Text by 今川彩香
漫画家・伊藤潤二の初の大規模個展として、東京・世田谷文学館で『伊藤潤二展 誘惑』が開催されている。
『富江』や『うずまき』などのホラー作品で知られ、国内外でファンを集める伊藤。
開催に先駆けて行なわれた内覧会には伊藤も登場し、「見どころもたくさんありますので、ぜひ楽しんで見てほしい」と呼びかけた。世田谷文学館と朝日新聞社主催で、9月1日まで。
伊藤のコメントを交えながら、本展をレポートする。

会場風景より ©伊藤潤二
本展は、5つの章から構成されている。入り口の序章では、描き下ろしのメインビジュアルが鑑賞者を出迎える。伊藤の代表的な作品『富江』の登場人物・富江が不敵な笑みを浮かべ、こちらに視線を向けているイラストだ。内覧会では、伊藤はその大きな立て看板の前に立って質問に答えた。
メインビジュアルについて問われた伊藤は「富江っていうのは体をバラバラにされると、それぞれからまた別の富江が生まれてくるっていう設定なんで、これも多分、生まれつつある富江を一見かわいがってるような感じで描いてます」としたうえで、「でも本当は、それぞれ自分だけが本物の富江だと思ってますんで──別の富江は認めないっていうそういうキャラクターなんで。なんかたくらんでるんだろうな、って。そういう絵ですね」と説明した。

メインビジュアルの前で質問に答える伊藤潤二
伊藤潤二(いとう じゅんじ)
1963年、岐阜県中津川市生まれ。
また、600点という膨大な数の展示を前にして、「37、8年描いてきたんですけど、思えばあっという間ですね。それぞれ時間をかけて描いた作品ですので、思い入れはあるんですけども、あっという間だった」と振り返ったうえで、「ただ今回、美しく額装されてまして、実際よりもよく見えましてですね(笑)見栄えが良くなってて、ちょっとほっとしました」とユーモアも交えて語った。

会場風景より、挨拶パネルは伊藤潤二のサイン入り
また、伊藤のアイデアから設置されたという『死びとの恋わずらい』にちなんだ恋みくじについて「『死びとの恋わずらい』っていうのが、おみくじでいう大凶みたいな邪悪な少年の話なんで。私もちょっと見させてもらったんですけど、大凶とか凶の数が多いような気がしています」と紹介した。
第1章のテーマは「美醜」。キャプションでは「伊藤の描く美男美女はこの世のものとは思えない妖艶さをまとう。

伊藤潤二×藤本圭紀「富江」コラボレーション・スタチュー ©️ 伊藤潤二 制作:藤本圭紀
フィギュア原型師の藤本圭紀による富江の新作フィギュアも存在感を放っていた。
2章は「日常に潜む恐怖」。伊藤作品の描写の特徴を「徹底的に追求されたリアリティーと自身の経験に裏打ちされた描写」と評し、ごくありふれた日常がホラーの入り口になっていることに言及。ここでは『うずまき』や『ギョ』シリーズ、『双一の勝手な呪い』などから、原稿をはじめ下絵も並ぶ。

この章では『うずまき』の新作イラストも展示。伊藤は「漫画では、主人公の桐絵という少女が地下へ行き、巨大な遺跡を発見するところで終わっちゃうんですけど、その後どうなったかっていうようなテーマで描きました」と説明した。

『うずまき・禍々しき桐絵』本展のための描き下ろしイラスト 2023年 ©️ 伊藤潤二
3章は「怪画」として、物語を象徴する扉絵を中心に展開。水彩で描かれたもののほか、近年の伊藤作品では油彩画も多く登場するという。恐ろしさやグロテスクさに目が向きがちだが、ここでは伊藤の透明感のある色遣いや流麗な筆致に気づくことができた。
4章のテーマは「伊藤潤二」だ。

会場風景より ©伊藤潤二
『伊藤潤二の猫日記 よん&むー』にスポットが当てられ、猫のイラストだらけの一角も。それまでの雰囲気とは一変、コミカルな雰囲気が漂っていた。
すべて見終えると、3枚目の描き下ろしが現れる。伊藤は、「これは『富江』と短編『道のない街』を合体させたようなイラストです」と話していた。
また、会期の開始時には間に合わなかった展示物もあるそうで、「いま、独自の仕組みの関節のポーズ人形をつくっているのですが、それを展示する予定です。(ポーズ人形づくりは)いま漫画より熱中していることですね」と笑っていた。

『富江の世界』2023年 本展のための描き下ろしイラスト ©伊藤潤二