シリアスな役からコミカルな役まで幅広い役柄で見る者を楽しませている俳優・山本耕史(47)。10歳で舞台デビューしてから数多くのドラマや映画、舞台に出演しているが、山本が「俳優人生の原点」「ターニングポイント」と語るのが、1998年に主人公マーク・コーエンを演じたブロードウェイミュージカル『RENT』の日本語版初演だ。
NYイースト・ヴィレッジに生きる若者たちの姿をビビッドに描き、ピュリツァー賞やトニー賞などに輝いたロック・ミュージカルの金字塔『RENT』。1998年の日本語版初演から26年の時を経て今夏、東京と大阪で上演される初の日米合作『RENT』は、マーク役の山本、モーリーン役のクリスタル・ケイに加え、ロジャー役のアレックス・ボニエロ、エンジェル役のジョーダン・ドブソンらブロードウェイで活躍するキャストが集結する。
山本は「『RENT』があったから今の自分があるというのは紛れもない事実であり、自分が構成された一つのターニングポイントであるのは間違いない」と『RENT』が自身に与えた影響の大きさを語る。
「自分の意思で芸能界に入ったのではなく小さい時からやっていたので、自分がやりたいものでもないというか、学校に行くような感覚でしたが、『RENT』と出会って、自分はこれがやりたいんだ、自分がやるべきことはこれなんだと、初めてそう思えたんです。稽古の中で『これはできる?』『じゃあやってみて』と、自分の潜在能力が引き出されるような毎日で、俳優という仕事に対する意識もそこから変わっていきました」
キャスト同士が遠慮なしに本気でぶつかり合う作品作りにも、とても刺激を受けたという。
「作品作りは内側を向いてみんなで手を取り合うというイメージがありますが、『RENT』の時は、自分がやるべきことはこれだとそれぞれはっきりしていて、みんなある意味バラバラの方向を向いているけど、作品でみんなが一つになる。『お前さっき音外していただろ』と共演者同士が言い合うような、みんなが外側を向いて戦っていた作品はこれだけだったなと思います」
『RENT』で感じた情熱の大切さ。今はなかなか厳しいことを言い合うのは難しくなっているとはいえ、自分を抑えずぶつけ合うことも時には必要だと考えている。
「戦いたいというわけではないけど、それぐらいのエネルギーを持った人がいることによってまとまることもあるし、本来作品作りにおいてすごく大事なことだと思います。当時、みんなすごくお酒を飲んで、声が枯れても控えることなく飲んでいて、それも『RENT』っぽかったなと。
作品自体にもものすごく力があると山本は語る。
「満足していない人たちの『俺はこんなもんじゃない』『私はもっとやれる』という思いが詰まった作品で、そういった思いはミュージシャンやカメラマン、ものを書く人たちにあり続けるものだと思います。大成功している話ではなく、もがき苦しみながら今日をとにかく生きなきゃいけないという話だから、みんなが共感できるのではないかなと思います」
○全編英語への挑戦「言葉の壁をどれだけ越えていけるか」
俳優人生の原点となった『RENT』。今回、日米合作版として再びマーク役としての出演が決まった時は、「また『RENT』をやれるという気持ちと、『え、英語でやるの!?』という気持ちと、2つの感情があった」と明かす。
「自分が構成されたターニングポイントに戻るという意味では、ありがとうございますという気持ちがあります。もうやることはないと思っていたから、またこういう形でやることが叶って。でも、今回は言語が違うからどうなるのかなと。ネイティブの人たちの中に入らないといけないから、それはすごくチャレンジングなことだと感じています」
同じ作品で同じ役を演じるとはいえ全編英語ということで、山本は「新たなステージへの挑戦」だと言い、「感情や動きは100%わかっているわけで、違うのはそれを表現する言葉。言葉の壁をどれだけ越えていけるか」と語る。
26年前に『RENT』でマークを演じたことで本番のブロードウェイへの興味も増し、アメリカに渡ってレッスンを受けたこともあったという山本だが、「英語はほとんど話せません(笑)」と打ち明ける。
「英語は全然続けてなくて、『RENT』を英語でやると決まってからまた勉強していますが、たくさん言葉を入れ込みすぎて逆に何も出てこなくなるという、イップスみたいになったこともあって」
気分転換に参考書を買いに書店を訪れた際に、妻・堀北真希さんからツッコまれたエピソードも教えてくれた。
「参考書のコーナーで、『これだと英語が多すぎて、もっと日本語の説明が必要だな』とか思いながらいろいろな参考書を見ていて、『これならわかるかも』と言ったら、奥さんが『耕史くん、これ数学の参考書だよ。
そこから、「英語を話せるようになることが目的ではなく、『RENT』をやることが目的なんだ」と意識を切り替えて英語と向き合うように。
「言いたいことをある程度言えるようになるぐらいにはなったので、勉強しておいてよかったですが、『RENT』をやるということにフォーカスを向けていかないといけないなと。そして、日本語のセリフもそうですが、普通にしゃべるのと舞台でしゃべるのは全然違うので、稽古をしながらうまく理想に近づけられたらいいなと思っています」
「作り手なのかわかりませんが…」新たな挑戦の可能性も
近年はコミカルな役も任されるなど役の幅が広がり、肉体美を披露する場面もたびたび話題に。制作陣も山本の起用をとても楽しんでいるように感じるが、山本自身も作品ごとに役作りを楽しんでいるという。
「自分に求められているものは何か、自分に与えられている役割は何かというのをすごく意識していて、その結果、楽しんでもらえていたらうれしいなと思いますね」
とはいえ、自分が納得できないことはしないという姿勢は昔から変わらないという。
「演じる役に対して疑問を感じるようなシーンなど、表現として違うのではないかなと思うことはやらないようにしています。生きている人物でいないといけないので、そうじゃなくなっているなと思った時には、意見を言うように。ただ、現場が止まるのは嫌なので、解決策も先に提案するようにしています」
俳優としてますます存在感を高めている中で迎える日米合作『RENT』。再び『RENT』の舞台に立つ意味も考えているという。
「1周した感じがしていて、この先どうしようかなという気持ちもあって、また『RENT』をやることでどういう風に自分のベクトルが向いていくのか、やってみないとわからないなと。今後、小さい劇場でやるのがいいのか、大きいところでグランドミュージカルをやるのがいいのか、あるいは自分で作るのか。
「違うもの」という新たな挑戦とは何なのか? 「作り手なのかわかりませんが、もう50歳近いので、やるなら早く動いていかないとなとは思っています」。2度目の『RENT』を完走した後、山本がどのような気持ちを抱き、その先どのような活動をしていくのか、気になるところだ。
■山本耕史
1976年10月31日生まれ、東京都出身。0歳から芸能活動を開始し、1987年に『レ・ミゼラブル』で本格的に活動を開始。ドラマ『ひとつ屋根の下』シリーズ(93、97)で注目を集める。2004年「第42回ギャラクシー奨励賞」、2005年「第29回エランドール賞」新人賞、2015年「第23回読売演劇大賞」優秀男優賞などを受賞。近年の主な出演作はドラマ『きのう何食べた?』シリーズ(19、20、23)、『鎌倉殿の13人』(22)、『ハヤブサ消防団』(23)、『不適切にもほどがある!』『花咲舞が黙ってない』(24)、映画『シン・ウルトラマン』(22)、映画『キングダム 運命の炎』(23)、『キングダム 大将軍の帰還』『もしも徳川家康が総理大臣になったら』(24)、舞台『浅草キッド』(23)など。Netflixシリーズドラマ「地面師たち」が配信中。
スタイリスト:笠井時夢 ヘアメイク:佐藤友勝