2025年7月3日に発売された『将棋世界2025年8月号』(発行=日本将棋連盟、販売=マイナビ出版)では、山川泰熙四段と第83期名人戦七番勝負第4、5局を振り返る「自ら崩れない粘り強さ」を掲載しています。
永瀬九段と交流が深く、最新定跡にも明るい山川四段が語る、対局者との関係性や両者が用いた作戦に対する見解、7月から始まる王位戦七番勝負の見どころなど、読みどころ満載の内容となっています。
本稿では、この記事より、一部を抜粋して、お送りいたします。
○山川四段から見た2人
(以下抜粋)
──角換わりなどの最新定跡に通暁しており、永瀬九段と研究会を多くしている山川四段に名人戦第4、5局の解説をしていただきます。まずは第3局までを振り返ってどういう感想をお持ちですか?
「お互いに得意戦法の角換わり腰掛け銀をどう受けて立つのか、そもそも受けないのかがテーマだったと思います。ただノーマルの角換わり腰掛け銀は第1局だけで、永瀬九段が後手で3三金型の角換わりに光明を見いだしたり、藤井名人が雁木模様にしたりと工夫されていました。おそらく2人の間では角換わり腰掛け銀の研究が相当に進んでいて、従来の基本形が後手苦しいという共通認識があるのではないかという印象です」
──山川四段は永瀬九段とはいつ頃から交流を持つようになったのですか?
「おととしです。元旦に研究会の代打で呼んでいただいて、そこから少しずつ研究会で教えていただくようになって交流が広がりました。最近は永瀬九段が過密スケジュールということもあって、月1、2回のペースになっていますが、通常時は月4、5回ぐらい呼んでいただいてお世話になってます」
──永瀬九段から受けた影響とは?
「将棋に対する向き合い方はもちろんですが、内容も序盤をより重視するようになりました。読みについても、以前よりもいろんな手を探すようになりました」
──「永瀬研」ではお昼に食事をされると思いますが、どういう話をされますか?
「その時期の将棋界で話題性がある話です。あと永瀬九段は斎藤明日斗六段のことを非常に気に入ってらっしゃるみたいで、彼の面白話は楽しそうにしゃべっていらっしゃいます(笑)」
──いい感じで斎藤六段をイジるのを私も聞いたことあります(笑)。一方で藤井名人との関わりはありますか?
「棋士になってお仕事でご一緒させていただくことは何度かありましたが、お話ししたことはありません。ただ観察していると、すごく頭の回転が速くて、いろいろな物事に明るい方だと思いました」
○印象深い先手の玉移動
──第4局は初日の夕方に千日手になり、封じ手なしで2日目の朝から指し直し局を行うことになりました。持ち時間は藤井名人が3時間44分、永瀬九段が6時間26分。
3時間ほど多く、さらに先手番になった永瀬九段にとっては理想の展開でしょうか。永瀬九段が先手で角換わりを採用して早繰り銀に進めました。いまプロ間で早繰り銀はどういう情勢ですか?
「永瀬九段は腰掛け銀が主戦場なので意外な選択でした。早繰り銀は『やられたら嫌だ』という声をよく聞きます。後手は本局のように相早繰り銀か、あるいは腰掛け銀で対抗するかに分かれます。ただ相早繰り銀は性質上、独特の感覚が必要になるので気軽に指せません。難しすぎて自分も毛嫌いしています(笑)。急所や最善が見えづらいのですが、有力な作戦ではあると思います」
(中略)
──ー局を通じての感想は?
「序盤は永瀬九段が工夫の▲6九玉を指されたのが印象深い。難しい展開でしたが、中盤のやりとりで少しずつ藤井名人がポイントを挙げて、一時ははっきり後手よしでした。ただ永瀬九段も崩れない指し回しで耐えて、▲3二歩からの猛追で逆転に成功しました」
○再度の3三金型角換わり
──第4局に続いて第5局も千日手になりました。永瀬九段の研究会では、千日手は結構現れるものですか?
「千日手と持将棋が現れる確率は他の研究会よりは高いのかもしれません。ただ現代将棋は先手が正しく指せないと千日手になりやすい。
特に角換わりの先手はシビアで、正しく指せたらプラス200点ぐらいは担保されるけど、1回でも緩い手を指してしまうと、イーブンかそれ以下になってしまうことが多い。先手番といっても油断ならないんです」
(中略)
──山川四段は(指し直し局で永瀬九段が用いた)3三金型を指したことはありますか?
「まだありません。私はまだ先手角換わりに対して、通常型で何とか抗えないものかなと思っているので。でもいずれ苦しくなったら、こういう形も模索すると思います。この指し方はどうやら明日斗流らしいんですよね」
──第5局の副立会人を務めた斎藤明日斗六段ですか。
「はい。この形は元祖の明日斗さんが詳しいと思います(笑)。明日斗さんも永瀬さんとは研究会をやっているので、影響を受けた可能性もある気がします」
○二人の戦いは続く
──一局全体を通しての感想は?
「永瀬九段が第2局と同じ形を採用されましたけど、またしてもうまくいっていたのかなと。中盤もはっきり永瀬九段ペースの進行でしたが、藤井名人は自分から崩れないように粘り強く指していました。永瀬九段に大きな悪手はなかったと思いますが、先手が細かくポイントを取り戻して、終盤で並んでからは藤井名人がすばやく勝ちきりました」
──シリーズ全体の感想は?
「角換わり腰掛け銀の通常形が第1局以外は見られなかったので、後手側が相当苦戦しているんだな、と。ただ未開拓の将棋も多くあって、お二人をもってしても打開するのが容易ではない将棋が多かった。千日手が2局ありましたしね。
特に第4、5局がそうでしたけど、よくなった側が順当に押しきるのではなくて、粘り強く指して逆転に持ち込んでいました。両者の対局では新しい一面が出ていたと思いますし、本当に中身の濃いシリーズでした」
──7月からの王位戦七番勝負でも両者は激突しますが、注目点は?
「この名人戦では角換わり腰掛け銀の通常形が少なかったので、王位戦も同じ状況になるかもしれません。本局の3三金型や、右玉などが再び現れるかもしれませんね。そもそも角換わりを避けて、別の戦型にシフトしていくのかどうか。今後も要注目です」
(第83期名人戦七番勝負第4・5局 自ら崩れない粘り強さ 解説/山川泰熙四段 記/大川慎太郎)
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