。

関連記事:【知恵と工夫】特撮が無くとも面白いSF/ファンタジー映画は作れる!|『Arc アーク』『夏への扉ーキミのいる未来へー』『夢幻紳士 人形地獄』『星空のむこうの国』etc…

一方、80年代はビデオ・デッキの普及に伴って国の内外を問わず空前のビデオ・ブームとなり、劇場未公開の映画が多数ビデオでお目見えするといった事態が到来していくのですが、中でも人気を博したのがホラー作品でした。

塚本晋也×諸星大二郎×沢田研二による伝説のジュヴナイル・ホラー『ヒルコ/妖怪ハンター』まさかのリバイバル!


特撮SFみたいに大掛かりな予算やスターを必要としないホラー映画の存在は、当時の自主映画界の若き騎手たちやマイナー資本の創作意欲を大いに刺激し、徐々にそういった作品群が(オリジナルビデオも含めて)作られるようになっていきます。

同時期、1985年に始まる東京国際ファンタスティック映画祭がそういった国内外のジャンル映画を大いに後押ししていくことで、80年代後半から90年代前半にかけてのホラー映画シーンはかなりマニアックに盛り上がっていきました。

『鉄男』にしても、作品を見た東京ファンタ・プロデューサー小松沢陽一が海外の映画祭に推薦していったことが世界的評価のきっかけになっています。

こうした時代の流れの中、続く『ヒルコ/妖怪ハンター』にしても、ホラー要素のみならず1980年代ジュヴナイル映画の要素までも過不足なく継承されています。

また『太陽を盗んだ男』(79)以降『魔界転生』(81)『ときめきに死す』(84)『カポネ大いに泣く』(85)『リボルバー』(88)など80年代日本映画の「顔」でもあった沢田研二の新境地として、本作は大いに評価されました。
(ちなみに本作や『夢二』などが公開された91年の後、99年の『大阪物語』まで彼の映画出演は途絶えます。理由はいろいろあるにせよ、これもまた時代の閉塞感を物語っているかのようです)

さらには本作で、一度見たら夢に出てきそうな強烈なインパクトをもたらす竹中直人ですが、80年代はありとあらゆる映画に出演しまくりながら映画への偏愛を募らせていき、ついには本作の後で初監督作品『無能の人』(91)を発表し、こちらも世界的な評価を得ることになるのでした。

そして30年後、『ヒルコ/妖怪ハンター』は2Kリマスターによる劇場公開が決定。

久々に見直すと、今は亡きベテラン室田日出男はもとより、光石研や余貴美子、大谷亮介といった面々が小さな役で出ていたことにも驚かされます。

塚本晋也×諸星大二郎×沢田研二による伝説のジュヴナイル・ホラー『ヒルコ/妖怪ハンター』まさかのリバイバル!


生徒役で出演していた10代の俳優たちも、今では大人になり、おそらくは本作の中学生くらいの子どもがいるかもしれません。

30年の月日を経て映像技術的には格段の進化を遂げた映像業界ですが、伝承伝奇の恐怖と真夏の思春期とが郷愁と初々しさを以って描かれる本作のような作品は奇跡的かもしれません。
(しかも原作とは別物ながらも、確実に「何か」が同じであるという至福感!)

そんな同世代映画ファン同士の何気ないいつもの会話を経た後での『ヒルコ/妖怪ハンター』との再見は個人的に感無量で、同時にこれから初めて本作に接する(ある意味幸運な!)映画ファンにとっても、これからの映画の矛先を占うヒントの鍵を見つけ出すことが出来るかもしれないという意味においても、是非見ていただきたい逸品なのでありました。

(文:増當竜也)

--{『ヒルコ/妖怪ハンター』作品情報}--

『ヒルコ/妖怪ハンター』作品情報

ストーリー
稗田礼二郎は考古学の新進気鋭の学者として知られていたが、ある学説を唱え始めてからは、ほとんどその存在は忘れ去られようとしていた。そんな稗田のもとへ、義兄で中学校教師の八部から、古代人が悪霊を静めるために造った古墳を発見したという手紙が届く。さっそく現地へと向かう稗田だったが、八部の姿はなく、それどころか教え子の令子と共に謎の失踪事件を起こしていた。一方、夏休みでだれもいない学校では、八部の息子のまさおが友達を連れだって、父親の行方を探していた。そこで令子の姿を見たまさおは、不思議な雰囲気に包まれ、何やら得体の知れない生物が徊回し、まさおの背中が煙をあげて急に痛みだした。そして、そんな危機に陥ったまさおを救ったのは稗田だった。稗田とまさおは妖怪退治の武器を手に暗い構内を探索する。そこには血の海とおぞましい首なし死体があった。彼らの恐怖感がつのる中、静かな女の歌声が聞こえてくる。それは令子の声だった。

しかし、彼らの前に現れたのは、首だけのヒルコとなった令子の姿だった。調理室は地獄絵を見るような惨劇となった。そして何とかヒルコの魔手から逃れた二人は、偶然八部が書いたヒルコ古墳ノートを発見する。そのノートには、古墳を開けるためには呪文が必要であると書かれていた。ヒルコを捕まえ、封じ込めなければ大変なことになると知った稗田は、不気味な形相をした用務員・渡辺からこの土地の秘密を聞き出すが、自分もヒルコに変身していくのをさとった渡辺は自殺してしまう。古墳の絵図からその中心は学校にあり、その入口は用具置場にあることを説き明かした稗田は、ようやく石櫃にたどりついた。その扉の中に足を踏み入れた二人は、そこでヒルコに変身していく八部の姿を見る。そして無数のヒルコが襲いかかってきた。稗田とまさおは、悪魔を封じ込める呪文をとなえながらヒルコと死闘の末、危機を脱するのだった。

予告編


基本情報
出演:沢田研二/竹中直人/上野めぐみ/工藤正貴/室田日出男/余貴美子 ほか

監督:塚本晋也

公開日:2021年7月9日(金)

製作国:日本