Text by 中里虎鉄
Text by 家中美思
「みんな怒り慣れていないのかもしれない」
2024年度前期連続テレビ小説『虎に翼』(NHK)の脚本・吉田恵里香はこう語る。
同作のスピンオフドラマ『山田轟法律事務所』が3月20日、放送される。
寅子をはじめ、怒って声を上げる登場人物を多く描いた『虎に翼』だが、スピンオフドラマのテーマは、「正しく怒る」ことなのだという。
戦後の体験からよねが自分に課した「正しく怒ること」とは、どういうことなのか? 吉田恵里香とよねを演じた土居志央梨に聞いた。
―本作は戦後から物語が始まり、混乱や人々の争いも描かれます。かなり暗いトーンのスタートですが、それはなぜでしょうか?
吉田:多分、みなさんが想像する朝ドラのスピンオフってポップな感じですよね。どういうテイストにするか悩みましたが、視聴者の方々を信じて、だったらいっそみんながイメージする全然逆を行ってみようと思いました。
それに、よねは一人でいると「おかしさ」やポップさがないんですよね。同時期に映画化も決まっていて、映画の主演は寅子なので明るいトーンになる。執筆期間も重なっていたので、ドラマは暗い場面からよねの怒りのエンジンが上がっていく振り切った作品にできました。
―ドラマに合わせて尾野真千子さんのナレーションも抑えめでしたよね。その効果もあって、よねの直面する出来事のどうしようもなさもより一層表現されていたように思いました。
吉田:ドラマのトーン的にも、ふざけられなかったというのもありますね。
寅子が主人公だったら「なんちゃって~」とか、脳内の妄想みたいなナレーションを入れられたかもしれないけど、今回そういうナレーションを入れたらよねに怒られそうだし(笑)。
よねの性格に合わせて、自然と硬くなっていきました。尾野さんもそのトーンを汲んでくださり、素晴らしいナレーションをしてくださいました。
吉田恵里香(よしだ えりか)
1987年生まれ、神奈川県出身。脚本家・小説家として活躍。主な執筆作品は、『DASADA』『声春っ!』(日本テレビ系)、『花のち晴れ~花男 Next Season』『Heaven?~ご苦楽レストラン』『君の花になる』(TBS系)、映画『ヒロイン失格』『センセイ君主』など。NHK『恋せぬふたり』で第40回向田邦子賞を受賞。
土居:今回、本編では山田轟法律事務所の壁にすでに書いてあった憲法14条を、よねが壁に書くシーンがあります。
新聞に描かれた14条を目にし、壁を見つめたときにナレーションが入ってくるんですけど、「これはよねの言葉だ……!」と感じるくらい、感情がこもっていました。そうやって、登場人物になりきったナレーションのときもあれば、距離をとって説明的なナレーションもある。そのバランスがすごいなと思いました。
土居志央梨(どい しおり)
1992年生まれ、福岡県出身。大学在学中に受けたオーディションで、林海象監督の『彌勒 MIROKU』で映画デビュー。主な出演作に、映画『リバーズ・エッジ』『二人ノ世界』『太陽の子』『10DANCE』、ドラマ『しあわせは食べて寝て待て』『ぼくたちん家』、NHK連続テレビ小説『おちょやん』『虎に翼』、大河ドラマ『青天を衝け』などに出演。
―14条を壁に書くシーンを演じてたときは、どんな気持ちでしたか?
土居:朝ドラ撮影当時から、あの文字からはただならないオーラを感じていたんですよね。「血で書いたのでは」くらいの。
「法の下の平等」を規定する憲法14条は、絶望を見てきたよねにとっては綺麗事にも見えるわけですよね。でも、平等という当たり前のことすら、明文化していかないと実現されない。そんな矛盾した気持ちを抱えたまま書いていたんだと感じました。
だから、ただの希望で書いたわけじゃないし、よねの怨念というか、「私はこの道を進んでいくんだ」という強い決意が滲み出ていて。朝ドラでは演じなかった期間の答え合わせができたような気持ちになりました。
吉田:土居さんがおっしゃったように、憲法はものすごく理想が高いもので、綺麗事に見えるというのはとてもわかるんです。とくによねはこれまで、「すがったものがすべて崩れ落ちていく」ような人生を歩んできたわけだし。
そんなよねだからこそ、憲法14条は「唯一崩れない信念」としてとらえていたんだと思います。覚悟をもっているから、ニコニコしながら書いているわけではない。
綺麗事でも、理想論でも、そのくらい高い目標でいてくれないと、すがれない。だってそうじゃないと平等を達成できないから。憲法の理想が高くある意味ってそこにあるんじゃないかなと思っています。
―今回は、憲法14条の「法の下の平等」にかかわる裁判が描かれます。お二人がおっしゃったように、憲法は理想が高いものであること、そして、理想で終わらせないために奔走した人たちがたしかにいることを実感できました。
吉田:「理想ばかり追い求めすぎている」「綺麗事だよ」とか、そういう意見はもちろんあると思います。
でも、エンターテイメントでは希望に満ちたほうを選んで、それをとやかく言ったり、差別したりするほうが間違っていると主張したいと思いました。
理想や綺麗事を笑うのが当たり前になっているのはやはり悲しい。だから、「綺麗事。だけど、〇〇」という文章になるような物語を作っていきたいというか。
土居:生きるために闇市で買ったお米を食べなきゃいけないとか、生活にかかわることと法律が矛盾しているあの時代、それでも人々は生活を良くしていきたいと思っている。
そんな、人々の道標になるようなものが、憲法だったんだと思うんですよね。それがいかに難しいことかもよねは知っていて、でも、それくらい大きな理想がないと立ち上がれないような状態だったのだと感じました。
―社会が良くなっていると感じる人々と、社会が「クソ」になっていると感じるよねさん、その対比がすごく印象的でした。
吉田:よねは、壁にぶつかっても曲がらない芯の強さを持っている人なんですね。そのために必要だった武装が、「正しくある」ということだったと思うんです。
あまり好きな言葉じゃないけど、「考えすぎ」な面があるからこそ、よねには社会が「クソ」に見えるし、差別されている人とか、つらい境遇にいる人のことがよく見えるんです。
土居:「正しくある」ことを貫いて生きるって並大抵の精神力じゃできないですよね。よく一人で生きてこれたなって思います。
でも、なぜよねが自分の正しさを貫けるのか、私はスピンオフをやって確信した!
吉田:よかった~!
土居:「心に決めたんだな」って思いました。私はこの道を歩んでいくんだって。
吉田:よねって、これまでもいろいろな決意をしてきているんですよね。生まれ育った家を出てマスターのところに来ること、女子部に入ること……。全部、フルマックスの決意をしたつもりでいたのに、それすらも戦争で崩されてしまって。
そんな過去もすべて乗り越えて、また決意した人だから、「正しくあること」はよねにとって誇りであって自信であって、自分を肯定できるもの。だから脚本を書いていても、「そりゃ寅子のことむかつくよな」「すんなり許せないよな」と思ったし。
吉田:でも、寅子の無神経さに引っ張られてよねの人間らしさが出てきたりして。そういう意味では、轟とも出会えてよかったねと思いました。まあ、書いたのは私なんですけど(笑)。
土居:轟と合流したときはいつものよねに戻れたというか。それまでは、演じていた私も精神状態が不安定だったし。
吉田:よねが誘わなかったら法律の世界に戻っていなかったかもしれないから轟も救われたけど、よねも同じように轟に救われたんですよね。
―よねはよく怒るキャラクターで、『虎に翼』でも怒る人をたくさん描かれていました。
吉田:「怒る」ことは悪いことじゃないし、怒る人を肯定したいと思っているんです。でも世の中には、「怒る=その人が悪い」みたいな理屈があるじゃないですか。
土居:たしかに。スマートに対処する人が偉いみたいな部分ありますよね。
吉田:しかもそういう人って一番には切り出さないんですよね。誰かが怒って、あとから「まあまあ」「いろいろな意見があるよね」ってなだめにいく。
でも最初に切り出す人がいなかったらその会話も始まっていないわけだから、0に飛び込む人をもっと肯定して欲しいと思います。それに、さまざまな場面で差別を被っている人が、余裕をもってスマートに話せるわけがないじゃないですか。命と、人生と、すべてがかかっているから。
だから、「怒り=悪」みたいな考えは、令和1桁……は難しいか。令和20年くらいまでに変わっていって欲しいなと思います。
吉田:ニコニコしていて賛否がわかれないことだけを言っている人はたしかに好かれるかもしれません。でも、それで踏みつけられたり「ない」ことになっている人のことを思うと、絶対怒りって必要だし。
―今回のドラマのキーワードは「正しく怒る」だとうかがいました。「怒る」に「正しく」を加えた理由とはなんなのでしょうか?
吉田:『虎に翼』のなかでもよねは一貫して怒ってきた人であって、戦後は「怒り」に加えて「正しさ」を自分に課したわけです。学生のときみたいに、怒りをぶちまけるんじゃなくて「正しく怒る」ことでよねの怒りは誠実なものになっていく。
吉田:感情に支配されて、論破しようとか、相手を「どう刺すか」を動機とした怒りじゃなくて、「何のために怒っているのか」を自覚しながら怒る。それが、よねが自分に課した「正しい怒り」なんです。「正しい」という言葉が人にとって定義が違うと思うので、強すぎるのは危険ですが、それにより「怒り」の強度が確実にあがっていきます。
社会を見渡したとき、「怒り=悪」の認識のせいで、みんな怒り慣れていないんじゃないかと思ったんです。怒る鍛錬が足りないから、上手に怒ることができない。
鍛錬が足りないという意味では言われる側も同じで、怒られ慣れていないから、少しでも言われると「全否定された」と思ってしまいがちだし。
―よねさんは「おかしい」と言える人ですが、日常生活のなかで、信条や信念に関する部分で「おかしい」と声を上げることは、かなり勇気がいりますよね。
吉田:よねが怒ることができるのは、言わないと切り拓けないことがあまりに多かったからだと思います。身を売られそうになった実家も、男装していると受からせてくれなかった司法試験も。よねは声を上げていく道を選んだというより、「選ばざるを得なかった」人であり、それは境遇が作っていったもの。
恵まれていればいる人であるほど、「家族が傷つくかな」「友達がどう思うかな」とか、いろいろ考えてなかなか言えないですよね。ときにはヘラヘラしながら言わないと伝わらないときもあるかもしれません。たとえばすごく主語が大きいことを言われたら「人による~!」って茶化してみるとかね。
「怒り」は一つの手段であるわけだから、必ずしも怒らなくていいし。ただ、怒りの手段を全否定しないことが大事だと思います。
土居:やっぱり、対話が重要ですよね。相手を否定しないで怒るという。
吉田:そう。対話は、よねが苦手なことですよね(笑)。
だからそれも環境によりけりで、よねが怒って一番に飛び出して、それを周囲の人がうまくオブラートに包む。そのバランスも素敵ですよね。
土居:『虎に翼』で私がすごく好きなのは、コミュニケーションをあきらめないことなんです。寅ちゃんだって、何回も間違えて怒られて、それでもあきらめず対話していく。その姿勢が素晴らしいと思うんです。
顔見てあきらめずに対話していくということがもっと普通になっていけばいいなと思っています。
―よねは「正しくあること」を自分に課していますが、つねに正しくいるというのは難しいですよね。
吉田:すべてにおいて正しくいるなんて、無理ですよね。本当に自分に制限をかけて小さい範囲で生きていかないと。
絶対に失敗するし、だから声を上げ続けていくのは難しいことなんですよね。
その意味で、女子部のメンバーは全員が同じ考え方でもないし、戦い方も違うし、「この部分では気に入らない」ということを多分それぞれ持っているんですよね。「それでも、肩を組む」あの姿がとても良いなと思っています。
―今回のドラマも、朝ドラも、物語のなかで描かれる差別や不平等が、「過去のもの」ではなく現代にもつながる地続きのものであることをすごく実感させられました。吉田さんは脚本を書く際、「過去の出来事」だけに見せないために工夫した点などあったのでしょうか?
吉田:「自分ごと」としてとらえられるような話を作るように心がけてはいましたけど、脚本を書くために調べるといまも同じ問題が残っているから、気づくとつながっていたという感じですね。度合いが違うだけで、昔もいまもそんなに変わってない。
むしろ、「このときからちょっとでも変わっていたらいいのに」という気持ちですよ。せめて2026年からは、変わっていきたい。
土居:私も演じていて、昔の話という感じは全然しないっていうか。
事件や事例が昔なだけで、全然いまに置き換えられる問題ってたくさんあるし、「これっていまの話だよね」と感じるものは、正直たくさんありました。
吉田:ですね。その時代に声を上げてくれた寅子やよねたちのような存在が、いまの自分たちにとって当たり前になっている状況を作ってくれたわけだから。誰かが作ってできた「当たり前」だということを忘れてはいけないですよね。
そして、当時の寅子たちのように、声を上げる人の数が少ないと、「その人が変な人」みたいに見られがちじゃないですか。だからいろいろな分野で声を上げる人が増えて、一人だけが目立つんじゃなくてグラデーションみたいになっていくと良いなと思いますね。
まあ、ぼんやりしてくると「0か100がわかりやすい」みたいな風潮も出てくるからそこは難しいんですけど……。よねや寅子のように、その道を開拓する人が増えて、未来につながっていくのが理想なんです。
土居:当たり前と思っていることは、誰かが声を上げたことによって成り立っている。そう思うと、私たちもサボっちゃいけないな、みたいな。ちゃんとアンテナを張って考え続けないといけないし、そう思えたのは、よねを演じられたからですね。
いまの日本でも差別や争いが起こっているけれど、それが「悲しいこと」だということを、犠牲が出ないと学べないのはとても残念だと思います。戦後を描いた今回のドラマで、あらためて多くの人が考えるきっかけになって欲しいです。
吉田:一瞬で崩れるものなんですよね、平和って。そして、私たちがやっているエンタメも、平和の上にしか成り立たない。
だからこそ私はエンタメを通して平和とか、誰かを踏みつけることの残酷さを伝えていきたいと思っています。すべてのエンタメに必要だとは言わないけれど、そうすることが必要だと思っています。特にいまは。
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