起業を夢見ながらもためらってしまう最大の理由は、「失敗に対する恐怖」ではないだろうか。しかし、土木作業員を経て株式会社BUDDICAを創業し、四国地方における中古車販売や日本最大の業販サイトで圧倒的な実績を築いて中古車販売業界の風雲児となった中野優作氏は、「死ぬわけではない」という覚悟でその恐怖を乗り越えたと語る。
株式会社圓窓の代表取締役を務める澤円氏とともに、起業におけるリスクへの向き合い方、「複業」からはじめる第一歩、そして「仲間」の存在の重要性などについて深掘りしていく。
○起業のリスクとは、「掛け金」のようなもの
【澤円】
起業したいと思っても、なかなか一歩を踏み出せない人はたくさんいます。失うもののリスクを考えて、足が止まってしまうのかもしれません。どうすればリスクを恐れず、新しい行動へと踏み出していけるのでしょうか。
【中野優作】
リスクについては、「掛け金」のようなものだと考えています。要するに、カジノのチップのようなものですね。僕が起業したのは35歳のときでしたが、そのときの僕の掛け金は、会社員時代につくった貯金の2,000万円でした。それがゼロになるまではチャレンジを続けられるゲームのようなものだと考えたわけです。
そこをしっかり見ないまま、ただなんとなく「リスクが怖い」と思っている人が多いように感じています。起業することで失う可能性があるものはなんでしょうか? 金銭的リスクのほかは、人によっては現在の安定した生活といったものも含まれるかもしれません。それらをいったんリストアップするのです。
そのうえで、起業することで得られるリターンも考えてみましょう。
もし掛け金に対してリターンが見合わないと感じるなら、それは事業の魅力が足りないということを意味します。その場合、事業の魅力とリターンを高めていくことを考えなければなりません。
【澤円】
そうしたうえで起業をしても、もちろん掛け金がゼロになってしまう可能性もあります。その点については、どのようにお考えですか?
【中野優作】
僕の場合は、「またゼロから稼げばいい」というだけでしたね。起業した当時、最悪のシナリオはなにかと考えました。すると、「自己破産」ではないかという答えに行き着いたのです。もちろんそうならないように努力するし、簡単に決断はしませんが、債務の支払いができなくなったら借金の返済を免除してもらえるって、考えてみると本当にありがたい制度ではありませんか? 起業して失敗しても、それこそ死ぬわけではないのです。いくらでもやり直しは利く。そう考えるだけで、必要以上に起業を恐れることはなくなるはずです
○「複業」としてはじめ、小さな「成功体験」を積み重ねる
【澤円】
僕は以前から、会社員など組織に属する人に「複業」を強くすすめています。どんな仕事であっても行動することではじめての経験を得られますし、いまの時代は複業をやりやすい環境も整っています。中野さんは、複業についてどのようにお考えですか?
【中野優作】
澤さんがおっしゃっているのは、単なる小遣い稼ぎのための「副業」ではなく、複数の本業を持つということですよね。その考え方 については僕も大賛成です。
起業するとよくわかるのですが、会社を経営するには様々な能力が求められます。小さなところでいうと、僕が苦手だった Excelを使えるようになったのも、起業後のことでした……(苦笑)。そういった多様な経験やスキルは、いくらあっても無駄になるものではありません。
また、複業については、「自分の市場価値がわかる」というのも大きなメリットだと思います。その事業内容がなんであれ、会社員として会社の看板で仕事をするわけではなくなります。すると、個人としての自分の市場価値を明確に突きつけられますよね。
もしそこで評価されずにあまり仕事を得られないのなら、自分の市場価値を高めようと努力することにもつながるでしょう。最終的に、新たにはじめた仕事を本業にして起業するかどうかはともかく、ビジネスパーソンとして成長できることは間違いありません。そういう意味でも、起業を躊躇している人には、まず複業からはじめることをおすすめします。
【澤円】
複業をすることで「成功体験」を得られることも、起業においては大事なことかもしれません。会社の看板の力ではなく、「自らの力で誰かに感謝された」「報酬を得られた」という体験は、何事にも代えられないものですよね。
【中野優作】
僕もそう考えます。
多くの人が起業を夢見ながらも二の足を踏んでしまうことの要因として、むやみにリスクを怖がり過ぎていることのほか、成功体験がないこともあると見ています。
そもそも、起業というものに対して、綺麗で大きなオフィスをドーンと構えてはじめるような、キラキラしたものといったイメージを持っている人が多いのではないでしょうか。でも、そのように起業する人なんてほとんどいません。もっとずっと小さな規模ではじめて、その小さな小さな種を懸命に泥臭く育てていく。それが、起業というものです。
だからこそ、まずは複業ではじめ、小さな成功体験を積み重ねていくのです。そうして徐々に事業を大きくしていくなかで、ようやく大きなチャレンジもできるようになるのだと思います。
○仲間たちが背中合わせになり、互いを守っている感覚
【澤円】
中野さんは、起業にあたって「支え合える仲間を見つける」ことも提案されていますよね。確かに、なにもかもをひとりで考えて行動するのはなかなか大変です。
【中野優作】
ビジネスにおける課題が複雑化しているといわれる時代ですから、ひとりでなんでもできる完全無欠の人はほとんどいません。誰もが、得意なこともあれば苦手なこともある、いわばパラメーターに偏りがあるのです。そう考えると、それぞれが足りない部分をカバーし合うことができる仲間の存在の重要性というものも、かつて以上に高まっているのではないでしょうか。
【澤円】
起業に限った話ではありませんが、ときには「頼る」ということも大事ですよね。そうするためには、自分になにができないのかということもきちんと認識しておく必要があります。
【中野優作】
僕自身のことでいうと、ゼロイチではじめて売上をつくるということには長けていると思っています。でも、そうしてできた事業をうまく仕組み化することはそれほど得意ではありません。そして、そのことをまわりにも正直にいうようにしています。すると、僕が苦手なことを逆に得意な人間がどんどん集まってくれるのです。仲間たちが背中合わせになり、互いを守っているような感覚ですね。
【澤円】
いわゆる「自己開示」というものですね。日本では、「苦手なことは克服しなくてはいけない」といった教育が長く続いてきましたから、苦手なことを口にすることがはばかられるような風潮もありますが、そうしていては自分が損するだけかもしれません。
【中野優作】
起業家として強くあろうとして弱みを見せなかった結果、「経営者は孤独だ」「さみしい」といったことをいう人もたくさんいます。でも、僕は孤独でもないしちっともさみしくありません。それも、自己開示をしているからなのだと思います。
仲間の大切さについて加えていうと、モチベーションにつながるということも挙げられます。事業がうまくいかないとき、ひとりだったらあきらめてしまうかもしれません。でも、どれほど苦しいときであっても、「仲間も、その家族も食わせなければならない」という現実は、とんでもなく強いモチベーションを生んでくれるのです。もし起業にあたってそんな仲間が集まらないというなら、それもまた事業の魅力が足りないからだと捉える必要があるでしょう。
○つねに課題意識と経営者目線を持ってチャンスを摑む
【澤円】
そのことに関連しますが、事業のアイデアはどのように考えていけばいいでしょうか。
【中野優作】
僕が大きな影響を受けたのは、『エッセンシャル思考』(かんき出版)というビジネス書です。そのなかに、「できること」「やりたいこと」「求められていること」という3つの円によるベン図で考えると、それら3つが重なる部分に目指すべき目標が見つかるといったことが書かれていました。
できることとなると、僕にとっては圧倒的に車に関する仕事です。起業する前は大手中古車販売会社のトップセールスパーソンでしたから、求められていることは車のセールスだろうと判断できます。一方、やりたいことはコンサルサービスでした。そうして、お客様に対して多くの情報が隠されて不適切な販売行為が横行していた中古車業界に風穴を開け、お客様に寄り添ったかたちで提案を行うという事業につながったという流れです。このフレームワークは、起業を志す人だけでなく、企業人として今後のキャリアを考えたい人にも有用なのではないでしょうか。
【澤円】
中野さんは、YouTubeチャンネルで「チャンスは目の前をビュンビュン通っている」と話されていますね。ただ、多くの人はそれでもチャンスを逃しがちです。チャンスを摑むには、どのような姿勢が必要なのでしょうか。
【中野優作】
つねに課題意識と経営者目線を持っておくということですね。業界を問わずどんどん新たなビジネスが生まれ続けているということは、それだけ多くの課題が存在してきたということを意味します。でも、課題意識と経営者目線が欠けていると、その課題に気づくことも、ましてビジネスチャンスだと捉えることもできません。
僕自身の例でいうと、大型カー用品店に行って、洗車用品を中心に3万円分のカー用品を買うという企画をYouTubeチャンネルでやりました。すると、商品点数が多過ぎるために商品を選びにくいとか、そのなかでも欲しいものが見つからないということを強く感じたのです。おそらく、一般の消費者のなかにも僕と同じように感じている人も少なくないはずです。でも、そこに経営者目線がなければただ「選びにくいな」と思うだけで、「つけ入る隙がある」「ビジネスになる」とまでは思いません。そうした意識や目線が、新たなビジネスの種を生むのではないでしょうか。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 文/清家茂樹 写真/石塚雅人
(プロフィール)
中野優作(なかの・ゆうさく)
1982年3月11日生まれ、香川県出身。株式会社BUDDICA、BUDDICA・DIRECT株式会社、株式会社クラクション、計3社の代表取締役社長。高校を2カ月で中退し、土木作業員に。2008年10月、株式会社ビッグモーター(現・株式会社WECARS)に入社。店舗トップの売上を記録し、営業未経験からわずか1年半の28歳で四国香川坂出店の店長に抜擢される。本部の幹部に昇進したのち、子会社・株式会社ハナテンの社長に就任。2017年5月に退社し、翌6月、中古車のBtoB販売をメイン事業とした株式会社BUDDICAを創業、代表取締役社長(CEO)に就任する。四国地方における中古車販売や日本最大の業販サイトで圧倒的な実績を築き、2024年2月には、中古車をインターネット販売するBUDDICA・DIRECT株式会社を創業。現在は、チャンネル登録者数38.5万人(2024年12月現在)を誇るYouTubeチャンネル「中野優作/人生に愛車を。」でユーチューバーとしても活躍中。
澤円(さわ・まどか)
1969年生まれ、千葉県出身。株式会社圓窓代表取締役。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て、1997年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に入社。情報コンサルタント、プリセールスSE、競合対策専門営業チームマネージャー、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任し、2011年にマイクロソフトテクノロジーセンターセンター長に就任。業務執行役員を経て、2020年に退社。2006年には、世界中のマイクロソフト社員のなかで卓越した社員にのみビル・ゲイツ氏が授与する「Chairman's Award」を受賞した。現在は、自身の法人の代表を務めながら、琉球大学客員教授、武蔵野大学専任教員の他にも、スタートアップ企業の顧問やNPOのメンター、またはセミナー・講演活動を行うなど幅広く活躍中。2020年3月より、日立製作所の「Lumada Innovation Evangelist」としての活動も開始。主な著書に『メタ思考』(大和書房)、『「やめる」という選択』(日経BP)、『「疑う」からはじめる。』(アスコム)、『個人力』(プレジデント社)、『メタ思考 「頭のいい人」の思考法を身につける』(大和書房)などがある。
※この記事はマイナビ健康経営が制作するYouTube番組「Bring.」で配信された動画の内容を抜粋し、再編集したものです。
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