北海道大学工学部は、北海道新聞社、電通北海道の協力のもと、道内外のパートナー企業9社とともに、工学分野を志す女性を増やすプロジェクト「We are Engine.」を発足した。企業で活躍中の女性エンジニアをロールモデルにPRすることで、女性の工学分野への進出を後押ししていく考えだ。
6月13日、北海道大学ではメディア発表会が開催された。

○■プロジェクトの目的は?

その冒頭、実行委員会を務める北海道大学の林重成氏がプロジェクト発足の経緯を説明した。まず林氏が指摘したのは、国内における理系および工学系の女性比率の低さ。「内閣府が公開した資料によれば、日本は(2021年の時点で)高等教育期間の入学者に占める女性の割合がOECD加盟国中で最低水準です」とする。

また内閣府の男女共同参画白書(令和6年度版)によれば、国内の大学における工学部の女性比率は約16%で、人文科学(同64.3%)、教育(同59.2%)、薬学・看護学等(同70.0%)とは比較するまでもなく、同じ理系分野である理学(同27.9%)、農学(同46.1%)と比べても女性比率が低い。

では工学系における女性の割合が低いと、何が問題になるのだろうか? 林氏は「女性工学人材の不足は、産業・企業にとって大きなリスクとなり得ます。たとえば、工業製品のデザインに女性の視点・考え方が欠けることで、使いやすさ、快適さ、安心・安全が損なわれてしまう懸念があります。企業が男性主体になれば発想にも多様性が乏しくなり、イノベーションの発展も阻害されてしまう。もしそんな世の中になれば、工学分野を志す女性はどんどん海外に流出するでしょう」と警鐘を鳴らす。

女性の工学人材が不足している理由については、工学分野=男社会というイメージが定着していることなどを挙げつつも「私たちは、工学女性のロールモデルが不足している、という点にも着目しました」と林氏。「病院に行けば看護師さんがおり、薬局に行けば薬剤師さんがいます。日常生活に身近なところで女性が活躍しているので、『社会に役立つ仕事がしたい』と思ったときに、すぐ『私も看護師さんになりたい』という発想につながる。
でも工学分野には、女性のロールモデルが不足しています。そこでWe are Engine.プロジェクトでは、企業で活躍している女性エンジニアの方たちにロールモデルとなってもらいます。若い人たちに、進路選択の段階で『私も工学の世界に飛び込みたい』と思ってもらえるような広報を展開していきます」と説明する。

ここで2025年の取り組みを紹介した。直近では6月23日の「国際女性エンジニアの日」に北海道新聞に30段の広告を出す。内容としては、女性ロールモデルが出演するビジュアル、工学分野に女性が増えるヒントなどを予定している。また同様の趣旨のポスターを制作して、北海道内の中学校・高校に配布する。電通北海道が運営するnote「北海道キカクラブ」には、女性ロールモデルと北海道大学 女性教員との対談を全6回にわたって掲載。このほかプロジェクトの実行委員会とパートナー企業で「We are Engine.会議」をつくり、今後の施策を議論していく。

「工学分野を志す女性を増やすことは容易なことではなく、また北海道の中だけで完結する話ではありません。そもそも北海道は、ジェンダー・ギャップ指数で最下位とされています。そんな北海道から、全国に向けてメッセージを発信します。
もちろん1年や2年で結果が出るとは思っていません。長い時間をかけて取り組んで『日本もだいぶ変わったよね』と思ってもらえるところまで展開できれば、と考えています。このプロジェクトに参画してもらえる企業の皆さまも、引き続き募集します」(林氏)

○■工学部の魅力を伝えていきたい

協賛企業として、ゴールドパートナーには五洋建設、DMG MORI Digital、戸田建設、東日本高速道路、北海道電力が、レギュラーパートナーには出光興産、AIRDO、HBAが名を連ねる。メディア発表会では、各企業で活躍する女性エンジニアが挨拶した。

五洋建設の谷上可野さんは「大学時代、工学部では土木工学、国土政策の計画などを学びました。現在は会社の土木設計部に所属しており、港湾構造物(港や海底トンネルなど)の設計・検討を行っています。インフラ整備を通じて社会に貢献する、そんな技術者を目指して日々勉強中です」と話す。五洋建設の職場については「女性が働きやすい環境が整っているのを感じます。建設現場でも、清潔で使いやすい更衣室やトイレなどが整備されていますし、女性社員研修なども行っています」とした。

DMG MORI DIGITALの菊池沙知さんは「大学では工学部(情報工学)に入り、プログラミング、ネットワーク通信の仕組みなどを学びました。会社に入社して13年目、現在は子どもを3人育てながら時短勤務をしています。結婚して出産したあとも長く働くことのできる業界です」。
学生時代は同じクラスに女性が2名しかいなかったが、会社に入社してみると女性社員の数が多くて驚いた、としたうえで「女性が設計し、ソフトウェアの仕様を決め、プログラムを書いて検証しています。やりがいのある仕事を任せてもらえる会社です」とアピールした。

戸田建設の荒川璃音さんは「大学では建築の材料(コンクリートなど)を学びました。現在は建設現場の管理をしています。今回のプロジェクトを通じて、多くの方に工学分野に興味を持ってもらえたら嬉しいです」と話す。ちなみに大学時代は、建設現場は「きつい」「危険」などのイメージがあったとしつつ「入社してみると、全くそんなことはありませんでした。とても良い環境で仕事ができています」と笑顔を見せた。

東日本高速道路の稲村有紗さんは「大学では工学部で環境工学について学びました。現在は入社4年目で、北海道内の高速道路の維持管理を担当しています。ひとくちに工学分野といっても様々なジャンルがあり、それぞれに魅力があります。そのあたりを伝えていければと思います」、また北海道電力の村雲由梨さんは「水力発電所の電気設備の総括的な部署にいます。大学では工学部で化学を専攻していました。
社会に役立つ技術を幅広く学べるのが工学部です。若い人たちに、ちょっとでも興味を持ってもらえるような伝え方をしていければと思っています」とした。

最後に、北海道大学 大学院工学研究院の松浦妙子教授が挨拶。理学部の物理学科を卒業したあと、医学部に5年ほど在籍し、現在は工学部で教員を務めている同氏とあり「工学部は幅広い分野をカバーしている学部です。その人の興味、個性に合わせた研究が行えます。若い人材が増えてくれることを期待しています」と話した。

近藤謙太郎 こんどうけんたろう 1977年生まれ、早稲田大学卒業。出版社勤務を経て、フリーランスとして独立。通信業界やデジタル業界を中心に活動しており、最近はスポーツ分野やヘルスケア分野にも出没するように。日本各地、遠方の取材も大好き。趣味はカメラ、旅行、楽器の演奏など。動画の撮影と編集も楽しくなってきた。
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