映画『首』(11月23日公開)の日本外国特派員協会記者会見が15日に都内で行われ、北野武監督が登場した。

同作は、原作・監督・脚本・編集を北野武が務める最新作。
天下統一を掲げる織田信長(加瀬亮)は激しい戦いを繰り広げていたが、その最中に家臣・荒木村重(遠藤憲一)が反乱を起こし姿を消す。信長は家臣を一堂に集め、自身の跡目相続を餌に村重の捜索を命じるが、明智光秀(西島秀俊)はなぜか村重を殺さず匿う。村重の行方が分からず苛立つ信長は、思いもよらない方向へ疑いの目を向け始めるが、それはすべて仕組まれた罠だった。波乱の展開が、 “本能寺の変”に向かって動き出すこととなる。

○■次回作の構想も明かした北野武監督

バイオレンス映画とお笑いとの切り替えについて聞かれると、北野監督は「シリアスなこととお笑いというのは表裏一体というか、お笑いというのは悪魔だと思ってるんですよ。シリアスな結婚式とかお葬式とか、みんなが緊張するようなとこに必ず悪魔が忍び込んできて、お笑いに持って行ってしまう」と持論を展開。
「チャップリンの言葉ではないけれども、ホームレスの人がバナナを踏んで滑って倒れたらかわいそうだと思うけども、総理大臣とか、もっと上の偉い人がバナナを踏んで倒れるとみんな笑う。暴力映画もそうで、シリアスなものを撮ると同時に、お笑いの悪魔が寄ってきて、フィルムでは流さないけども、現場では大笑いすることがいっぱいあって。今度作ろうとする映画は暴力映画におけるお笑いというテーマで、制作に入ってます」と明かした。

実際にどのような作品を進めているのかという質問も。北野監督は「よく“パロディ”という言葉を使うんですが、『風と共に去りぬ』とか『ローマの休日』とか『E.T.』『ジョーズ』といった有名なものから持ってくる。自分が考えるのは、それだと元がヒットした映画ではないとパロディにはならないということがあって。
自分の場合ギャング映画を撮って、それと同じキャスティングとストーリーのパロティを同時に2部で流してみる、ということを今やっています。なかなか難しいこともあるけど、パロディに対する新しい方法として、1部をちゃんと撮って、そのパロディをやるなら、みんな知ってる作品から取ったということになるのでいいかな」と明かす。

さらに「日本はバブルの80年代とかに、反社会的グループや芸能界とか、そういう人たちが入り乱れて、いろんなことがある時代になる。今、台本を作ってる最中で、映画は色々な可能性があるので、いろんなものを作りながらひらめいたことをメモって、いつか実現させようとひとまず努力してます」と構想を覗かせた。