今まで積み上げてきた“自分の財産”をみんなに伝えたい
『ポケットモンスター』のサトシ役をはじめ、数々のキャラクターを演じてきた松本梨香。声優だけでなく、女優や歌手としても活動し、近年では演出も手掛けるなど、その活躍は多岐にわたる。本日10日から音声ARアプリ「SARF」で配信開始された観光RPG(ロールプレイングゲーム)型コンテンツ「音解きトリップ:江の島編 ー 声響く島、龍の秘宝 ー」では、参加者を声で導くナビゲーターを務めた。今年デビュー40周年を迎える松本にインタビューし、現在の思いやこれまでの転機、そして今後の展望を聞いた。
松本は、自身の現在地について「恩返しの域に入っている」と表現する。
「長くやってきたからこそ、自分自身も感動するような景色が見られるようになってきていて、より一層みんなに笑顔になってもらいたいという気持ちで、ジャンル問わず、いろんなことに挑戦させてもらっています。そして、自分が今まで積み上げてきたものを後輩たちに伝えていくことで、喜んでくれる人たちがいるということをひしひしと感じているので、そういう活動もしていけたらという思いです」
近年は、舞台の演出や映画の音響監督など、制作側の仕事にも積極的に取り組んでいる。
「自分の持っているものや自分の表現を伝えていかなきゃという思いで音響監督もやっていて、新人の声優さんとかに『ここはこういう表現にするといいよ』と現場で教えています。同じ役者という立場のときに私が勝手に『こうしたほうがいいよ』と伝えるよりも、音響監督の立場なら『こんな風にやってみてください』とリクエストしながら教えられる。立場が変わると違う形で伝えることができて、良いなと思っています」
そもそも松本がエンターテインメントの世界に入ったのは、舞台俳優として活動していた父親の影響で、「父から教えてもらったスキル、自分の財産をみんなに伝えたい」との思いがある。
「それをアニメの世界や、日本語吹き替えの世界、ステージでもエンタメの世界で活用してもらえればいいなと。私は子供がいないので、自分の表現や“梨香リズム”みたいなものを伝えることが大事なのではないかと思って活動しています」
後輩たちに伝えていきたい“梨香イズム”を尋ねると、「情熱」と「思いやり」を挙げた。
「どの現場においても、命の炎をいっぱい燃やしてほしい。失敗することがあっても、情熱があれば頑張れると思うので。あと、思いやりを持ってやってもらいたいという想いがあります。
以前私は勢いだけでがむしゃらにやっていましたが、周りのことも考えられるようになり、50代になってよりそういう風に感じています」
『ポケモン』サトシ役「ゲットだぜ!」は神様からのギフト
舞台役者としてキャリアをスタートさせた松本だが、活動初期の頃に結核を患い、医師から「このまま舞台をやったら死にます」と宣告され、一度は断念。そんな松本に声優の道を勧めたのが俳優の名古屋章さんだった。「表現やお芝居を私から取ったら何もなくなってしまうと思っていたときに、ラジオドラマなどもやられていた名古屋章さんから『声の表現をやってみたらどうだ。マイクの前でもお芝居はできるよ』と言われて、『やってみようかな』と」
オーディションを受けて『おそ松くん』のチョロ松役をつかみ、1988年に声優デビュー。1991年に『絶対無敵ライジンオー』で初めて主役を務め、1997年には『ポケットモンスター』の主人公・サトシ役と出会い、2023年まで26年にわたって命を吹き込んだ。
「サトシは私の一部。長く演じていると、脚本にも私らしさが反映されるようになり、そういう意味でもオリジナルキャラクターのサトシは分身のような存在です。みんなに愛されているキャラクターなので、これからも大切にしていきたい」
さらに、「ゲットだぜ!」という決めセリフについて「神様からのギフトだと思っています」としみじみと語る。
「これを言うとみんなすごく喜んでくれるんです。そんなものは普通、持たせてもらえない。長くやってきたおかげですし、これからも大切にしていけたら。みんなが笑顔になってくれる限り言い続けていくつもりです」
また、「音解きトリップ~江の島編~ 声響く島、龍の秘宝」のナビゲーターを務める松本の声を聞いて、サトシを思い浮かべる人もいるのではないかと予想する。
「サトシは自分そのまま。
松本梨香=サトシ。今回は龍の役ですが、サトシを身近に思ってくれている人が私の声を聞いたら、サトシを思い浮かべると思うんです。『こんなところにサトシがいた!』という感じで、サトシと旅している気持ちになって楽しんでもらえてもうれしいです」
ブロードウェイでの朗読劇に意欲「絶対に実現したい」
声優の活動を始めて2~3年で結核も完治し、その後、舞台に復帰した松本。目標として「主役をやるまでは声優業を極める!」と決めていたが、『絶対無敵ライジンオー』で早くも主役に抜てきされ、同作で声優は引退しようと考えていたという。そのため、『伝説の勇者ダ・ガーン』(1992~1993)の主役のオファーも当初は断るつもりだったが、父親に話したら「主役1回やっただけで何もわかっていない。この業界に救ってもらったんだったら、もっと頑張らないといけないんじゃないか。ありがたくお受けして、しっかりやりなさい」と一喝。
「確かにそうだなと。そして、『ダ・ガーン』で声優という仕事はめちゃめちゃ奥が深いと気づき、そこからもっと頑張って極めようと思ったんです。続けてきて本当によかったです」と語る。
現在56歳。「恩返しの域に入ってきた」と話していたが、「やりたいことがありすぎて時間が足りない!」とパワーに満ちあふれている。
今後、実現したいことを尋ねると、「ブロードウェイでの朗読劇」を挙げた。
「日本の演技はもっと世界に認められていいと思っています。今、日本の声優が海外でトークショーをやったりしていますが、トークショーだけだと自分たちの技を見せられない。生で見てもらって『すごい!』と度肝を抜かせたいので、ブロードウェイで朗読劇をやりたいなと。私はその演出がやりたいと思っていて、絶対に実現したいです」
そして、エンタメは世界平和にもつながると考えている。
「ライブで27カ国を回って感じたのは、やっぱり地球は一つなんだなと。言葉や文化は違っても思いは通じるということをすごく感じています。私がアニメーションに携わるようになってから、こんなにも意思の疎通ができるコンテンツはないなと思っていて、日本語で歌を歌っても大合唱になるし、世界平和につながるなと。エンタメを通じて世界中がつながって、みんなが笑顔になったらいいなと願っています」
5月25日には地元である横浜市南公会堂にてデビュー40周年記念ライブを開催予定。9月11日~14日には神奈川芸術劇場・大スタジオにて主演と演出を務める舞台『ナビゲーション』も控えている。
「今年は40周年なのでみんなに喜んでもらえるものをいろいろやります! ライブも舞台も面白いので、ぜひ皆さん見に来てください!」
年齢とキャリアを重ね、ますますパワフルさが増している松本。“恩返し”の思いを込めた挑戦から目が離せない。
■松本梨香
横浜市出身。幼少期からミュージカルや2.5次元舞台に立つ。名作アニメや海外映画に声優として多数出演。アニメ『ポケットモンスター』サトシ役が有名で、自身が歌う主題歌はダブルミリオンを記録、その歌声は世代を超えて海外のファンをも魅了し続けている。女性として初めて仮面ライダーシリーズやスーパー戦隊、ウルトラマンのオープニングやエンディングを歌う。日本政府よりクールジャパン広報大使に任命される。近年は音響監督や舞台演出も務めるなどマルチな才能を発揮。昨年はエッセイ「ラフ&ピース」を出版。5月25日には横浜市南公会堂にてデビュー40周年記念ライブを開催予定。9月11日~14日には神奈川芸術劇場・大スタジオにて主演と演出を務める舞台『ナビゲーション』が控えている。
編集部おすすめ