ヒップホップを通じて銃による暴力を考える。規制が進む一方、自...の画像はこちら >>



Text by 山元翔一
Text by アボかど



安倍晋三元首相が銃殺されるという衝撃的なニュースからおよそ3週間が経つ。銃の入手が難しい日本で起きたこの事件は世界的にも大きく報道され、ヒップホップ系メディアの「HotNewHipHop」でも取り上げられた。



同メディアは「イリノイ州ハイランドパークで起きた悲惨な銃乱射事件のニュースから数日後、別の国、日本が致命的な暴力の被害に遭った」という書き出しで、アメリカでの事件に続く銃による悲劇として紹介(*1)。



この「ハイランドパークで起きた悲惨な銃乱射事件」は、Awake The Rapperという名義でラッパーとしても活動していた21歳の男性が7月4日に独立記念日のパレードで銃を乱射し、7人が亡くなった事件を指す(*2)。イリノイ州では銃の所持が許可制となっており、危険人物から銃を没収できる「レッドフラッグ法」と呼ばれる法律もあるが、それでも悲劇が起きてしまった。



銃規制の不完全さを感じさせる事件であり、同州のプリツカー知事も「乱射事件が起きるたび、規制が不十分だと痛感させられる」と話していた(*3)。



銃社会のアメリカでは、このような悲劇がたびたび起こっている。



5月にはニューヨーク州バッファローで人種差別を背景とした銃乱射事件が発生し、10人が死亡し3人が負傷した。テキサス州ユバルディのロブ小学校に18歳の男性が侵入して銃を乱射し、児童19人と教員2人が死亡する事件も起きていた(※)。



ロブ小学校の事件後、バイデン大統領は記者会見を開き、「アメリカはどうしてこんなに(銃乱射事件の)頻度が高いのか。我々はこんな大虐殺とともに生きていきたいのか」と怒りを覗かせていた(*4)。



これらの事件が起きたあとの6月25日には、連邦議会が可決した銃規制強化の法案にバイデン大統領が署名。21歳未満の銃購入希望者に対する身元確認の強化などが盛り込まれた、28年ぶりの銃規制強化法を成立させた(*5)。



一方で銃規制は無意味とする声や批判の声もあり、ヒップホップ界でもベテランラッパーのKiller Mike(キラー・マイク)は銃の所有に肯定的な意見をたびたび発言している。



「The Guardian」が今月行なったインタビューでも「アパルトヘイトから60数年しか経っていないコミュニティーの人が、武器を政府に返そうなんてありえないことだ。警察が路上で人を窒息死させ、人々はそれを見て撮影するだけなのに」と話していた(*6)。



Killer Mikeは自衛のために銃を持つべきという意見だが、先述したように自衛以外の目的で銃が使われて起きた悲劇は多い。そしてそれはヒップホップ界でもたびたび起こっていることでもある。



銃によって亡くなったアーティストは多い。1987年にはBoogie Down ProductionsのScott La Rock(スコット・ラ・ロック)が銃撃でこの世を去り、ギャングスタラップとして登場した同グループはその後路線を変えていった。



Boogie Down Productionsには1988年に行なったPublic Enemyとのライブで若いファンが殺される悲劇も起こり、ヒップホップコミュニティーでの暴力根絶のためのプロジェクト「Stop the Violence Movement」を主導。MC Lyte(MC・ライト)やHeavy D(ヘヴィ・D)なども参加したシングル“Self Destruction”を1989年にリリースして反暴力を訴えた。



しかし、こういった動きも虚しくそのあともB-Doggs(B-ドッグス)やCharizma(カリズマ)などが銃撃によって死去。1996年にはカリスマ的な人気を誇っていた2Pac(トゥーパック)が、1997年にはThe Notorious B.I.G.(ノトーリアス・B.I.G.)が銃殺された。



銃撃によって命を落とすラッパーは後を絶たず、2015年にオーストラリアの大学教授が発表したジャンル別のアーティストの死因をまとめた論文「Music to die for: how genre affects popular musicians’ life expectancy」(*7)では、ヒップホップにおける他殺での死亡率が51%を超えることが指摘されていた。



ジャンル自体の歴史が浅いため亡くなった人の数がまだ少ないこともあるが、同程度の歴史を持つパンクが8.2%であることを踏まえるとかなりショッキングな数字だ。



また、ヒップホップメディアの「XXL」が発表した殺害されたラッパーをまとめた記事「Current Status of Every Murdered Rapper’s Case」(*8)に掲載されている死因のほとんどは銃撃となっている。銃による暴力がヒップホップに暗い影を落としていることは疑いようがない。



アメリカでは強盗やギャングによる暴力だけではなく、以前書いたようにヘイトクライムもたびたび発生している(※)。だからこそ、Killer Mikeのように自衛のために銃を所持する考え方も生まれるのだろう。しかし、そのことは別の問題にもつながっている。



たとえば、Lil Wayne(リル・ウェイン)らとともに組んだグループのHot Boysで活動したTurk(ターク)は、2004年に警察とSWATを相手に銃撃戦を繰り広げた末に逮捕。その際に警察官2人を射殺したとされ、第1級殺人未遂の罪に問われた(*9)。



また、発砲しなくても銃を理由に逮捕されるラッパーは多く、今年6月にもRoddy Ricch(ロディ・リッチ)がフェス出演前に銃を不法に所持したとして逮捕されていた。Roddy Ricchはすぐに刑事告発が取り下げられたものの、結果的に服役してキャリアを一時停止させてしまうケースも珍しくはない(*10)。自衛のための銃の所持が必要ない社会になることが望まれる。



そんなRoddy Ricchとも共演しているニューヨークのラッパー、Pop Smoke(ポップ・スモーク)も銃撃によって命を落としたひとりだ。



Pop Smokeが頭角を現した「ドリル」と呼ばれるシーンでは暴力的な表現が目立ち、ラッパーが銃殺される事件も多く起こっている。



ニューヨークのアダムス市長はドリルのミュージックビデオにおける暴力表現を問題視しており、今年2月にはソーシャルメディアからドリルのMVを削除するよう求めていた(*11)。



今年4月には、ドリルの楽曲内で言及された32の事件に関連する大規模な逮捕が行なわれ、このシーンの暴力的な側面が改めて世に示された(*12)。



Fivio Foreign(フィヴィオ・フォーリン)らシーンの当事者たちはのちにアダムス市長と会談し、ドリルへの理解を得ようとしていた(*13)。しかし、ドリルの楽曲に対立する相手へのディスの要素が含まれることは珍しいことではなく、ラッパーの死者が出ていることも事実としてある。そしてこの暴力的な側面は、ドリルミュージック発祥の地であるシカゴでも問題視されていたことだった。



ドリルミュージックは2010年代前半のシカゴで大きな注目を集め、Chief Keef(チーフ・キーフ)やG Herbo(G・ハーボ)など多くの才能がこのシーンから登場した。暴力的な側面を持つシカゴドリルはその過激さも話題となり、しばしばシーンの当事者たちの人間関係がクローズアップされており、それは外部の人間が煽ったことで暴力がエスカレートしたと言われることも多い。



YouTubeでドリルのシーンを過激に取り上げていた一人として知られるDJ Akademiks(DJアカデミクス)は、ホストを務める番組『Everyday Struggle』にゲストで呼んだVic Mensa(ヴィック・メンサ)に「お前みたいなヤツが、俺たちが現実に経験するような状況をセンセーショナルに取り上げてネタにした」と非難されていた(*14)。



過激さはドリルの要素としてたしかにあるものの、それを煽りすぎることもまた問題なのだ。現在のニューヨークなどのドリルシーンを語る際にも、シカゴドリルのような悲劇が再び起きないように注意を払っていく必要があるだろう。



そんなシカゴで長く活動するベテランラッパーのTwista(トゥイスタ)は、一般市民に銃について教える「The Gun Camp」という取り組みを行なっている。



競技会のような銃の正しい使い方を教育することで、安全な暮らしにつなげていくことが狙いだという。

Twistaは「TMZ Live」に出演した際に「最終的に致命的な判断を下すのは銃ではなくそれを使う人間」だと語っているが、TMZが評しているとおりこの発言は「楽観的」と言わざるを得ないだろう(*15)。



これまで起きた事件の数を思えば、銃社会の危険性は明らかである。そして銃を入手できずとも自作できることが日本で知れ渡ってしまったいま、その危険性を考えることは私たちにとっても決して他人事ではないのだ。

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