●『鬼平犯科帳』で密偵・おまさ役
映画『鬼平犯科帳 血闘』(5月10日公開)に出演する中村ゆり。演じるのは、主人公・鬼平に密偵になりたいと申し出る「おまさ」だ。


時代劇の仕事には、描かれる時代背景を勉強するなど入念に準備して臨むというが、その背景には、役者として駆け出しの頃に抱いた「自分は何もできない」という実感があるという――。

○台本に書かれていない人生の状況を理解

――今回の『鬼平犯科帳』には、どのように臨まれたのですか?

『鬼平犯科帳』という作品はもちろん知っていましたが、正直に申し上げると、歴代の作品のこともあまり知らない中で出演のお話を頂いたので、まずは原作小説を読んだり、過去の作品を見たりして、いちから一生懸命勉強するという感じでした。

時代劇というものにあまり触れる機会がなかったので、決闘し合うようなイメージを持っていたのですが、今回の『鬼平犯科帳』は、とても人間模様を描いている。時代は違えど、人の営みや気持ちは今も昔も変わらないんだという発見もありました。銕三郎さん(=「鬼平」こと長谷川平蔵の幼名)という人物も、身分制度があった時代の中で一筋縄にはいかないものを背負っているということが魅力的で、捕まえる立場でありながら、同時に人を救っている面がすごく多いお話だなと思いました。

――『人志松本の酒のツマミになる話』(23年1月6日放送)にご出演された際、仕事でほぼ学校に行けなかったため、時代劇の仕事が入ると時代背景などを勉強されていると話されていましたね。


台本の文字面を読んでいるだけでは解釈が難しいので、身分の違いによって人生の選択肢の少なさがあって、そのためにどういった行動に出てしまうのか、ということなどを本で勉強します。陰で生きる人たちの中には、とんでもない極悪人もいれば、私の演じるおまさのように、盗人の娘として生まれたけどプライドを持って生きている人もいる。そういう台本に書かれていない人生の状況というものをしっかり掘り下げて理解しないと、キャラクターが作り上げられないと思っています。

○形を組み立てた上で“自然”に見えるように

――どのように勉強されるのですか?

今回の作品のために、1年前から通っている日本舞踊の先生や、所作指導の方にもいろいろお聞きしました。「ここでおまさが訪ねていったときに、座敷に上がるのかどうか」とか、そういう一つ一つの行動に身分というものが出てくるので。

――ほかにも、何か準備されてきたことはありますか?

日本舞踊の先生にいろいろ細かいことを教えていただくというのは毎回やっていることですし、今回は長期の撮影ということもあり、着物にしっかり着慣れておきたいという思いがあったので、1年前から通いました。
食べ方や何かを取るしぐさなどの細かい所作も今とは違うので、そういった部分を聞いています。

ただ、自分の中の理想としては、所作をきっちり固めてしまうのも嫌なんです。やっぱり急いでいたら扉をバーン!と開けるだろうし、雑に歩くこともあるだろうし、時代劇の所作にプラスして“生活”というものを表せるように作りたいと思っていて。着物に着慣れておくというのもそういう考えで、ずっときれいに着ている生活ではないだろうと。こういう部分は、現代劇よりも事細かに考えるので、難しいなと思います。

――基礎を作った上で、よりリアリティを求めていくという感じですね。


やはり時代劇は、自分の自然な心理として行動に移すというお芝居ができづらいと思うんです。まず扮装から違いますし、ただ自然に振る舞っていれば良いというわけでもないので、ある程度形を組み立てていって、その先で“自然”に見えるよう意識していくイメージです。

「命を捨てたっていい」への共感は…


――演じた役への共感は、いかがですか?

おまささんは決して恵まれた環境ではない背景の中で生きてきた方ですし、盗賊の道に進まざるを得ない中でも自分の中の尊厳を失わない。一つ一つの選択の中に必ず美学があって、人としてのプライドもしっかりとある人なのですが、私の中にもそういう部分が少なからずあるので、とても共感できるところが多かったです。

でも、「命を捨てたっていい」と思えるくらいの人に忠誠を誓うという気持ちは……私にはないかも。命は捨てられないな(笑)

――主演の松本幸四郎さんの印象はいかがでしたか?

幸四郎さんは、普段はおっとりされていて、私たちを全然萎縮させない方なんです。でもクランクアップのとき、とても熱い思いで語ってらっしゃるのを見て、やっぱり自分の叔父さん(中村吉右衛門さん)がやっていた役を受け継ぐというのは、とても大きいものを背負っていたんだなと思いました。
私でさえ、とんでもないプレッシャーを感じていたのに、それ以上の重さがありますから。その姿に、より一層魅力的な一面を見たなと思いましたね。

――京都での記者会見では、皆さんで幸四郎さんのことを「カッコいい」「カッコいい」と褒めだす流れもありましたが(笑)、実際に“カッコよさ”という点ではいかがですか?

私には、分かりやすいカッコよさではないカッコよさがあると思っているんです。誰がツッコんでもOKみたいな空気でいてくださって、本当に普段はふわふわしていて、それが幸四郎さんの気遣いだということも分かるので、みんなすごくのびのび撮影できたのは、幸四郎さんの懐の深さだなと思います。

○京都の職人スタッフで思い出す緊張感

――京都での撮影はいかがでしたか?

やはりスタッフの方も独特の職人気質というのがありますよね。プライドがしっかりあって、だからこそプロフェッショナルなのだと思います。
例えば、カメラマンさんが「ちょっとおまさ、そこ瞬(まばた)きせん方がええな」と言ってくれたりして、こちらに遠慮するよりも作品愛を一番に考えているのが素敵だなと思いました。その分、私も緊張するんです。ベテランのスタッフさんに厳しい目で見られているので。でも、それが自分の役にとってプラスに働くということが分かるから、もう皆さんどんどん言ってください、という感じでした。

――キャリアを重ねられてきた中で、技術のスタッフさんにそのように言われることは、あまりないですか?

そうですね。でも、私は出だしが井筒組(井筒和幸監督『パッチギ! LOVE&PEACE』)だったので、そこでボッコボコにされましたから(笑)。
あの緊張感を久々にちょっと味わう感じがあるので、ピッと身が引き締まりました。

――インスタグラムを拝見していると愛犬に溺愛している様子がうかがえますが、長期の京都での撮影で離れるのは寂しかったのではないでしょうか。

そうですね。その間は母が見てくれていたのですが、私が家でスーツケースを出すと、長期でいなくなるというのが分かるので、めっちゃ怒るんですよ! 荷物を出すのに引き出しを開けようとすると、それを阻止しようとしてきて(笑)

なので寂しかったのですが、地元が大阪で京都にもお友達がいるので、撮休の日はカーシェアをして伊勢にも行ったりして、結構満喫していました。

アイドル時代の曲が静岡で25年流れ続ける


――アイドルユニットのYURIMARIとしてデビューされた中村さんですが、その経験が役者業に生きることはありますか? よくリズム感が演技に生きるというお話も伺うのですが…

私は恐ろしく運動神経が悪いので、全然何も(笑)。アイドルのときは歌もダンスも下手だったので、何も生かすところがないんですよ。本当に運動神経が天性の悪さなので、動きの大きい舞台をやるときは、その能力があったらいいのになと、いつも思いながらやっています。ただ、自分は何もできないということが実感としてあったからこそ、役者をやる上で人一倍勉強しなきゃ、人一倍もっと準備しなきゃと、ものすごく覚悟してスタートすることができました。

――その気持ちをずっと忘れずにいるから、時代劇の仕事が入ると時代背景を勉強するなど、準備を怠らないんですね。

そうですね。そうしないと、全部自分に返ってきますから。

――『鬼平犯科帳』は長年にわたり愛される作品ですが、テレビ静岡で25年続く番組『くさデカ』では、YURIMARIさんの曲「love love dreamer」が今も主題歌に使われていますよね。

「えー! なんで!?」って感じです。ありがたいけど、謎ですよね。私たちの曲は王道のアイドルソングではなくて、すごく変わっていますから、よく使い続けてくれているなと思いますし、静岡の方にも結構このことは言われますね。番組の周年記念で出演オファーを受けて、そんなに長年使ってくださっているのでぜひ行きたかったんですけど、どうしてもスケジュールが合わなくて。結局、番組を見られていないんです。

――知らないところでずっと流れているって、不思議な感覚ですよね。

そうなんです。

――幸四郎さん版の『鬼平犯科帳』も、そのように長く愛されるシリーズとして続くことを期待しておりますので、最後に改めて見どころをお願いします。

鬼平をはじめ火付盗賊改方が提灯を持って登場するシーンやアクションもすごくカッコいいので、王道な時代劇の一面も楽しんでいただけると思いますし、それにプラスして人間味があって、人の感情の機微も丁寧に描いています。

裁く側の人間が主人公ではありますが、その人の持っているルーツが決して正統派ではないし、道を外したこともあるというのが、鬼平の魅力的な背景です。だから罪人や盗賊など、いろんな人が出てきても、みんなの人生に寄り添っていく。そこが、この作品の美しさだと思うので、若い人にも共感して見ていただけると思います。

●中村ゆり大阪府出身。2003年女優デビュー。以降も映画、ドラマ、舞台、ナレーターなどで幅広く活躍。映画『パッチギ! LOVE&PEACE』(07)で全国映連賞女優賞、おおさかシネマフェスティバル新人賞、『市子』(23)で高崎映画祭最優秀助演俳優賞を受賞。近年の主な出演作に、映画『Fukusima 50』(20)、『窓辺にて』『母性』(22)、『嘘八百 なにわ夢の陣』『仕掛人・藤枝梅安』(23)、『あまろっく』(24)、ドラマ『平成細雪」(18/NHK)、『今夜はコの字で』(20・22/テレビ東京系)、『天国と地獄~サイコな2人~』(21/TBS系)、『ただ離婚してないだけ』(21/テレビ東京系)、『SUPER RICH』(21/フジテレビ系)、『クロサギ』(22/TBS系)など。現在放送中の『私の幸福(しあわせ)時間』(テレビ朝日系)で番組ナレーターを務めている。