藤井聡太名人に永瀬拓矢九段が挑戦する第83期名人戦七番勝負(主催:毎日新聞社・朝日新聞社)は第5局が5月29日(木)・30日(金)に茨城県古河市の「ホテル山水」で行われました。千日手となった本局は、指し直し局を藤井名人が171手で勝利。
圧巻の中盤力を発揮して4勝1敗で防衛に成功しています。
○仕掛けをめぐる攻防

藤井名人の3連勝からカド番の永瀬九段が1勝を返して迎えた本局は、第4局に続き中盤での千日手となります。先手の永瀬九段が角換わり腰掛け銀の陣を敷いたとき、右玉に構えたのが藤井名人の用意。金銀を自陣全体に配置するおおらかな駒組みがものを言って、先手からはなかなか仕掛けが得られません。2日目10時59分、最終的に永瀬九段が妥協する形で千日手が成立しました。

先後を入れ替えて始まった指し直し局は藤井名人が勝った第2局と同様の進行に。工夫を見せたのは後手の永瀬九段で、△3三金型角換わりから5筋に銀を繰り替えたのが第2局からの改善策でした。呼応するように先手から放たれた自陣角は局面打開を目指す藤井名人の序盤の勝負手ですが、やや無理の感は否めず、まずは永瀬九段に不満の無い展開となりました。

○耐えてつかんだ逆転

後手ペースのまま進むかと思われた中盤戦から藤井名人が力を発揮し始めます。追われた飛車を6筋に回って敵玉に狙いをつけたのがおぼろげに描いた逆転のシナリオ。ともに一分将棋が近づくころ、藤井名人がなんとか急所にと金を作って指しやすさを手にしました。永瀬九段としては難解な押し引きの中で、堂々と受け切りを主張するよりなかったのが不運でした。


一時は「相当に厳しい情勢」(局後の感想)という劣勢を強いられた藤井名人ですが、逆転に成功してからは指し手に勢いが出始めます。角取りを手抜いて切り返した馬取りが決め手で、金銀4枚+馬の堅さを誇っていた後手の空中要塞があっという間に崩壊に追い込まれました。終局時刻は23時16分、最後は自玉の詰みを認めた永瀬九段の投了で七番勝負が閉幕。

この日は得意の藤井曲線とはならずも名人3連覇に成功、タイトル獲得も29期に伸ばした藤井名人は「終盤まで苦しい局面も多く、大変なシリーズだった」と振り返り、あわせて「現代の相居飛車の後手番は千日手を視野に作戦を立てることも多い」と第4局・第5局で出現したほか第2局・第3局でも水面下に現れた千日手の筋に言及しつつ、シリーズを総括しました。

水留啓(将棋情報局)
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