Text by 西森路代
Text by 西田香織
Text by 家中美思
「この世はうらめしい。けど、すばらしい。」
2025年度後期の連続テレビ小説『ばけばけ』(NHK)のキャッチコピーだ。
ふじきは、これまでドラマ『阿佐ヶ谷姉妹の のほほんふたり暮らし』の脚本や、NHK Eテレ『みいつけた!』での脚本・作詞などを担当するなど、幅広く活躍してきた。
大学在学中はお笑い養成所に通い、卒業後は広告代理店に勤務、『ばけばけ』にも出演する岡部たかしと演劇ユニット「切実」で活動をともにするなど、ユニークなキャリアを築いている。
『ばけばけ』でふじきが書く脚本は、思わず笑ってしまうセリフの数々が話題だが、そんな「笑いのあるセリフ」が自分らしい脚本なのだとふじきは語ってくれた。インタビューを通して、本作のキャッチコピーに込めた思い、そして『ばけばけ』で意識した「何も起こらない」物語の魅力が見えてきた。
―まず、『ばけばけ』の始まりについて聞かせてください。松野家の時代に取り残された感がフィーチャーされていたことに心をつかまれたのですが、新しい時代の象徴ともいえる「黒船」や「ペリー」に見立てた藁人形を釘で打つシーンからから始まったのはなぜなのでしょうか?
ふじきみつ彦(以下、ふじき):脚本を書くときに資料を読んでいたら、明治時代のあのころっていうのは、立ち止まっている人、世の中の流れに乗れない人のほうがじつは大多数だったのかもしれないと思ったんです。
これまでに知っていた明治維新や明治初期の話とはぜんぜん違って、江戸時代から世の中が変わってしまって取り残されていた人たちがいた。そんな人たちが、さまざまな出会いによって変わっていく、つまりそれが『ばけばけ』ってことなんです。松野トキの「ばけ」があって、ヘブンさんが日本に来てからの「ばけ」がある。そんなことをタイトルに込めました。
ふじきみつ彦。
ふじき:だから、モデルとなった小泉セツさんを中心に、周りにいた取り残された人、立ち止まった人たちを書くということが基本にありました。そのうえで、1週目は家族が取り残される原因を作った父・司之介(つかさのすけ)に焦点を当てることにしました。順番がたまたまそうなっただけで、登場人物は、みんな取り残された人ばかりなんです。
―1月の終わりの週では、トキの友達であるおサワちゃんや、遊郭で働くおなみさんがフィーチャーされていて、個人的にはとても前のめりになって観ました。
ふじき:まさに、この2人みたいな人をちゃんと書こうと思っていたんです。じつは、おサワちゃんみたいな人は史実としてはトキの周りにはいないんですけど、ただ、参考になった人は当時に関する資料を見ていたらいたことはいたんです。おなみさんに関しては、実際にトキの一家が一時期、遊郭の隣に住んでいたという資料もあって生まれた登場人物です。
18週、19週で、やっとおなみさんが長屋から出て、おサワちゃんも自分の力で出て行こうとしたわけですが、おトキが「うらめしい」の象徴である長屋から出て行ったけれど、それだけじゃないよねということを書こうと思いました。おサワちゃんやおなみさんを始めとして、主要な登場人物の「うらめしさ」をひとつひとつ「ばけ」させてあげたいという思いはあります。
トキの幼馴染のサワ(左)と、遊女として働いていたなみ(右)
―ふじきさん自身が、「この世はうらめしい。けど、すばらしい。」というコピーを最初に書いたということですが、そういう感覚は、『ばけばけ』より前から持っていたんですか?
ふじき:どうかな……。『ばけばけ』以前は、そこまで考えてはいなかったかもしれないですね。
自分としては、お笑いの養成所に入ってすぐやめたり、CMの世界に行っても中途半端で、はっきりした目標はないけれど、「なにかやった」という結果を残したかったんです。大学に入学してすぐに応援部に入って角刈りにしたこともあったりね。声が小さいし向いてないなと思ってやめたんですけど(笑)。
そんなふうに、なにかしらの結果を残したかったので、「うらめしさ」というのは、つねづね持っていたとは思います。演劇をやっていても、賞を獲ったわけでもないし、ドラマをやり始めても大ヒットしたわけでもないし、でもそういうときに「くそ!」と思うことはなくて、自分のしてきたことの結果だからしょうがないかなと思ってきました。それは岡ちゃん(岡部たかし)も似ていると思います。
自分でいつか朝ドラ書くぞ! という目標も掲げてなかったし、掲げていないからこそ、朝ドラを書けない自分をうらめしいと思うこともなく、のらりくらりと、自分をごまかしながら生きてきたので、どこかに「うらめしい」という思いはありましたけど、あんまり表には出さないタイプですね。
―さきほどお名前を挙げられた岡部さんにしても、阿佐ヶ谷姉妹さんにしても、そういう雰囲気はふじきさんと似ているし、『ばけばけ』という作品にも滲み出ていますね。
ふじき:岡ちゃんにしても、「多分このままだろうな」と思ってた時代もあっただろうし、でも「面白いことはやっていきたいよね」ということでつながってた仲間なので、ぜんぜんぶれてないんですよ。自分たちは面白いことをやったけど、お客さんがついてきてない。それでもまた次もやろうねっていうそのころの気持ちはいまも変わらないですね。
―みなさんが『ばけばけ』で一堂に会したことはすばらしいですね。その話自体が物語みたいだなと思いました。
ふじき:大目標もないので、いただいた仕事を、やるからには面白くしたい、なるべく自分の面白さがでたらいいなと思いながらやってきたらこうなりました。
―『ばけばけ』は、そういうふじきさんの面白さが出ている作品だと思いました。何かを達成するような話でもない。けれど、髙石あかりさんが最終回の台本を読んで「涙が止まりませんでした」と言われていましたね。
ふじき:泣かせようと思って書いたわけではないんです。そういう気持ちで書いてもいいことにはならないので。
でも、さっきの質問の答えの続きじゃないですけど、僕はもともとあまり「すばらしい」側の人には興味がないんですね。どちらかというと「うらめしい」側の人に興味があって、そのなかに小さなしあわせがいっぱいあるといいな、それが書けたらそれだけでいいかなと思ってました。
ふじき:誰かを救いたいという大それたことは思ってないし、かっこいい人を書くのは自分には向いてないと思うんです。たとえば天才的なゴッドハンドをもった主人公の物語を書くのが得意な人もいるんだろうけど、僕はそうじゃないので、光でも影でもない人を書くほうが楽しいなと思っています。
―ふじきさんは最初から『ばけばけ』を「何も起こらない話」にしたいと言われていました。そのこだわりはどこからきているんですか?
ふじき:『アルマゲドン』とか『バック・トゥ・ザ・フィーチャー』みたいなものも面白いとは思ってるんですけど、僕は劇的な展開をそんなに書きたいと思ってないんです。それはやはりセリフが書きたいからなんですよね。
もちろん、地球が滅亡するぞ、隕石がぶつかってくるぞというときもセリフはいっぱい書けると思うんですけど、それだとどうしても大きな話になっちゃいますから……。僕はどちらかというと、細かくて小さい話をしてるほうが好きなので、そうすると世界観がどんどん狭まっていくっていうね。自分がしたいことは笑わせることなので、そこで書きたいセリフを書いていると、一番フィットするのがだんだんと「日常」になっているという感じはあります。
かといって、「これを書いてやろう!」と狙っているわけでもないんですね。話が流れていくなかでセリフがあるので、このセリフは決まったな、とかはあんまり思わなくて。
ヘブン(右)を追いかける勘右衛門(左)
―とはいえ、作中ではいろんな出来事が起きて、ジェットコースターみたいなドラマでもあると思います。そんななか、「何も起こらない」日常のセリフを書くのは、やりやすかったですか? それともやりにくかったですか?
ふじき:125回分を書くには日常会話だけでは書けないので、史実があったことで全体の物語のベースができて助かりました。助かったところはたくさんあります。実の父親がなくなったり、ヘブンさんと出会ったり、大変なこと、劇的なことは起こっている。けれどその周りには日常があるということで、「何も起こらない」物語が書けてるのかなとは思います。
それに、このドラマはトキの成長物語でもなく、トキが何かを起こすわけでもない。トキはごくごく普通に生きていて、その周りでいろんなことが起きているだけなので、日常は書きやすかったです。
―「何も起こらない」物語については、個人的にもつねづねずっと気になっているテーマでした。
ふじき:僕も岡ちゃんもそういう話が好きなんですけど、韓国のホン・サンスの映画みたいな、うらめしいのかどうかはわからないけれど、ただただ会話している空気感には憧れますね。あれくらい、ただただお酒を飲んでしゃべってるというのがいいですし、あんなふうに何も起きていない物語は、これからも書いてみたいです。
トキ(左)とヘブン(右)
―『ばけばけ』を書き終わって、何か新たに気づいたこと、新たにできるようになったと思ったことはありますか?
ふじき:今回は、周りの人たちに「泣きました」と言われることが多くて。以前脚本を務めた映画『子供はわかってあげない』でも同じように言われましたけど、それは原作もありましたから。
『ばけばけ』は、自分自身では「泣ける」と思ってなかったんですけど、演出や脚本の打ち合わせとか、話のもっていき方、盛り立ててくれるスタッフの皆さんの方向性のつけ方で、こういう話も書けるのかと思ったりしましたね。
―脚本を書いた段階から、演出や演技が加わったことで想像以上に変わったと思われた部分はありましたか?
ふじき:みんなが良いと言ってくれる場面として、トキちゃんとヘブンさんの結婚のシーンがあったわけですけど、じつは僕としては、そこにハラハラしていた部分があったんです。その少し前に、理由を示しておリヨさんとは一緒にはなれないと言っていたのに、トキとは一緒になるんだということに対して、矛盾を感じる人もいるんじゃないかと思っていたんですよ。
でも、その後のふたりが一緒になるまでの、しかるべきムードを演出できちんと作ってくれたんだなって思ったし、僕も見ていて違和感がなかったですね。
おリヨさん
―ふじきさんは、コントユニット「シティボーイズ」の舞台の脚本を書いたとき、大竹まことさんたちから「自分らに合わせるのではなく、書きたいことを書け」と言われたそうですね。今回、朝ドラにあわせるのではなく、自分らしく書くということは意識されましたか?
ふじき:僕がこだわっている部分は、笑いのあるセリフを書くことなんですけど、そんな笑いのあるセリフをドラマのなかに入れて物語を紡いでいくことができたら、それはふじきみつ彦が書いた脚本だなと言えると思います。作品によってやりやすいものとやりにくいものはありますが、『ばけばけ』では史実を大事にしながらも、精一杯のセリフを書かせてもらってるなという感覚はあります。
『ばけばけ』はスタッフチームの皆さんが僕の良いところを引き出してくれた作品で、放送を見ていても面白くて、粗が気になるところがない。笑いに関しても、「ここまで笑わせようとしなくてもいいのにな」と思うところがなくて、意思統一されています。僕の脚本でこの作品を作るぞという意思が、放送を見ていても、打ち合わせでも、演出の村橋(直樹)さんが示してくださった部分でも感じられます。納得いく作品を大舞台で書かせてもらったし、さらに自分というものを見出してくれた作品だと思っています。
髙石あかりさんがデザインした「しみじみしじみくん」がプリントされたパーカー
―年末に放送されたシーン(第12週~13週)では恋愛の機微を書かれていて、非常に揺さぶられました。書いているときはどうでしたか?
ふじき:正直言うと、僕は恋愛を書くのはあまり得意じゃないし、興味もないんです。
今回は、トキとヘブンの関係を恋愛ドラマだととらえて書いてはいなくて、女中と外国から来た雇い主というかたちで生活していたら自然とこうなったというふうに書いていっただけなんですよね。ここで心を近づけさせようと考えたり、愛とか恋とかを書こうとは考えていませんでした。
もちろん、あの週でふたりが結婚するということは決まっていたんですが、結婚に至る恋愛模様を書くというよりは、ふたりが心を通わせて近づいていくことを書いていたらそうなったという感じですね。
なので、あんまり恋愛めいた告白をしたり、「好き」とセリフで言ったりしないんです。ただふたりが毎日、生活をともにし、会っていたら、心を通わせる一瞬があったというだけで、僕自身には「恋愛を書くぞ」という気持ちはまったくなかったんですよね。
―恋愛のよくあるパターンを書かないことで、結果的に恋愛の心の機微が書けてしまったという感じですね。
ふじき:ドラマのスタッフさんにも、ヘブンとイライザとトキと銀二郎が集まるシーンがすごいですねと言われたんですが、僕は書いている段階ではまったくピンと来てなくて、ただただ、イライザと銀ニ郎が松江に来て、4人になったら「こういう話をするだろう」と思って書いていっただけなんですよね。
―そんなシーンも含めていま、脚本を書き終わってどんな気持ちですか?
ふじき:書く前は、もっと追い詰められると思っていたんですよ。ある脚本家さんからも、最後は二晩も徹夜したという話も聞きまして、自分もそうなるだろうと思っていたんですが、実際には、少しだけスケジュール的にも早く書き終わりました。
だから『ばけばけ』のセリフをもう書くことはないんだろうなと考えると、開放感というよりは書き終わってしまうことへの寂しさが大きかったです。
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