人間の五感の中で、もっとも記憶を喚起させるのが嗅覚であるということは、割とよく知られている。
瑛人のヒット曲ではないが、街ですれ違った人の香水の匂いで、記憶の奥底に眠っていた誰かのことを急に思い出したり。


春の沈丁花や秋の金木犀が香り出すと、遥かなメモリーがよみがえることもある。
きっとあなたにも、そうした経験があるだろう。
○■特定の香りによって呼び覚まされる記憶と感情

それは芳しい香りばかりではなく、僕はといえば塵芥車から漂ってくる匂いを嗅ぐと、ふと学生時代の一場面を思い出したりする。
大学一年生の頃、時給の良さに釣られ、池袋パルコでゴミ処理のバイトをしていたからだ。
中学・高校生時代は剣道部だった。口の悪い人はすぐに“剣道=臭い”と言うが、確かに剣道部員は独特な香りを放つ。

でも僕にとっては、人が嫌悪しがちなゴミや剣道のあの匂いさえも、青春時代の甘美なノスタルジアにつながるもので、「好き」というと多少語弊があるが、決して単なる悪臭とは思えなかったりする。

勢いで妙な匂いの話をしているが、これは前置きであり、本題は良い香りの話だ。

香りと記憶が結びつきやすい理由は、脳の仕組みによるものらしい。
簡単に言うと、人間の五感の中で嗅覚だけが、記憶を司る海馬という部位にほぼ直結しているからなのだそうだ。
脳のメモリーチップである海馬の中には、これまでの人生で体験した様々な出来事の記憶が保管されていて、匂いを察知するたびに該当するファイルを引っぱり出す。
それだけではなく、その記憶にひもづく喜怒哀楽や好悪の感情まで呼び起こすらしい。


確かに、特定の香りによって思い出されるのは単なる事実だけではなく、甘酸っぱかったりほろ苦かったりという感情が同時に湧き上がってくるものだ。
そのため自然に表情がほころんだり、逆に頭を掻きむしりたくなったりするのだが、いずれにせよ人生にとって香りとは、思っている以上に大切な要素なのかもしれない。

僕は今年55になるので、我が人生もいよいよ中盤から後半戦に入ってくる段だが、残りのライフをより豊かなものにするためにも、香りは大事にしていきたいと思っている。
○■香りが主張しすぎない『PROUDMEN.』シリーズのフレグランス

だからというわけではなく、僕は昔からフレグランス類に興味があり、取っ替え引っ替え、さまざまなブランドのものを試していたこともある。
だけど今は、常に同じものを使うようになった。
節操なくいろんな香りを使うと、アイデンティティが揺らぐのではないかと思い、これと決めた香りで一貫することにしたのだ。


さらに、フレグランス類はすべて同一ブランド・同一フレーバーで固めている。
男性が使うフレグランスといえば、整髪料、香水、そして衣類スプレーの3種類だろう。
その3種を別々のものにしている人は多いし、自分自身も以前は気にしていなかったのだが、実はこれを統一することが肝心なのだ。

バラバラのフレグランス製品を使っていると、人に届くのはそれらがミックスされた匂いになる。
一つ一つがいくら良い香りでも、それらの混合臭が微妙なものになることは想像に難くない。
ましてや、僕もいい歳のおっさんなので、自覚症状はないものの、加齢に伴うアレもきっとあるはずだ。

それもフェアにカウントするならばさらに状況は複雑になり、やっぱりチグハグな複数の香りを身にまとうのはやめたほうが良さそうだ。

髪、体、服に同じフレグランスを使うように心がけている僕の現在のお気に入りは、ラフラ・ジャパンというメーカーの『PROUDMEN.』シリーズ。ヘアワックス、グルーミングバーム、スーツリフレッシャーの3点である。
『PROUDMEN.』シリーズにはいくつかの香りのバリエーションがあるが、僕は店頭の試供品で試し、一番しっくりきた柑橘系の“グルーミング・シトラス”で統一している。

ヘアワックスは髪の長さによって変えていて、最近は短めに刈り込んでいるのでハードタイプを使用。
と言ってもワックスなのでガチガチになるわけではなく、適度なキープ力が持続し、なかなか使い勝手がいい。


グルーミングバームは“練り香水”とも言われるもので、顔でも手でも足でもどこに塗っても構わない「全身クリーム」。
ベトつかずサラッとした感触だが適度な保湿力もあるので、四季を通じて肌の気になる箇所に使用している。

スーツリフレッシャーは、本来はその名が示す通り、スーツのような毎日洗えないものに使う衣類用フレグランスだ。
僕はフリーの編集者兼ライター/コラムニストという職業柄、スーツとは縁のない生活をしているが、洗いざらしのシャツやTシャツのシワ取り用として使っている。
そうそう、僕は大人になってから町道場で剣道の稽古を復活させて今も続けているのだが、防具の中で特に匂いがキツい小手にも、ちょくちょくこのスプレーを使っている。
効果てきめんである。


『PROUDMEN.』シリーズの良いところは、フレグランス性に重点を置いた製品でありながら、香りが強すぎないことだ。
たまに、やたらと強い香りを放つ自己主張の強いおっさんがいるが、あれがどうしても理解できず、ただほんの少しだけ周囲に気を使いつつ、自分の気分を良くするためにフレグランスを用いたいと思っている僕にとっては、ちょうどいい塩梅の“弱さ”なのである。
○■自分だけのための香り製品を選定するためのコツ

香りの好みは人によって千差万別なので、『PROUDMEN.』シリーズを手放しで万人にすすめることはできないが、“Myフレグランス”を選ぶ際に気をつけたほうがいいと思っているポイントがある。
それは、なるべく容易に入手できる製品にすることだ。

フレグランスのような毎日使うグルーミング剤は、残りわずかになり新しいものを買おうと思った際、実店舗でその日のうちに購入できることが望ましい。
欲しいと思った瞬間に買えないと、今日明日のためにとりあえず違う製品を購入してしまいがちだが、一度買うとそれを使い切るまで香りの統一が崩れてしまう。

こだわりの強い人は、ネットでもなかなか手に入らない輸入品のフレグランスを使ったりしているが、そういうのを絶やさずに入手し続けるのは、相当に大変だろうと思う。
僕は元来そこまでのこだわりはないので、手を伸ばせば届く距離にあるものを選ぶことにしているのだ。

とは言え、例えばコンビニで売られているような製品では、あまりにも一般的すぎて面白みがない。
適度にほかの人とかぶらず、でも手に入れやすく、そして持続するために値段が高すぎないものがベスト。
そうしたバランスが取れていて、なおかつ香りが自分の感性にぴたりとハマったのが、僕の場合はたまたま『PROUDMEN.』シリーズだった。

とはいえ、嗅覚というのは五感の中で特に順応性が高く、特定の匂いを嗅ぎ続けていると、やがてあまりその匂いを感じなくなるものだ。
だからどんなに気に入っていても、長く使ったフレグランスはやがて飽きてしまうもので、僕もきっと『PROUDMEN.』を卒業し違うものを手にする日が来るだろう。

でも、そこからまたしばしの年月を経て、老年に達した僕が改めて『PROUDMEN.』の香りを嗅いだとき、2020年代のこの日々のことを懐かしく思い出すことになるはずだ。
ああ、あの頃は良かったとしみじみ思うのか、頭を掻きむしりたくなるのか、今はまだ分からないが。

文・写真/佐藤誠二朗

佐藤誠二朗 さとうせいじろう 編集者/ライター、コラムニスト。1969年東京生まれ。雑誌「宝島」「smart」の編集に携わり、2000~2009年は「smart」編集長。カルチャー、ファッションを中心にしながら、アウトドア、デュアルライフ、時事、エンタメ、旅行、家庭医学に至るまで幅広いジャンルで編集・執筆活動中。著書『ストリート・トラッド~メンズファッションは温故知新』(集英社 2018)、『日本懐かしスニーカー大全』(辰巳出版 2020)、『オフィシャル・サブカルオヤジ・ハンドブック』(集英社 2021)。ほか編著書多数。新刊『山の家のスローバラード 東京⇆山中湖 行ったり来たりのデュアルライフ』発売。
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