Text by 山元翔一
Text by 長谷川町蔵
アベンジャーズの設立メンバーのひとり、ソー・オーディンソンを主役とした単独シリーズ『ソー:ラブ&サンダー』。
マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の劇場公開作品としては今年3作目となる本作は、その物語もさることながら、使用楽曲でも話題を呼んでいる。
そもそもMCUでは、マーヴィン・ゲイの“Trouble Man”(1972年)のようなソウルミュージック(『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』)、ケンドリック・ラマーとSZAによる“All The Stars”(2018年)のようなヒップホップ(『ブラックパンサー』)、Ramones“Blitzkrieg Bop”(1976年)のようなパンク(『スパイダーマン:ホームカミング』)、Nirvana“Come As You Are”(1991年)のようなグランジ(『キャプテン・マーベル』)など、さまざまな楽曲が印象的かつ効果的に用いられている。
では、なぜ本作ではHR/HM(ハードロック / ヘヴィメタル)だったのか? またそれらの楽曲は作中でどのように機能しているのか。HR/HMの楽曲が多用された背景やソーの物語との関係について、文筆家の長谷川町蔵に考えてもらった。
※本記事は『ソー:ラブ&サンダー』のネタバレを含みます。
2008年のスタート以来、同一世界をベースにした映画・テレビシリーズとしては空前絶後の拡大を続けてきた「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」。14年間の歴史のなかでは、当初とはキャラ造形が変わってしまった人物も少なからず存在する。
その最も極端な例が、クリス・ヘムズワース扮するソーである。

ソー / 『ソー:ラブ&サンダー』 ©Marvel Studios 2022
単独映画としては最多の4作を誇る彼だが、最初の2作『マイティ・ソー』(2011年)、『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』(2013年)と、近作『マイティ・ソー バトルロイヤル』(2017年)、『ソー:ラブ&サンダー』(2022年)ではまるで別人のようになってしまっている。
ざっくりいえば、前者はシェイクスピア悲劇の王子、後者は脳天気な筋肉野郎だ(ただし後者のほうが時代錯誤な存在であることに自覚的なのが面白い。時代の反映だろう)。
キャラの変化の理由は明白だ。

『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のキャラクターである、マンティス(左)、スター・ロードことピーター・クイル(中央) / 『ソー:ラブ&サンダー』 ©Marvel Studios 2022

『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』より、グルート(左)、ロケット(右) / 『ソー:ラブ&サンダー』 ©Marvel Studios 2022
この荒療治を託された監督が、『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア』(2014年)などで知られるニュージーランド出身のタイカ・ワイティティ。コメディー畑からの起用は驚かれたものの、彼は『マイティ・ソー バトルロイヤル』を見事にカラッと明るいアクションムービーに仕上げてみせたのだった。
同作の主題歌は、1970年代を代表する英国出身のハードロックバンド、Led Zeppelin“Immigrant Song(移民の歌)”(1970年)。
主人公スター・ロード(ピーター・クイル)の愛聴曲として1970年代のヒット曲が流れる『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』との連続性を感じさせるし、北欧のヴァイキングを歌った曲なので、北欧神のソーともマッチしていた。

左から:スター・ロード、ソー / 『ソー:ラブ&サンダー』 ©Marvel Studios 2022
ところが、その延長線上にある最新作『ソー:ラブ&サンダー』ではもはや「北欧」なのは、ソーがナタリー・ポートマン扮するジェーンと過ごした日々を思い出すシーンで流れるABBA“Our Last Summer”(1980年)くらい。ほかは全編にわたって1980年代後半から90年代に一世を風靡したアメリカのハードロックバンド、Guns N' Rosesが流れているのだから驚いてしまう。
たとえば冒頭シーン。『GOG』の助っ人として戦うソーの姿には“Welcome To The Jungle”がBGMとして使用されている。

『ソー:ラブ&サンダー』 ©Marvel Studios 2022
そしてすっかり観光都市になった「新アスガルド」の光景には“Paradise City”、ソーがゼウスの神器「サンダーボルト」を奪うシーンでは代表曲“Sweet Child O' Mine”、ソーが今作のヴィラン、ゴアと戦うクライマックスには壮大なバラード“November Rain”が重ねられるといった具合だ。
ちなみにエンディングクレジットに流れるのはGuns N' Rosesではなくて、メタルゴッドことロニー・ジェイムス・ディオ(ex. Rainbow、Black Sabbath)率いるDioの“Rainbow In The Dark”。
<稲妻が光ると / いつも打ちのめされてしまう / だってそれは自由だから>という歌詞が本作のためにつくられたかのようにハマっている。
それにしてもなぜハードロック / ヘヴィメタル(HR/HM)なのか。理由は3つほど考えられる。
1つめは、MCUの総責任者ケヴィン・ファイギ(1973年生まれ)の「ヒーロー観」によるもの。
『バットマン』(1989年)のメガヒット以降、優れたアメコミヒーロー映画は「トラウマを背負いながら戦い続ける悲劇的な存在が主人公」という認識が支配的になった。しかしファイギは、たとえ物語やキャラクターが複雑であったとしても「ヒーローはもっと単純明快な存在であるべきで、トラウマはヴィランが抱えるべきもの」との想いを持っているのではないか。
実際に、MCUでは悲劇的なシチュエーションでスーパーパワーを得たヒーローは、現役ではムーンナイトくらい(*1)。ハルクやドクター・ストレンジは早い段階で「悲劇的な存在」からはキャラ変し、伝統的に「ベンおじさんの死の責任」というトラウマを背負って戦うスパイダーマンがMCUで製作された途端コミカルになったことなどからも、そのように感じられる。
逆に、サノス(MCUフェーズ3のヴィラン)や本作のゴアといったヴィランがパワーを求める背景には少なからず悲劇が横たわっている。だからこそヒーローのBGMとしてロックを流すなら、世を儚んだグランジではなく、単純にカッコいいHR/HMが最適という発想に行き着いたのかもしれない。
そうでなければMCUの記念すべき第一弾に、目立ちたがり屋の大富豪を主人公に据えた『アイアンマン』(※)を選び、Black Sabbath“Iron Man”やAC/DC“Back In Black”といったHR/HMをフィーチャーしたりはしなかったはずだ。
一方、ライバルのDCコミックスの最新映画『ザ・バットマン』(※)ではNirvanaがフィーチャーされており、アプローチが正反対なのが興味深い。
もしかすると『ソー:ラブ&サンダー』のヴィラン、ゴア役にバットマン俳優のクリスチャン・ベールを起用したのは、「そういうキャラは本来ヴィランなんだよ!」とのファイギの信念の現れなのかもしれない。

ゴア ©Marvel Studios 2022
2つめは、全盛期からいい塩梅で年月が経過していること。
長らく時代遅れの音楽として扱われ続けてきたHR/HMだが、トム・クルーズがロックスターを演じた『ロック・オブ・エイジズ』(2012年)あたりをひとつのきっかけとして、楽曲そのもののよさが評価されつつある。
『GOG』の監督ジェームズ・ガン(1966年生まれ)が手がけたドラマシリーズ『ピースメイカー』(2022年)がグラムメタル大会だったり、Netflixの人気ドラマ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』シーズン4(※)でMetallica“Master Of Puppets”(1986年)が大フィーチャーされていたのも、そうした再評価を反映したものといえるだろう。
そして3つめは、ティーンの頃にHR/HMを聴いていた世代が、映画監督の中核を占めるようになったこと(※)。
歳を重ね、家庭を持った彼ら/彼女らにとってHR/HMはもはや反抗のBGMではなく、若さそのものを封じ込めたタイムカプセルのようなものだ。そしてそれは子どもたちへと受け継がれる。
ゴアがヴィランになったきっかけは、愛する娘ラヴを失ったことだった。
その絶望は、彼にあらゆる願いを実現する闇のパワーを得て、神を全滅させようと決心させた。しかしソーとジェーンの説得を受けて、彼は神を殺さず、ラヴを生き返らせて死んでいく。ソーはゴアの娘を、引き取って育てることにする。ここで観客は『ラブ&サンダー』というサブタイトルに込められた真の意味を知る。

『ソー:ラブ&サンダー』 ©Marvel Studios 2022
ラスト、ソーとラヴの姿に再度Guns N' Roses“Sweet Child O' Mine”が重ねられる。
つまりもともと「チャイルド」は「ベイビー」と同じような使われ方をしていたのだが、それを文字どおり「愛しい俺の子ども」と読み替えたところにセンスが光っている。
なお本作でラヴを演じているのは、ヘムズワースの実の娘インディア・ローズ。映画にはワイティティ、ポートマン、ベールの子どもたちも出演しているという。
※本文の記載に一部誤りがございました。訂正してお詫びいたします。