●元カンテレ重松圭一氏の映像制作集団「g」に所属
日本映画製作者連盟(映連)の公式Webサイトによれば、2023年の興行収入はコロナ禍からの巻き返しを見せ、発表を始めた2000年以降、19年・16年・17年・18年に次ぐ、歴代5位を記録した。構成比は邦画66.9%、洋画33.1%で、アニメ作品と実写作品の比率は実写47%、アニメ53%と実写が回復している。


一方で、経済産業省が19年6月に映画産業の実態・全体像を把握する目的で調査した「映画制作の未来のための検討会 報告書」によれば、日本の映画産業におけるビジネス環境の課題として「海外市場の開拓が不十分」とされている。

だが、『SHOGUN 将軍』(Disney+)のエミー賞史上最多18冠など、邦画にとって追い風となる現象も。はたして邦画は、過去の黒澤明時代のように海外を席巻できるようになれるのか。経済誌『Forbes』が選ぶ世界を変える30歳未満の日本人「Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2023」に選ばれた雨無麻友子プロデューサーに聞いた。

○本国内にとどまらない作品作りができる環境へ尽力

2020年にスタジオねこを設立し、このほど元カンテレプロデューサー・重松圭一氏が主宰する映像制作集団「g」に所属した雨無P。「Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2023」の受賞については、「世界のことを考えながら日本で映画作りをしようとしているのを評価していただいたのかもしれません」と受け止めている。

「今後は世界の映画祭であったり、テレビドラマも配信というプラットフォームの環境出現により、世界で日本の作品が見られる機会もすごく多くなっていて、かつ映画制作者自体も世界と行き来する機会が多くなると考えています。私自身、海外との合作をやっていきたいと思っておりますし、海外の映画祭にどんどん勉強に行こうと。日本と世界をつなげる架け橋に、また日本国内にとどまらない作品作りができる環境を整えているところです」(雨無P、以下同)

そんな雨無Pを「g」へと勧誘したのは、カンテレで草なぎ剛主演のドラマの『僕シリーズ』、バラエティ『SMAP×SMAP』などを担当してきた重松圭一氏。同氏は「今の日本はクリエイターの権利や立場などが十分に守られていない。私を含め、メディアが力があった時代にプロデュースをしていた人たちでクリエイターファーストにプロデュースができる人はほぼいないのではないか。いわゆる“プロデューサーでござい”と簡単に肩書きを飲み屋で言えてしまう方たちが多い中で、まっとうに表現者を守り、表現者たちを調整されている、クリエイトベースのプロデュースをなさっている雨無さんにお会いしてお声がけしました」と、オファーの背景を明かす。


ここで筆者の脳裏に浮かんだのはやはり、ドラマ『セクシー田中さん』の騒動だった。

若手がオリジナル作品に挑戦する機会が削がれている

ここ長らくテレビドラマでは漫画原作の作品が多い。これについて、雨無Pはこう分析する。

「若手クリエイターが“監督”としての経験を積む場が、深夜ドラマに限られることが多いんです。深夜ドラマは低予算であるため、リスクを抑えるために漫画原作を選ぶ傾向が強い。これにより、オリジナル作品ではなく原作物の制作が主流となっています。オリジナル作品を作りたい若手クリエイターも、経済的な事情や仕事の継続性を確保するために、安定した収入が得られる漫画原作の深夜ドラマを選択せざるを得ない。“原作ありき”の制作環境に押し込められ、オリジナル作品に挑戦する機会が削がれているわけです」

いわば制作現場の構造的問題だ。その状況を「一概に悪いとは言えませんが…」と雨無Pは続ける。

「私がオリジナル作品が多いのは、どうしても漫画原作者さんとのコミュニケーションが難しいからです。やはり漫画は作品が練られており、その素晴らしい原案を頂いて一緒に作品創りをさせていただくというのは、急にオリジナル脚本を作るより、それだけ素晴らしい作品になる。ですが、一度漫画というプラットフォームで出されているものを実写に適正化するのは難しい。私自身、原作者の方とどうコミュニケーションしていったらいいのだろうかというのは今も探っている状況です」

実際、実写化に成功した作品も多い。
だが、過去に向田邦子賞のオフィシャルライターをしていたことがあった筆者は、脚本家の人々が「オリジナルドラマが増えなければ若手が成長しづらい」という業界の悩みをつぶやいていたのを聞いたことがある。

雨無Pは「脚本家、監督でも巨匠の方々と違い、若手だと制作期間の短さがネックになり、長く練り込んで内容を作る時間にしっかり対価を払うには潤沢な資金が必要不可欠になります。そういったルートを私は作りたいですし、業界がこの状況を課題だと思うようになってもらいたい」と力を込める。
○製作委員会方式でもクリエイターに権利を

制作現場の構造的問題の背景には、「製作委員会方式」の課題も浮かぶ。この方式では、資金を提供する企業(出資者)が権利を多く保有し、実際に作品を制作するクリエイターや制作チームに十分な権利が渡らないのだ。多くの企業が出資する製作委員会形式では、意見が多様すぎてクリエイティブな決定が妥協や平均化されやすい。その結果、ストーリーや演出が弱体化し、魅力的な作品が生まれにくい。

また、資金配分に関しても委員会は作品の制作資金を出資するが、その資金の大部分が制作費以外(プロモーション費用や管理費など)に割かれることが多い。制作現場には十分な資金が行き渡らない状況が続いている。

制作費がなければ、そもそも作品は作れない。この解決案として、「g」の重松氏は「例えば、権利の100%でなく、80%を委員会側に。残り20%の権利をクリエイターにという形にしていく」という案を出す。
現状では出資者が権利を保持しているため、海外市場での展開や共同制作がスムーズに進まない。海外配給やプロモーションの戦略が不明瞭なまま進められ、チャンスを逃しているケースが多いのではないか、という考えからだ。

海外視野のプロデューサーが少なすぎる

海外市場開拓が遅れている要因について、雨無Pは「海外とコネクションを持ち、映画祭の企画マーケットへの参加、海外PRをつけることを考えるプロデューサーが日本には少なすぎる」とも分析する。

どういう映画祭を周り、どんな企画マーケットで、どんな形で、海外で興行をするか。海外の助成金を使う、海外のスタッフを呼ぶ、資金を海外から引っ張る、配給する劇場を増やす――そうした思考の出発点を持つ人が少ない。その背景には、これまではドメスティックな力、日本市場だけで良しとしていた業界にも問題がある。重松氏はそこに課題を抱き、ドメスティックな考えに陥っていない雨無Pに目をつけた経緯もある。

フジテレビ編成時代に月9ブームを起こし、「国際ドラマフェスティバル in TOKYO」の実行委員長も務めた重村一氏は、14年前の第19回JAMCOオンライン国際シンポジウムで、日本のドラマの海外進出が進んでいない問題の本質を「欧米をはじめとして放送局と制作プロダクションは分離されているケースが主流の放送制作体制にあって、日本は50数年の歴史で、テレビ局が制作と放送を一元化して行う体制が維持されてきた。(中略)もし、制作プロダクションが著作権や番組販売に関する権利を自分の意に沿う形で所有していれば、海外への番組販売や、海外との共同制作などは、現状以上に促進されていたのかもしれない」と語っていた。

これについて「g」の重松氏は「一元化しているのに、実際の制作は制作会社が行っているのが問題」と現状を付け加え、「なのに権利はテレビ局が保持している。ゆえに制作した人に権利が渡らず、それを持って海外進出できなかった。重村さんの言葉の裏にはそういったニュアンスがあるのではないかと思います」と推察した。

『SHOGUN 将軍』の成功は「第一歩に」


こうした多くの課題が潜む中、『SHOGUN 将軍』の成功も受け、雨無Pは「日本の独自性を生かした作品作りは今後の海外マーケットへ向けての第一歩になりそうです。
そもそも日本は職人気質で練り込んで作るのが得意。そうした歴史的な性質や建造物をロケーションで生かしたり、そうした文化や風景を生かす。時代劇もそうですが『ブレードランナー』的な取り扱い方(※)もあるはず。グローバルな配信プラットフォームの拡大により、世界に見られることが作品の幅も広げるのでは」と語る。

(※)…『ブレードランナー』の劇中には、日本語の看板・広告が多数登場する

過去にドメスティックに成功したがゆえにさまざまな課題を抱えてしまった日本の実写映像業界。そのメソッドに触れてこなかった雨無Pのような若手が、今の状況をどう生かしていくか。邦画、テレビドラマの今後の世界展開に期待したい。

●雨無麻友子1994年東京都生まれ。青山学院大学在学中に映画祭を主宰し、17年にLDSへ入社、映像事業部でドラマ・映画のプロデュースに携わる。退社後、スタジオねこを立ち上げ、20年11月にプロデュース作品・本広克行監督映画『ビューティフルドリーマー』が公開。その後も多くの映画・ドラマ作品を手がける。近年の作品としては、『トークサバイバー!』(Netflix)、『量産型リコ』(テレビ東京)、『旅するサンドイッチ』(同)、映画『ジャパニーズスタイル』、『生きててごめんなさい』など。
12月29日には中京テレビのオリジナルドラマ『迷子のわたしは、諦めることもうまくいかない』が放送される。

衣輪晋一 きぬわ しんいち メディア研究家。インドネシアでボランティア後に帰国。雑誌「TVガイド」「メンズナックル」など、「マイナビニュース」「ORICON NEWS」「週刊女性PRIME」など、カンテレ公式HP、メルマガ「JEN」、書籍「見てしまった人の怖い話」「さすがといわせる東京選抜グルメ2014」「アジアのいかしたTシャツ」(ネタ提供)、制作会社でのドラマ企画アドバイザーなど幅広く活動中。 この著者の記事一覧はこちら
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