『近畿地方のある場所について』白石晃士監督×背筋が語る。楽し...の画像はこちら >>



Text by 生田綾
Text by 今川彩香



小説投稿サイトから誕生し、発行部数70万部と大反響を巻き起こしたホラー小説『近畿地方のある場所について』の映画版が、8月8日に封切りされた。



菅野美穂と赤楚衛二がダブル主演を務めた本作。

主人公2人が行方不明になった編集長の消息を追い、過去の未解決事件や怪現象を調べていくうちに「近畿地方のある場所」につながっていき、恐るべき事実に近づいていく……というあらすじだ。



メガホンをとったのは、原作者・背筋自身が大きな影響を受けたというホラー映画界の巨匠、白石晃士監督。さまざまな怪現象や未解決事件に関する情報が散り散りに紡がれ、やがて一つの物語へとつながることでじわじわと恐怖が広がっていくところが原作の魅力だが、映画化にあたり、原作の持ち味をどのように引き継いだのだろうか。そして、映画版が原作者である背筋に与えた影響とは? 2人にインタビューした。



『近畿地方のある場所について』白石晃士監督×背筋が語る。楽しいホラーを提供する者としての矜持

©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会



―原作は、ネット掲示板の書き込みや雑誌記事、インタビューの録音データなど、さまざまな媒体に掲載された文章が集積した物語になっており、映像化が難しい作品だと思います。映画化するにあたり、原作のどんな部分を大事にしたいと思いましたか?



白石晃士(以下、白石):どんなスタイルにするか脚本家やプロデューサーとも話し合ったんですが、全体をフェイクドキュメンタリーのようにする案もあれば、劇映画のドラマにする案もありました。



原作にあった生っぽいドキュメント感をなくしたくなかったので、全体は劇映画として菅野美穂さんと赤楚衛二さん演じる2人の主要キャラクターに物語を引っ張ってもらいながら、ドキュメント性を持ったPOV(カメラの視線と登場人物の視線が一致した撮影手法)を取り入れていくことで、フェイクドキュメンタリーと劇映画を両立させようと思いました。



前半のどこに向かうのかわからず翻弄する感じと、後半の一点に向かって集約していく面白さ、ゾクゾクしながらもワクワクするような感触が原作の魅力だと思います。それと似たような感触を得られるようにすることをすごく大事にしましたね。



『近畿地方のある場所について』白石晃士監督×背筋が語る。楽しいホラーを提供する者としての矜持

©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会



―脚本は17稿ぐらいあったと聞きましたが、原作者の背筋さんは脚本協力というかたちで、どのように制作に関わったのでしょうか?



背筋:いかんせん原作がややこしくて、いろんな情報が入り乱れているので、映画ならではの表現を追求しながら物語の中で整合性を保つことにすごく難易度があったと思います。原作を映画の設定に置き換えたときに齟齬がないかというところを中心に見させていただきました。



―完成した作品をご覧になって、いかがでしたか。



背筋:もともと白石監督のファンだったということもありますが、最高でした。『近畿地方のある場所について』という原作はありつつ、原作にはない魅力も含まれている、白石監督の作品として仕上げてくださっていました。



―原作にない魅力とは、どういうところで感じられましたか?



背筋:キャラクターが個性的だけれども、どこかで出会ったことのあるようなナチュラルさがあり、すごく感情移入ができますよね。主役のお二方に限らず、キャスト全員の方に対して思いました。キャラクターの人物描写に関して原作よりもさらにパワーアップして映像にしていただいたことがすごく嬉しかったです。



『近畿地方のある場所について』白石晃士監督×背筋が語る。楽しいホラーを提供する者としての矜持

©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会



―映画の公開を前に、7月下旬に原作の文庫版も発売になりましたが、単行本から内容を書き換えられています。そこにはどんな意図があったのでしょうか?



背筋:単行本を読んでくださった方にも別物として文庫版を楽しんでほしかったというのもありますし、その逆もまた然りです。……どう変えようかと思ったとき、もちろん違う内容なんですが、映画の影響は受けていまして。キャラクターの強さや魅力というところを勉強させていただいたので、文庫版の方はストーリー性がかなり強まって、人の感情に寄り添った話になっていると思います。



白石:結構書き換えてるんですか?



背筋:そうなんです。(原作に登場する)「背筋」は映画にならって「瀬野千尋」に変えていて、小沢は「小澤雄也」にしています(※)。映画と名前は違うので、別人物の物語があるのですが。

文庫版は小澤視点の話で、小澤は40歳のベテラン編集者になっています。



(※)映画版では、菅野美穂演じるオカルトライターの「瀬野千紘」、赤楚衛二演じるオカルト雑誌の編集者の「小沢悠生」が主要キャラクターとして登場する。この2人が行方不明になったオカルト雑誌編集長の消息を追うところからストーリーが展開していく。



『近畿地方のある場所について』白石晃士監督×背筋が語る。楽しいホラーを提供する者としての矜持

©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会



背筋:割とドラスティックに設定自体を変えて、内容としても単行本にも映画にも準拠していない、いわゆる別世界、別軸の話みたいな感じで書いています。



白石:そうすると、終盤は流れがちょっと変わりそうですよね。



背筋:結末も変わっています。端々のフッテージ的なエピソードはほとんどそのままなんですが、中心を貫く柱は総とっかえしている感じで……。



白石:それはある意味でセルフリメイクですね。



背筋:はい、そうだと思います。結構というか、二度とやりたくないくらい、めちゃくちゃ大変でした(笑)。一から書くより大変でした。



『近畿地方のある場所について』白石晃士監督×背筋が語る。楽しいホラーを提供する者としての矜持



―すごいですね。

そこは映画の影響が大きかったというところもあるのでしょうか。



背筋:そうですね。やっぱり、なにか新しい人格を与えてもらうということがいいなと思ったんです。映画版の千紘と小沢くんには原作にはない人格の魅力があって、自分なりに別人格を与えてみようという、ある種の挑戦でもあったかもしれません。



―キャラクターを作り込むということは白石監督が得意とすることだと思いますが、監督はこの作品の主人公2人をどのように捉えましたか?



白石:作品の中で登場人物が怖い目にあったり酷い目にあったりするとき、やっぱりお客さんがその人物を好きであったり、好きとまでいかなくても親近感を持ったりしているほうが、より自分ごととして捉えられるんじゃないかと思うんです。そういった理由で、2人を親近感が持てるような隙のあるキャラクターに設定しました。



『近畿地方のある場所について』白石晃士監督×背筋が語る。楽しいホラーを提供する者としての矜持

©2025「近畿地方のある場所について」製作委員会



―今モキュメンタリーがブームと言われていて、次から次へとヒット作が生まれていると思います。現実と地続きにありそうなところにフェイクドキュメンタリーの面白さがあると思うのですが、いまの社会の状況を見渡したとき、陰謀論にハマってしまう人が増えていると言われていたり、最近だと「7月5日の大災害説」など、都市伝説が社会現象になることも、現実には起きています。そういった現象をお二人はどのように見られていますか?



背筋:ホラーやモキュメンタリーが流行るのは何か社会的背景があるからではないか、という議論って常にされているんですが、まず、陰謀論とホラーやモキュメンタリーを結びつけて話すことはとても危険なことだと思うんです。



ブームと呼ばれる前から活躍されている作り手の方もたくさんいるし、いつの時代だって陰謀論にハマる人はいて、過去にはノストラダムスの大予言もあった。モキュメンタリーが流行っている背景に、陰謀論などの社会的な情勢を理由づけること自体は簡単ではあるんですが、そこに答えはないと思いますし、容易にそれをするとジャンルとしての寿命をすごく縮めてしまうと思っています。



―たしかに、おっしゃるとおりです。



白石:陰謀論と都市伝説はすごく近しいものがあって、都市伝説と怪談も近しいものがある。それを現実のものとして捉えていたり、現実のものとしてお話ししている人もいるんですが、一線を画すものとして、スピリチュアル商法や霊感商法などの不安商法でお金を稼ぐ人もいます。



みんながそこに近づきやすくなっているというところはあると思うんですが、そこにハマってしまって大金を失ったり、精神的にすり減って身を滅ぼしたりする人もいるので、そうならないように私はフィクションとしての面白さ、怖さをみなさんに提供していきたいと思いますね。



『近畿地方のある場所について』白石晃士監督×背筋が語る。楽しいホラーを提供する者としての矜持



白石:フェイクドキュメンタリーの面白いところは、フィクションをより本当のように感じてもらうことができるという点。ヤラセはただお客さんを騙しているだけですが、フィクションというものは、お客さんが作り物だと知りながら見ているのに、まるで本当にその世界があるかのように没頭できる。



自分が映画を好きである要素でもありますし、フェイクドキュメンタリーやPOVを自分がやっているのも、その臨場感をより感じさせる一つの手法だと考えているからです。なので、あくまでフィクションとして楽しんでほしいなとすごく思いますね。



背筋:私はいま展示イベントをやっているんですが、たとえばそこで「ノストラダムスの大予言のようなことが起こりますよ、気をつけてくださいね」と言った瞬間、監督がおっしゃったような不安商法になると思うんです。



でも、一方で、「それが起きるかもしれない」ということに対してのロマンはある。それは別に「死にたい」とかそういった短絡的な話ではなく、ここじゃないどこかに行きたいとか、世界の滅亡をこの目で見たらさぞかし美しいんだろうなという、そういったロマンであり、それをフィクションとして体現すること自体はまったく別物ですよね。



知的好奇心を刺激するものでもあり、ある意味では半分本気、半分冗談で笑いながらファンタジーとして楽しむということが怪談やホラーの楽しさなんじゃないかと思います。



『近畿地方のある場所について』白石晃士監督×背筋が語る。楽しいホラーを提供する者としての矜持

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