俳優のオダギリジョーが主演・共同プロデューサーを務める映画『夏の砂の上』の舞台挨拶が行われ、俳優のオダギリジョーと髙石あかり、玉田真也監督が登壇した。
『夏の砂の上』は、読売文学賞の戯曲・シナリオ賞を受賞した松田正隆氏の戯曲を、玉田真也監督が映画化した作品。
物語は、息子を亡くした喪失感をきっかけに人生が止まってしまった主人公と、妹が置いていった17歳の姪との突然の共同生活からはじまる。愛を失った男、愛を見限った女、愛を知らない少女……それぞれの痛みと向き合いながら、彼らが夏の砂のように乾き切った心に、小さな希望の芽を見つけていく姿を描いている。
公開2日目の7月5日、TOHO シネマズ 日比谷にて実施された舞台挨拶には、オダギリ、髙石、玉田監督が登壇した。
玉田監督は「この作品は、長年ずっとやりたい原作を温め続けて、オダギリさんをはじめ、いろいろな方の本当に熱いご協力の下で撮ることができた映画で、こうやって多くのみなさんに観ていただけるのが本当に嬉しいです。きっと100人いれば100人とも違う感想を抱くような奥行きのある映画になったと思っているので、ひとりひとりに感想をお聞きしたいくらいの気持ちです」と感慨深げに公開を迎えた喜びを語った。
髙石も「この作品で、私の俳優人生は大きく変わっていくだろうなと思いながら撮影をしていて、先日、お二人と一緒に上海国際映画祭に登壇させていただいて、賞までいただいて『本当に変わっていくんだろうな』と今、実感しています。その素晴らしい作品がやっと公開ということで、すごく嬉しく思っております」と感慨深い様子。
一方、オダギリは冒頭の挨拶で、ネットなどでウワサとなっていた「7月5日の大災害」の予言に触れ「何も起きなかったですね(笑)。今日の舞台挨拶、なくなるのかな? とか思っていたんですけど、よかったです」とその日、もっとも熱い話題で会場の笑いを誘った。
髙石の言葉にもあったように、本作は第27回上海国際映画祭のコンペティション部門にて審査員特別賞を受賞する快挙を成し遂げたが、映画祭に足を運んだオダギリは「審査委員長がジュゼッペ・トルナトーレという、『ニュ ー・シネマ・パラダイス』を撮った伝説的な方で、その方がイチオシしてくれたということで、とても光栄ですし、まさか本当に賞をもらえるとは思っていなくて、にぎやかしで(笑)呼ばれているかと思っていたので嬉しかったです」と喜びもひとしお。
海外の映画祭に初めて参加した髙石は「個人的にすごいなと思ったのは待っている時間が結構あって、いろんな国の方が来られているんですが、みなさんがオダギリさんに『写真を撮ってください』『サインを……』と、たぶん一番求められていて『オダギリさんは、こういうところでも世界に名を知られているんだ!』と勝手に嬉しくなっちゃいました」と明かす。オダギリは、この髙石の言葉に「それはぜひ、いろんなところで言ってください」 と嬉しそうに笑みを浮かべていた。
海外からも、日本映画らしい抑制された芝居に称賛の声が贈られているが、オダギリは「芝居って国によって表現の差があって、海外で日本の繊細な芝居がどこまで伝わるのか疑問に思っていたところもあったんですが『抑制のきいた芝居』と言っていただけて、伝わっているんだなと実感がわきました」とうなずく。髙石は、映画を観た人から声を掛けられることも多かったようで、「これまでに演じた役と全然違うキャラクターを今回演じさせてもらえたっていうことも大きかったのか『意外だった』という声もすごいたくさんいただきました」と嬉しそうに明かしてくれた。
○松たか子のラスト近くのシーンで「ドキッとした」
改めて、思い出深いシーンやエピソードを尋ねると、オダギリはラスト近くのあるシーンでの松たか子の表情に触れ「一番ドキッとした」と明かし「ベストショットと言って過言ではないくらい好きです。いままで、ああいう松さんを観たことがなかったなと思うし、安っぽい言い方になるけど、『悪役』に徹してくれた感があって、松さんのような立場がある女優さんが悪役に徹するというのは、避けたい人もいるでしょうけど、さすが松さんでした」と惜しみない称賛の言葉を贈る。
髙石は、物語序盤のオダギリ、松、満島ひかりと一緒のシーンを「楽しみにしていたシーン」と明かし「一生忘れられない、私にとって特別なシーンになりました。私が演じる優子は、ほとんど話さないので、敏感に周りを感じながらお芝居ができていたということも大きくて、みなさんのお芝居が全く決められたものじゃないのに、 相手の動作を察知して次につなげていくというのがずっと重なって、本番ではまた違うものが、別の角度から撮るとまた違うものが生まれて……。『なんて楽しいんだ!』という時間で、私にとって大好きなシーンです」と興奮気味に語った。
ちなみに、本作の撮影中に髙石はNHK連続テレビ小説『ばけばけ』のヒロインに決定したとのことで、もちろん正式に発表されるまで周りに明かすことはできなかったが「言いたかったです(苦笑)! 」と述懐。髙石は、最終決定の前に、詳細について隠しつつもオダギリに「大きなオーディションがあって、最終審査を受けてきた」 と伝えていたそうだが、オダギリはその会話自体も忘れているようで、飄々と「そういうのって言っちゃいけないんですね。偉いですね。(オダギリに対しては大事な秘密を)特に言っちゃいけないタイプですね(笑)」と語り、会場は爆笑に包まれた。
○七夕にちなんで短冊に書いたのは3人揃ってヒット祈願
この日の舞台挨拶では、まもなく七夕ということで、3人が事前に短冊にしたためた願いを発表したが、オダギリは「映画がヒットしますように」、玉田監督は「たくさんの人に観てもらえますように!」、そして髙石は「家族と一緒に観られますように」と期せずして、本作にまつわる願いが重なった。
髙石は「母は完成披露で観てくれていたんですが、父と兄にも観てほしいし、できたら劇場で一緒に観たいです。実家が宮崎で、父ともなかなか一緒にいられる時間も少ないので」と家族への思いを口にする。オダギリは「『ヒット』とか品のない嫌な言葉ですけど……(苦笑)」と照れくさそうに語りつつ「こういうミニシアター系の映画は、最近、なかなか作るのが難しいので、こういう作品こそ映画館で観てもらって、成功することで次にも繋がっていく。メジャーだけが残ると寂しいことになりますので、ぜひ応援してください」と思いを語った。
オダギリはさらに締めの挨拶で「みなさん、『ババンババンバンバンパイア』も観てください!」と同日公開の他作品を宣伝すると、会場は驚きと笑いに包まれ、隣の髙石も笑いをこらえるのに必死そうだったが、オダギリは「いろんな映画が世の中にはありますけど、向こうも良いし、こちらも良い。幅の広さ、土壌の豊かさが文化として必要だと思います。そういう意味でも、この映画もそれなりに入ってもらえると良いし、メジャーなエンタメの作品はなかなか海外の映画祭には行けなくて、そうなると海外から『最近、日本の映画は来ないね。面白いのが少ないね』と言われることがあって、寂しい気持ちになるんです。こういう作家性の高い、芸術的な作品を海外に届けられるように、これからも作っていける土壌の豊かさを持てればと思っています」とその真意を述べた。
髙石は「私はこの作品から、映画の見方や脚本の読み方を教えてもらいました。いま、観終わったみなさんの中に、何か『わからない』感情が生まれていて、でもそれはきっと余韻という、答えのないものからしか得られない感情だと思っています。それはひとりひとり違うもので、それが素敵なんだと私はこの作品から学ばせてもらいました。
私はこの映画を初めて見た時、ひとりになって勝手に涙が出てきて、それが何の感情か全くわからず、いまもわかってないんですが、でもそれで良いと思えた素晴らしい作品に出会わせていただきました。多くの方に観ていただいて、引っかかりができればいいなと思っています」と想いを伝えた。
玉田は髙石の言葉にうなずき「この映画は、わからなさや不可解さがあふれている映画です。『何でここでこういうこと言うんだろう?』とか『何でこういう行動したんだろう?』という、すぐに共感できないものが散らばっています。でも、人生を生きていると、そんなことだらけで『そうだよね』とすぐに共感できることだけが身の回りにあるわけじゃなく、他人の感情はわからないし、自分の感情すら見失うことが多いです。そういう瞬間をたくさん入れられたらいいなと思って作った映画です。同時にすごくシンプルな映画でもあり、いろんなことを経験して、悲壮感にあふれていたり、傷ついて前に進めなくなっている時、何となくそれを察して誰かが横にいてくれるだけで一歩を踏み出せるような気持ちになることってあると思いますが、そういう瞬間を描いた映画でもあります。少しでも気に入っていただけたら身の回りの人に伝えていただけたらと思います」と熱く語りかけ、 会場は温かい拍手に包まれた。
(C)2025 映画『夏の砂の上』製作委員会
【編集部MEMO】
映画の原作となった戯曲『夏の砂の上』は、長崎出身の劇作家・演出家である松田正隆氏によるもの。松田氏の戯曲『紙屋悦子の青春』も映画化されており、2003年公開の映画『美しい夏キリシマ』では、脚本を手がけている。代表を務める京都を拠点とした演劇カンパニー「マレビトの会」の作品は、国内はもとより、海外でも数多く上演されており、その名は世界に知れ渡っている。
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