「愛する人とひとつになりたい」気持ちは愛か、狂気か。『トゥギ...の画像はこちら >>



Text by 稲垣貴俊
Text by 今川彩香



「愛する人とひとつになりたいって、わりと普遍的な欲望だと思うんですけど……」と打ち合わせで口にしたとき、編集者から「現代ではそうでもないと思いますし、私は絶対に嫌です」という言葉が返ってきてぎょっとした。えっ、そうだったんですか?



映画『トゥギャザー』は、長年交際しているカップルの男女が田舎に引っ越し、ひょんなことから「身体がくっつきはじめる」物語。

相手との関係を考える日々、離れていく気持ちとは裏腹に、肉体は磁石のようにお互いを求め合い、ついには文字どおり「ひとつに」なりはじめる——。いま注目を集める気鋭の映画スタジオ「NEON」が手がけた作品だ。



オーストラリア出身の新人監督マイケル・シャンクスにインタビューすると、創作の出発点としたのは、自らとパートナーの実体験だと語ってくれた。自由自在に想像力をふくらませ、数々のホラー映画にも影響を受けながら、かつてない「共依存ボディ・ホラー」を生み出したのだ。



けれども筆者は言いたい。これはラブストーリーである。それも、とびっきり純粋な。



主人公のティム(デイヴ・フランコ)とミリー(アリソン・ブリー)は30代。愛し合っているはずが、倦怠期を迎え、関係が行き詰まりはじめていた。田舎に移住したふたりは、ある洞窟で一夜を過ごした日から肉体に異常をきたしはじめる。



「愛する人とひとつになりたい」気持ちは愛か、狂気か。『トゥギャザー』監督に聞くパートナー関係の複雑さ

ミリー(左)とティム © 2025 Project Foxtrot, LLC



最初の症状は、相手との距離が離れると意識を失い、身体が言うことをきかなくなること。あるいは、強烈な体調不良に襲われながらも相手を渇望してしまうことだ。



インタビューのなかで、思い切ってシャンクス監督に尋ねてみた。「愛する人とひとつになること——つまり『融合する』ことは、人間の古典的かつ普遍的な欲望でしょうか?」と。



マイケル・シャンクス(以下、シャンクス):そのとおりかもしれません。愛情や情熱、執着のなかでは、相手のことばかり考え、「そばにいたい、絶対に離れたくない」と思ってしまう。まるで子猫や赤ちゃんを抱きしめたくなるように、誰かを深く愛すると、間違いだと頭では理解していても手放したくなくなってしまうのです。恐ろしくも奇妙な願望で、普遍的といえるものだと思います。



「愛する人とひとつになりたい」気持ちは愛か、狂気か。『トゥギャザー』監督に聞くパートナー関係の複雑さ

マイケル・シャンクス

オーストラリア・メルボルン出身の映画監督・脚本家・映像作家。俳優、作曲家、VFXアーティストとしてもマルチに活躍。短編映画やミュージック・ビデオ、コマーシャル、オンラインコンテンツなど多岐にわたる作品を手がけている。本作で長編監督デビュー。代表作『Rebooted』(2019年)は、ストップモーション、CG、実写を融合させたユニークな映像で世界各国の映画祭にて上映され、高い評価を得た。



『トゥギャザー』は、シャンクスいわく「そのような人間関係を持たない人や、そういう気持ちにならない人にとっての『恐怖』を描いた作品」

男女の融合を恐怖の源として描くことは、企画を考えはじめた当初から決めていたという。



「この映画は、僕とパートナーが17年近く交際しているという事実からはじまりました」とシャンクスは語る。長年一緒にいるにもかかわらず、同棲生活をはじめたとたん、いきなり大きな不安に襲われたことがきっかけだった。



シャンクス:大人になる前からつき合っていて、同じ友達と遊び、同じ食べ物を食べ、同じ空気を吸っていたのに、一緒に暮らしはじめたら「これが充実した人生なのか? 僕は自立した人間として生きていられるのか?」と心配になったのです。どこまでが僕の人生で、どこからが彼女の人生なのか。このまま自分自身を見失ってしまうのではないかと。



小学校教師として堅実に働くミリーに対し、ティムは30代中盤を迎えてなおミュージシャンとして成功する夢を追いかけている。「ミュージシャン志望」という設定は、映画監督に長年あこがれてきたシャンクス自身を反映したものだ。



脚本を書きはじめたころ、自分とパートナーの関係をそのまま盛り込むつもりはなかったという。しかし、個人的な出来事を書き込むほど、脚本はどんどん面白くなっていった。



シャンクス:個人的なことを書くのは恥ずかしいし、あけすけな映画にもしたくないと思っていました。それでも、自分のプライベートから描けることがあると感じたんです。

映画監督やロックスターになりたいという野心、ある意味では子どもじみた夢を見ている人が、果たしてパートナーとして良い人間になれるのか? 僕も15年以上努力するなか、「僕には夢がある。一方で、相手との関係に対して何ができるんだろう」と考えていました。



かくして描かれたのが、「夢」がパートナーシップに与える影響だ。片方が「自分は成功するはずなのに、相手との関係が足を引っ張っている」と思っているとき、もう片方は「相手が夢をみているせいで関係がうまくいかない」と考えている——。



「愛する人とひとつになりたい」気持ちは愛か、狂気か。『トゥギャザー』監督に聞くパートナー関係の複雑さ

© 2025 Project Foxtrot, LLC



シャンクスはパートナーとの喧嘩や、親しい友人たちの恋愛を執筆の参考にした。映画の冒頭、ミリーは自分たちの送別会でティムにサプライズのプロポーズを仕掛けるが、ティムはうまく反応できない。会場はとんでもない空気になり、この事件がふたりの関係を歪ませるのだ。じつは、このエピソードも監督の実体験がヒントだったという。



シャンクス:昔、彼女にウソのプロポーズをしたことがあるんです。ただのジョークで、幸い成功しましたが、「もし最悪の展開になっていたら?」と思いました。また、ティムの父親が真夜中に突然死している設定も僕自身の経験。映画ほど恐ろしくはありませんでしたが、その影響は本当に大きかった。

兄弟や母にとっても大きな出来事だったのです。



私生活をさらけ出し、己の感情をありのままに表現したことは、シャンクスにとっても良い経験だった。自分の心が癒されるだけでなく、映画への予期せぬ反応にも驚かされたという。



シャンクス:観客の皆さんから、「この映画には私の人生が描かれている、自分に起きたことと同じだ」という感想をたくさんもらいました。個人的な体験を取り入れたことで、むしろ普遍的な映画になった。パートナーと長くつき合った経験のある方や、逆に長くつき合わないことを選んだことがある方にはきっと共感してもらえると思います。



「愛する人とひとつになりたい」気持ちは愛か、狂気か。『トゥギャザー』監督に聞くパートナー関係の複雑さ

© 2025 Project Foxtrot, LLC



『トゥギャザー』で描かれるのは男女のカップルの「融合」だ。しかし、シャンクス監督は「異性愛だけでなく、同性愛や、どのような一対一のパートナーシップにも起こりうることがテーマ。他者と人生を分かち合うことを描いています」と強調する。



サプライズのプロポーズが失敗したあと、ミリーとティムの関係は明らかに破綻しかける。しかし、ふたりは別離の道を選ばない。客観的に見れば別れたほうが良い関係だとしても。



口論のなかで、ミリーは「一緒にいるのは愛し合っているから? それともお互いに慣れきっているから?」と口走る。ティムが「別れたいの?」と聞くと、ミリーは「嫌! あなたは?」と尋ね返し、ティムも「嫌だよ!」と応じるのだ。



「愛する人とひとつになりたい」気持ちは愛か、狂気か。『トゥギャザー』監督に聞くパートナー関係の複雑さ

© 2025 Project Foxtrot, LLC



監督は「物語がはじまった時点で、もしかしたら彼らは別れておくべきだったのかもしれません」という。ただし、「ふたりがもっと健全な関係であったなら」とつけ加えながら。



シャンクス:ふたりは本心では別れたいと思いつつ、それが意味することを恐れているのです。思い出すのは、僕たちが若い頃、友人たちのグループに6年ほど交際しているカップルがいたこと。ふたりとはよく一緒に過ごしていたのに、彼らは突然別れてしまって、そのうちのひとりとは二度と会えなくなりました。まるで、もうひとりが友人関係をすべて奪い去ってしまったように——。



うまく相手と別れられなければ、恋人関係だけでなく、家族や子ども、友人との関係、さらに経済的な基盤さえ失いかねない。そのことを考えて、シャンクスは「本当に怖くなった」という。「愛情ではなく、別れるためのコストや努力、恐怖が大きすぎるせいで一緒にいるカップルがたくさんいるのではないかって」



「愛する人とひとつになりたい」気持ちは愛か、狂気か。『トゥギャザー』監督に聞くパートナー関係の複雑さ

© 2025 Project Foxtrot, LLC



もっとも恋愛の場合、理性だけがつねに正しい判断を下すとは限らない。

ティムとミリーも理屈では説明できない変化に突き動かされ、そのたびふたりの関係も激しく揺さぶられる。たとえばティムが距離を置こうとするとき、ミリーは近づこうとする。逆に、ティムがミリーを強く求めるとき、ミリーがなんとか逃れようとすることもある。



『トゥギャザー』が興味深いのは、肉体が彼らの意志をたやすく裏切る瞬間が何度も描かれていることだ。言葉では相手を拒否していながら、肉体は互いに引き寄せ合ってしまう。まるで、身体が人間の無意識を代弁しているかのように。



シャンクス:僕たちの欲求や欲望には、意識の領域では理解できない本能的な一面があると思います。どれだけ知性で分析しようとしても、人間は根源的な本能に接近すると原始的な狂気に陥る。いわば僕たち自身、いまだ全容を解明できていない宇宙船を操縦しているようなものなんですよ。



では、もしも肉体が思考を裏切ったらどうなるか? シャンクスは「このアイデアを探究できるのはボディ・ホラーならでは」とほほえむ。「欲望や情熱ではなく、病気や老化などで身体の機能が衰えるときも、肉体は自分自身を裏切りますよね」



実際に映画を構想するとき、最初にひらめいたのは、劇中屈指の名場面である「廊下でふたりが引き寄せ合う」くだりだった。ストーリーが固まらず、カップルの名前も決まっていないなか、「融合」というコンセプトを忘れがたいかたちで具現化したいと考えたのだ。このシーンを書き終えたあと、監督は「長編映画にできる」と確信したという。



「愛する人とひとつになりたい」気持ちは愛か、狂気か。『トゥギャザー』監督に聞くパートナー関係の複雑さ

© 2025 Project Foxtrot, LLC



監督にとって、『トゥギャザー』はホラーなのか、それともラブストーリーなのか。そう尋ねると、迷うことなく「両方です」と笑顔で答えてくれた。



シャンクス:最初はホラー映画のつもりでした。ホラーの大ファンとして、本当に怖い映画を作りたかった。「ラブストーリー版『ヘレディタリー / 継承』にするぞ!」と。けれど僕はコメディ出身なので、「シリアスにしなければ」と自分に言い聞かせるうち、本能に逆らっている気がして(笑)、そこから笑える要素を少しずつ加えていきました。



最も重視したのは、荒唐無稽なボディ・ホラー映画でありながら、あくまでもリアルなカップルの関係を描くこと。シャンクスにとっての「リアル」とは、「カップルがシニカルに、けれどもロマンティックに愛し合っていること」だという。



シャンクス:「カップルの身体が融合するホラー映画なんて、クレイジーで下品で、とんでもない映画なんでしょう?」と思われそうですが、僕としてはそういう感覚を残しつつ、現実的なカップルの物語にしたいと思っていました。ホラー要素を削除しても良質な人間ドラマが残り、逆に人間ドラマを取り除いてもホラーファンが満足できるシーンが残る、良いバランスの映画になったと自負しています。



観る者の恋愛観を試すかのような結末も、脚本を書き始めた時点で決めていたもの。あえて「これってハッピーエンドですよね?」と聞いてみたところ、シャンクスは手を叩いて喜びながら「そう思っています。愛に満ちた、幸せな気持ちで劇場をあとにしてほしい」と満面の笑みを見せた。



「愛する人とひとつになりたい」気持ちは愛か、狂気か。『トゥギャザー』監督に聞くパートナー関係の複雑さ

© 2025 Project Foxtrot, LLC



シャンクス:いろんな感想があって当然ですし、「怖い」「悲しい」という声も聞きますが、僕としてはハッピーエンド。僕はロマンティックコメディやラブストーリーを観るとき、最初は言い争っていたカップルにも、ラストでは「愛してる!」ってお互いに言い合ってほしいんです(笑)。この映画でも、ふたりは最後に同じ方向を向いていると思います。

編集部おすすめ