Text by 金子厚武
Text by 今川彩香
音楽ライター、金子厚武の連載コラム「up coming artist」。注目の若手アーティストを紹介し、その音楽性やルーツを紐解きながら、いまの音楽シーンも見つめていく。
2020年から楽曲制作をスタートし、6月25日にフルアルバム『Ghost of Time』をリリース。止まない戦争を思い「遠くにいる誰かや知らないどこかを想像すること」をテーマにしたアルバムは、現代社会を生きることへの問いかけも内包している、と金子は語る。また、m/lue.のつくる音楽には、分断が進む時代に、曖昧さや繊細さを許し、自分を自分のまま肯定するような、そんな本質を感じられるとも。
9月頭には、レコ発のライブとして七尾旅人とのツーマンライブも行ったm/lue.。金子は「より多くの人にm/lue.の音楽が発見されてほしいと思う」とエールを送る。そんなm/lue.のこれまでの歩みやそのサウンド、歌詞から世界観を紐解いていく。
音楽は好きだけど、最近、新しいアーティストに出会えていない……情報の濁流のなかで、瞬間風速的ではない、いまと過去のムーブメントを知りたい……そんな人に、ぜひ読んでほしい連載です。
過去3回の「up coming artist」では、現在盛り上がりを見せる新たなオルタナシーンの注目バンドを紹介してきたが、今回はシンガーソングライターのm/lue.を紹介したい。

m/lue.
2020年より自身で楽曲制作を開始し、2022年には Mikiki にて「期待の新人邦楽アーティスト」に選出される。翌年、『SHIN-ONSAI 2023』のオープニングアクトに抜擢され、ルーパーを駆使した幽玄かつ力強いパフォーマンスを披露。2025年7月2日には、初のフルアルバム『Ghost of Time』をリリース。
京都の大学を中退して、役者を志して上京してきたm/lue.が、より自分自身を表現するために音楽をつくり始めたのが2019年。「ミリュー」と読む個性的なアーティスト名は、「中間」や「環境」を意味するフランス語の「milieu」が由来となっている。
ポエトリーリーディングを用いた物語性の高い楽曲を収録した1st EP『Zawameki』が、ネットレーベルの先駆け的存在である「Maltine Records」のtomad(※)の目にとまり、彼が立ち上げた新レーベル「SOLANO」から2nd EP『hibi』をリリース。トラックメイカーのTomgggが編曲とミックスで参加した。タイミングとしてちょうどコロナ禍だったことも含め、最初は「ネット発の注目新人」という印象だった。

2nd EP『hibi』ジャケット
2021年に発表したミニアルバム『あいだ』は、iPhoneアプリのGarageBandを用い、ギター、ベース、ピアノなどの楽器演奏と編曲を全て自らで行うことで(ミックスのみTomgggが担当)、シンガーソングライターとしての本格的な第一歩を刻んだ作品になった。環境音を用いたシネマティックな音世界には、すでにたしかな作家性が存在し、透明感のある歌声で<この世界 繊細に 生きてりゃいいんだよ>と歌う“繊細世界”の生楽器とエディットの融合からは、海外の宅録音楽家たちとの同時代性も感じさせた。分断が進む時代のなかで繊細さや曖昧さを許容し、人との距離を見つめ直して、自分が自分であることを肯定する『あいだ』は、m/lue.というアーティストの本質を色濃く刻んだ作品になったと言っていいだろう。
『あいだ』のリリース以降は活動が活発になるかと思いきや、リリースとしては2023年に“亡霊”を発表したのみ。その後の動向が気になっていたが、今年6月に発表した初のフルアルバム『Ghost of Time』はよりたくさんの人に聴かれるべき、インディーフォーク / アンビエントポップの素晴らしい作品となった。こちらも気鋭のバンドであり、「エクスペリメンタル・クラシック」を掲げるKhamai Leonのメンバー、赤瀬楓雅がドラムで、bejaが鍵盤と録音・ミックスで制作に参加し、m/lue.のイメージする音世界が過去作以上に解像度高く具現化されている。

フルアルバム『Ghost of Time』ジャケット
ロシアのウクライナ侵攻をきっかけにつくられ、赤瀬とbejaが制作に参加するきっかけにもなった“亡霊”は、アンビエントな音像に加え、<生き残るためのSDGsに 崩れかけた瓦礫は似合わない><失うことが悲しいわけじゃないけど 奪われることは何か違う気がする 失うことは新しく得ることだけど 奪われることはなぜか忘れられなくなる>というリリックが鮮烈な印象を残す一曲。彼の地での戦禍について思うことから、「遠くにいる誰かや知らないどこかを想像すること」をテーマに、「場所」や「記憶」を空間的なサウンドと言葉で表現した『Ghost of Time』には、あくまでパーソナルな視点で、現代社会を生きることへの問いかけが内包されている。大林宣彦監督の映画『この空の花 - 長岡花火物語』にインスピレーションを得て、戦争で亡くなった人を弔う意味を持つ長岡花火を実際に体験して書かれた“HANABI”はアルバムのハイライトだ。
僕はこれまでm/lue.に2度インタビューをしているのだが、そのなかで出たルーツやリファレンスを紹介すると、J-POPの原体験としてYUI、学生時代にコピーをしていたチャットモンチーや相対性理論、m/lue.としての活動初期に知ったテニスコーツなどの国内アーティストの名前が挙がっていた。より最近ではClairo、カサンドラ・ジェンキンス、The Weather Stationのタマラ・リンデマンといった海外のシンガーソングライターに加え、ブライアン・イーノの名前が挙がっていたりもする。僕の視点では、幽玄なアンビエントフォークという意味で青葉市子、カラフルなインディーポップという意味ではYeYeなども連想させるし、曖昧さを許容し、「救い」や「赦し」を歌うその感性は、羊文学の塩塚モエカともリンクする部分があるように思う。こうした名前に反応する人は、ぜひ一度m/lue.の楽曲に触れてみてほしい。

9月3日のライブ「遠くを想像するように」m/lue.×七尾旅人
9月3日には代官山の「晴れたら空に豆まいて」で、レコ発として初のバンドセットでのライブが行われた。前述の赤瀬とbejaに加え、ベースにカナミネケイタロウを迎えた4人編成でのステージは、フォークもロックもジャズもアンビエントも横断した非常にユニークなもの。『あいだ』リリース時にソロで行った初ライブではまだまだ心許なかった歌やギターも、耳を惹きつけ、心に響くものになっていた。
この日の共演は彼女が直接オファーをしたという七尾旅人で、彼はm/lue.の印象について、「すごく丁寧な人」と話し、アンコールでは七尾が「1日に何回も聴くぐらい好きな曲」と、2人でm/lue.の“ animals road” ”を演奏して、さらにm/lue.のリクエストで七尾の“未来のこと”を2人で歌ったのも感動的だった。“animals road”は自らの幼少期を振り返りながら、過去に囚われている自分に<Goodbye>と別れを告げ、未来へと進むための一曲であり、だからこそ、“animals road”から“未来のこと”への流れはとても強く胸を打ったのだ。
『あいだ』から4年を経て『Ghost of Time』が完成し、初のバンドセットでのライブを終えて、彼女のキャリアとしては一つのタームに区切りがついたタイミングだと言える。個人的な希望としては、ここからソロでもバンドでもライブの本数を増やして、より多くの人にm/lue.の音楽が発見されてほしいと思っていて、この原稿もその一助になればと思う。
『Ghost of Time』のラストナンバー“思うままに”では<誰かの思うままに 僕らは生きてゆけない 自分の存在を 否定しないように>と歌われる。「君の思うままに生きればいい」ではなく<誰かの思うままに 僕らは生きてゆけない>と表現するm/lue.の音楽は、つねに聴き手に寄り添う姿勢が感じられるものであり、あなたの人生に寄り添う大事な音楽になるかもしれない。

9月3日のライブ「遠くを想像するように」m/lue.×七尾旅人