Text by 金子厚武
Text by 今川彩香
音楽ライター、金子厚武が注目の若手アーティストを紹介する連載コラム「up coming artist」。記念すべき第1回目にフォーカスするのは、金子が「2020年代のオルタナティヴなバンドシーンにおいて現在最も勢いのあるバンド」と評する5人組バンド、kurayamisakaだ。
新たな胎動を感じさせる2020年代のオルタナティヴなバンドシーンにおいて、現在最も勢いのあるバンドがkurayamisakaだと言っていいだろう。
2018年に結成された「せだい」のギタリストでもある清水正太郎が、大学の同級生である内藤さちに声をかけたことをきっかけに2021年から活動を開始した5人組は、今年2月に渋谷CLUB QUATTROで開催された初のワンマンを即完させると、5月から6月にかけて行われたツーマンツアーでも、東京でHomecomingsをゲストに迎えた恵比寿LIQUIDROOM公演がソールドアウト。イギリスの音楽総合サイト『NME』では「2025年注目すべき世界中の新鋭アーティスト100組」に選出され、海外から注目を集める日本のシューゲイザーシーン(※)の有望株として紹介されもした。さらに、『FUJI ROCK FESTIVAL '24』「ROOKIE A GO-GO」ステージ出演者のなかから、今年のメインステージ出演者が投票で1組決まる企画で見事選出され、7月25日のRED MARQUEEへの出演がアナウンスされている。

LIQUIDROOM公演
僕自身がkurayamisakaに対して、「注目すべき特別なバンド」という認識をたしかにしたのも昨年の「ROOKIE A GO-GO」のステージだった。コロナ禍が収束した2023年ごろからライブハウスにおける新たなオルタナシーンの盛り上がりが伝わってきて、音源を耳にする機会は増えていたのだが、メンバーがステージを跳ねまわり、楽器をぶん回し、スクリームをして、それに対してオーディエンスが熱狂するkurayamisakaのライブの光景は、僕がしばらく目にしていないものだった。すぐに連想したのは2000年代後半の残響record(※)のバンドで、9mm Parabellum Bulletやcinema staffはもちろん、メンバーが5人でトリプルギターなので、mudy on the 昨晩が特に近い。15~20年という時間の経過と、ライブハウスに集うことも歌うことも禁じられた期間を経て、時代が一周したことを強く感じた。

LIQUIDROOM公演
現在のオルタナな若手は2000年代の日本のバンドシーンから影響を受けているケースが多く、その流れは先日執筆した「2000年代のロックシーンが今に与える影響とは? バンプ、アジカン、ART-SCHOOL、the cabsら『下北系・残響系』を中心に考える」(※)を見てほしいのだが、kurayamisakaもこの時期のバンドからの影響を公言している。清水は最も影響を受けたバンドとしてASIAN KUNG-FU GENERATIONの名前を挙げ、ほかにもART-SCHOOLやsyrup16gといった当時の「下北沢ギターロック」をフェイバリットに挙げているし、ベースの阿左美倫平はcinema staffの影響が大きいと語っている。
グランジ、パワーポップ、シューゲイザー、エモ、ポストロックといった音楽性に加え、内省的な歌詞の世界観も彼らの作風を受け継ぐものだと言っていいだろう。4月にリリースされた最新曲“sekisei inko”にしても、イントロのギターのコード感や音色が、一聴してNUMBER GIRLの“Young Girl Seventeen Sexually Knowing”を連想させるものだった。
とはいえ、彼らの楽曲は「サブスク以降」の感覚を内包するものでもあり、清水は年代やジャンルを問わないさまざまな音楽からのリファレンスを編集的に楽曲に落とし込み、GarageBand(※1)で構築したアレンジをバンドで鳴らしているのであって、これはVaundyの『replica』的な感覚(※2)に通じるものと言ってもいい(本人によるnoteの曲解説も面白い)。
さまざまな時代の音楽にフラットに接することができるサブスク以降の時代において、「ノスタルジー」はどんなジャンルの音楽であってもキーワードであり続けている。kurayamisakaの音楽を特徴づけているのは、2000年代的なバンドサウンドだけでなく、歌謡曲的なメロディーラインであり、青春の輝きと喪失を物語的に描く歌詞であり、あらゆる面でノスタルジーを喚起するもので、それはとても2020年代的。<流れる景色も これでお別れと思うと 急に愛おしくなって 胸を締め付ける>と歌う名曲“cinema paradiso”は象徴的な一曲だ。
2000年代のバンドとkurayamisakaの違いとして、女性ボーカルであることも重要だ。当時の下北系も残響系も主軸は男性ボーカルだったのに対し、現在のオルタナシーンは女性ボーカルが多く、それはメジャーへと進出した羊文学の影響も大きいだろうし、そもそも下北系リバイバルの契機が『ぼっち・ざ・ろっく!』だったことも大きいし、kurayamisakaをいち早くフックアップしたのもHomecomingsやリーガルリリーといった女性ボーカルのバンドだった。
海外に目を向けると、ポップパンクにおけるオリヴィア・ロドリゴ、ドラムンベースにおけるPinkPantheressなど、2000年前後に男性中心だった音楽ジャンルが女性アーティストによって新たな価値観で鳴らされ、ジェンダーバイアスが取り除かれていったことを思い出す。オルタナの文脈ではbeabadoobeeやWet Legがいて、kurayamisakaをそういった存在と並べることも可能だろう。
kurayamisakaが最初に作った楽曲“farewell”はNUMBER GIRLのギタリストである田渕ひさ子がボーカルを務めるtoddleをモチーフにしていたり、今年のツーマンツアーではMASS OF THE FERMENTING DREGSが招かれたりもしているが、彼女たちのような2000年代から活動を続けてきた女性ボーカルのバンドがいてこそ、いまのkurayamisakaがあるというのも大事な視点だ。
『ぼっち・ざ・ろっく!』の話からつながるが、現在のシーンと2000年代とのもう一つの違いが、アニメ、ボカロ、アイドルといったユースカルチャーとの結びつきである。

kurayamisaka『evergreen/modify Youth』ジャケット
kurayamisakaというバンド名は実在する「くらやみ坂」からつけたそうだが、イベントやツアーのタイトルとして使っている「kurayamisaka tte, doko?」は乃木坂46によるバラエティ番組『乃木坂って、どこ?』(現『乃木坂工事中』)がモチーフ。昨年リリースの“jitensha”は6分半を超える大曲で、<坂道を駆け抜けて行く 急いで暗闇を抜けて>という歌詞からしてバンドの世界観の中軸にある曲だと思うのだが、「自転車」は乃木坂46の楽曲で頻繁に用いられるモチーフで、初期曲の“走れ!Bicycle”や、昨年リリースの“Monopoly”といった曲に対して、「乃木坂、自転車漕ぎすぎ」と面白がって揶揄するのがネットミーム的なものになっている。バンドカルチャーとアイドルカルチャーがフラットになっていったのも、この15~20年の現象であり、やはりkurayamisakaは2000年代のシーンからの影響を現代のユースカルチャーの感覚で更新する稀有なバンドなのだ。
なお、kurayamisaka以外も含めた現在のオルタナなバンドシーンの特徴として、すでに社会人として仕事をしながらバンド活動をしている人が多いことも挙げられる。これは現在頭角を現しているバンドの多くがコロナ禍の前後に活動を開始している影響が大きいと思われるが、2000年から活動を開始し、別の仕事を軸にしながらでも趣味を大きく超えた規模で活動できることを示したtoeのようなバンドの価値観がインディーシーンに浸透しきったことの表れとも言える。
kurayamisakaは9月10日に初のフルアルバム『kurayamisaka yori ai wo komete』をリリースし、9月から11月にかけて初の全国ワンマンツアーを開催することを発表しているが、活動の規模が大きくなるなか、彼らがこの先でどんな道を選択するのか、愛を持って見守りたいと思う。

LIQUIDROOM公演