「ボディ・ポジティブ」は本当にポジティブなのか? ファッショ...の画像はこちら >>



Text by ELIE INOUE
Text by 吉田真也



ここ10年ほどで「美の基準」は大きく変化している。雑誌の表紙や広告で見かけるのは、さまざまな肌の色、体型、人種、ときに性別さえも問わないモデルたち。

多様性を受け入れ、排他的にならず個を尊重するマインドは昨今あらゆる業界で重要視されている。



とりわけムーブメントとして顕著なのが「ボディ・ポジティブ」だ。ボディ・ポジティブとは、社会や他人が決めた「理想的な体型・外見」に左右されず、自分の身体をポジティブにとらえるという考え方。この価値観が広まったことで、スリムで痩せていることを良しとする、従来の美の定義は崩れつつある。



本記事では、ボディ・ポジティブの考え方が社会に浸透してきた背景をあらためて振り返るとともに、ファッションブランドにおける広告表現と実態について考察する。そして、真の意味で多様性を実現するために、ファッション業界や個々が意識すべきことも考えたい。



そもそもボディ・ポジティブが世間から支持されるようになった発端は、2010年代前半のこと。当時、スリムな白人ばかりを起用するファッション広告に対して、人種的マイノリティーの女性たちが抗議するかたちでSNS上に「#BodyPositive」をつけて「自分を愛そう」と発信したことがきっかけである。



やがてブロガーやインフルエンサー、セレブリティーの賛同により急速に広まり、SNSの影響がエンタメやファッション、コスメとあらゆる業界へと波及した。



2016年、マテル社が展開するバービー人形に、ふくよか(Curvy)なボディタイプの商品が加わったことは、このムーブメントの影響力を表す一例である。



また、ぽっちゃり体型の女性が主人公のNetflix映画『ダンプリン』(2018年)や映画『アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング』(2017年)など、美の定義に問いかけ体型のコンプレックスを明るく描いた作品がヒットしたのも、時代の潮流を表した象徴的な出来事といえる。



もともと画一的な美の表現に傾倒し、定義づけに加担してきたファッション業界も、この社会変化に呼応して大きな変革を見せてきた。



昨今は、プラスサイズモデルと呼ばれる、ふくよかなモデルがファッション誌や広告キャンペーンで起用されることが珍しくなくなった。



その立役者といえるのが、2015年あたりから活動しているアシュリー・グラハム。17歳でモデルを始めた頃、モデルエージェントに「痩せなければ仕事はない」と言われ、自己肯定感が急激に落ちたことを女性誌『ハーパーズ・バザー』(イギリス版)の取材で語っている。



「私は『太りすぎているから』仕事がないということが動機になり、『よし、それなら業界に欠けている部分を埋めよう』という勇気と野心でいっぱいになりました」という熱意も口にした(*1)。



その後、「ヴォーグ」「エル」「Vマガジン」など数々の有名雑誌の表紙を単独で飾り、「マイケル コース」「フェンディ」「エトロ」「ドルチェ&ガッバーナ」といったビッグブランドのランウェイにも起用され、モデル業界の美の価値観に一石を投じるかたちとなった。



彼女に続くように、最近では「シャネル」のランウェイを歩いたジル・コートリーヴや、コスメブランド「グロッシア」の広告キャンペーンでヌードを披露したパロマ・エルセッサーが、ボディ・ポジティブの立役者として活躍している。



このような個々の言動による影響だけなく、ファッション業界の核心に迫るような地殻変動も起こった。大きなきっかけとなったのは、2015年にエディ・スリマンがクリエイティブ・ディレクターを務めていた「サンローラン」の広告で、登場していたモデルが「痩せすぎている」として、掲載を英広告基準協議会(ASA)から却下された一件だ。



具体的な理由は「あばらが浮き出て、太ももとふくらはぎが同じ細さで、極端に低体重に見えるため」とのこと(*2)。要するに、「痩せすぎた体型を美しいと謳うような広告」を見た多くの人々、特に多感な10代は憧れが自身の体型への劣等感になり、不健康なダイエットや拒食症の要因などにもつながりうるとジャッジされたのだ。



「ボディ・ポジティブ」は本当にポジティブなのか? ファッションブランドの広告表現と実態

問題となった「サンローラン」の広告 © SAINT LAURENT



その影響もあり、多くのラグジュアリーブランドが拠点を置くフランスでは、2017年に新たな法律が可決された(*3)。これによりフランスで働くモデルは医師の診断による健康証明書を提出することが義務づけられ、雑誌で修正済みの画像を使用した場合、その旨を記載しなければならないことが決まった。

世界的なファッションブランドが持つ影響力は、ときに国をも触発することがうかがえる。



そうした影響力を持つ複数のブランドが、さまざまな体型を包括的に受け入れ、多様性の尊重を広告などで表現しているからこそ、ボディ・ポジティブの流れも加速しているのだろう。



ブランド側も、プラスサイズモデルをショーや広告キャンペーンに起用することで、ポジティブなイメージをつくることができて新たな顧客層の獲得にもつながりやすくなる。では、実際のところプラスサイズを展開しているブランドは、どのくらいあるのだろうか?



プラスサイズに厳密な基準はないが、大まかにサイズで変換するとUS10、UK14、FR42、日本だと12号のXXL以上とされている。ポディ・ポジティブのムーブメントが活発化してすぐ、「ダイアン フォン ファステンバーグ」や「クリストファー ケイン」、「アーデム」といったいくつかのファッションブランドがサイズ展開を拡張した。



その一方で、じつは主要なラグジュアリーブランドの多くがプラスサイズを展開していない現状もある。



イギリスのメディア『ハーズ』のトークイベントに登壇した、ロンドンのコンセプトストア「ブラウンズ」のバイイング・ディレクターであるイーダ・ピーターソンは「雑誌やランウェイで見かけるプラスサイズのコレクションが、実際の商品に反映されていることは極めて少ない。ボディ・ポジティブのムーブメントには、まだまだ表向きと内側でギャップがあるようだ」と指摘した(*4)。



さらに、同メディアが売上規模の上位15の主要なラグジュアリーブランドのECを分析したところ、XXL以上を提供していたのは4つのブランドのみだった(*5)。加えて、それらの商品の大部分はフーディー、Tシャツ、ホームウェアと非常に限られたカテゴリーだという。



また、メンズに目を向けるとウィメンズに比べて大きく遅れを取っている。直近の2022年秋冬シーズンのファッション・ウィークで、プラスサイズの女性モデルが103のピースをランウェイで披露したのに対し、メンズは14ピースのみ。



この点についても、イーダ・ピーターソンがコペンハーゲン・ファッション・ウィーク主催のトークイベントで言及している。



「男性だって女性と同じように、個々に異なる体型を持っている。ウィメンズもまだまだ足りない部分はあるが、メンズは急進的な改革が必要で、それがボディ・ポジティブ、ダイバーシティ、インクルーシビティといった大きなムーブメントを推進する未来の鍵になると思う」。



ボディ・ポジティブのムーブメントは影響力が大きくなり、SNSを通して誰でも参加できるがゆえに、マーケティングの手法として商業化される傾向も見られるようになった。



しかし、広告を見て着用可能な商品が陳列されていることを期待してショップへと足を運び、肩を落として手ぶらで帰る消費者も多いのが現状である。本当の意味で個々の体型を包括的に受け入れるには、表舞台だけではなく実際の商品に目を向けることがいま求められている。



そのなかで、プラスサイズモデルを起用するブランドは、責任を持って幅広いサイズ展開を提供することは最低限の義務ともいえるのではないだろうか。



そうした現実がある一方で、プラスサイズの展開は将来性が見込めるというデータも出ている。ドイツの調査会社「スタティスタ」によると、2027年にプラスサイズのアパレル市場は、2019年に比べて40%増加すると予測されており(*6)、ラグジュアリーブランドも責任を果たすことでさらなる経済効果が期待できるはずだ。



加えて、欧米に比べて平均的に小柄な体型であるアジアの市場に向けては、XXSなどマイナスサイズを提供することも潜在的な可能性を秘めているだろう。



広告の表現だけでなく、実態が伴ってこそ、多様性の拡張に貢献できるはず。そして、ファッション業界だけの話に限らず、本当の意味でポジティブに多様な社会を実現するには、私たち個々の意識改革も重要になる。



それぞれの頭の中に刷り込まれた固定概念や、善と悪に切り分けるような考え方を解き放つ必要がある。自分のものさしで他者をジャッジしてしまう風潮がなくならければ、多様性の実現は難しいからだ。



ボディ・ポジティブも、無理に「ポジティブを維持すべき」という一辺倒な信念が強まると、ネガティブな考えを悪とする一種の排他的な価値観として広まってしまう可能性もある。



実際にそうした流れを受けてか、昨今では中立性を意味する「ボディ・ニュートラル」の動きが広まっているのも印象的だ。これは、自分の身体をポジティブにとらえる必要はなく、ただありのままの姿を受け入れ、健康的な生活を送るために必要な機能を備えていることに着目するような考え方。



生きている限り体重の上下は起こりうるし、まったく同じ体型であっても、その日の気分で自信を持てたり失くしたりすることだってある。ボディ・ポジティブもボディ・ニュートラルも、考え方自体を善悪で判断するのではなく、自分の価値観に合うと感じた場合に共感できればいい。



そのうえで、日々移ろい変わる多様な自身の見た目や内側の感情を認めることができれば、他者や社会に対しても同じような視点でとらえることができるかもしれない。



個々の思考を変えるのは口で言うほど簡単ではないが、ボディ・ポジティブやボディ・ニュートラルといった潮流とともに、個人と社会は着実に前進し続ける必要がある。そういった意味でも、あらゆる個人にとって生きやすい社会をつくるために、ファッション業界が貢献できることはまだまだありそうだ。

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