日本が誇る世界有数の腕時計メーカー、シチズン時計を取材。人気ブランド「シチズン アテッサ」のルナプログラム/ムーンフェイズ搭載モデルを例に、腕時計の新製品がどのようなプロセスを経て誕生するのかをお届けします。
前回はマーケティングを熟知した商品企画の担当者が、アイデアを形にしていく流れを見ていきました。第3回となる今回は、技術部門に注目。1本の時計が完成するまでに、技術部門はどのように関わっていくのか――。シチズン時計の技術部門で電波時計を担当し、ルナプログラムを発案した原口大輔氏に聞きます(取材時は商品企画部門へ異動)。
■ルナプログラム
時計が受信した電波に含まれる日付情報をもとに、ムーブメント内部で月齢を計算してダイヤル上のムーンフェイズで表示する機能。ムーンフェイズ部分では、月の満ち欠けの方向を「北半球からの見え方」と「南半球からの見え方」に切り替えることも可能。
○技術から企画が始まることもある
―― 腕時計を開発するときに、技術部門がきっかけで新しい商品の企画が立ち上がることもあるそうですが、その場合はどのような形で始まるのでしょうか。
原口氏:腕時計の新モデルを開発するとき、「必ずここから始まる」という起点はありません。既存のラインナップを整理して新たなモデルを追加するか、既存モデルを入れ替えるかが基本なので、市場のニーズとラインナップのバランスなどを考慮して商品企画部門が舵取りをします。しかし、技術部門やデザイン部門がアイデアの起点になることもあります。
技術部門からアイデアを出すときは、「最近こんな技術が使えるようになったけど、新製品のアイデアに使えないだろうか?」などと、かなり漠然としていることも多いです。それに対して「こういう技術の使い方をしたら面白いのでは?」と発想を広げていきます。
シチズンの現行製品でそんなふうに技術がアイデアの起点となったモデルの一例が、ルナプログラムを用いたムーンフェイズを搭載したアテッサです。
○技術の進歩があったから実現できたもの
―― 新しい技術が世に出せるようになったので、それを使って何か作ろうという発想ですね。話題がそれますが、そうして出てきたものには、ルナプログラム以外にどのようなものがありますか。
原口氏:昨今の光発電式の電波時計は、「文字板の下のソーラーパネルで光を取り込めること」「電波が受信できること」が重要になります。
シチズンは素材として、チタニウムにデュラテクト(表面硬化技術)を施した、独自開発素材のスーパーチタニウム(編注:シチズンの商標)を持っています。軽量で堅牢性に優れた素材で、金属アレルギー体質の人でも安心です(編注:肌に合わない人もいます)。ただ、この金属は電波を通しにくい側面があるほか、文字板の文字部分のような光を通さない部分では、文字板下のソーラーパネルに光が届きません。
シチズンが初めて発売した電波時計は、文字板の中央に見るからに“アンテナ”という部品が配置されていましたし、ソーラー充電式も最初はソーラーパネルがむき出しでした。
現在はアンテナもソーラーパネルも存在感を抑えられるようになりました。一見すると機械式時計に見えるデザインが好まれる傾向もあるので、技術部門でもこのあたりは意識しています。アンテナや発電システムの開発によって、目立たなくても性能を発揮できるように長年研究して進化させてきました。
―― 技術の進歩は新しい便利な機能を使えるようにするだけでなく、既存の機能をより小さな部品にしたり、より省エネで使えるようにしたりすることでもあるわけですね。
原口氏:技術の進化によって、いままで搭載できなかった機能の実装や、表現できなかったデザインが実現します。
例えば先ほどのソーラーパネルでいうと、ソーラーパネルは黒に近い色をしているため、文字板を白く見せたい場合でも、以前はグレーに近いものになりがちでした。技術が進化することで、文字板をしっかりした白に見せられるようになってきています。
技術の進歩は開発の起点になるだけでなく、開発中にも生じます。つまり、外装がある程度できあがってテストしているうちに、「電波が入りにくい」「落としたときに壊れやすい」などの問題が生じて、技術部門にフィードバックが来ます。こうした問題は設計の段階では潰しきれないため、作りながら修正していきます。その修正の過程で技術が進んで解決することもあるわけです。
○アナログ式の扱いが難しい機構をデジタル化で使いやすくする
―― 話をルナプログラムに戻して、原口さんがルナプログラムを思い付いたのはどのようなきっかけですか?
原口氏:ルナプログラムはムーンフェイズをデジタル技術で実現する、アナログ式の光発電腕時計としては世界初の月齢自動計算機能です。
ムーンフェイズを簡単にいうと、時計の文字板上で月の満ち欠けを表現する機能です。ムーンフェイズの歴史は古く、国内外の時計メーカーからさまざまなムーンフェイズモデルが発売されています。
機械式のムーンフェイズはロマンチックで愛好家が多い半面、機構が複雑で、慣れないと調整が難しい一面があります。「その難しいところが良い」というファンの意見もあるのですが、これを現代のデジタル技術で簡単に調整できたら喜ぶユーザーも多いのではないかと考えました。
そうして開発したのがルナプログラムです。商品企画部門がスポーティとエレガントの調和を重視するアテッサのラインナップに推薦してゴーサインが出ました。
原口氏:ルナプログラムはハードウェア面では既存の技術を使っているので、新モデルの開発にあたって初期コストが抑えられます。これは発案時に企画を推しやすいメリットの1つでした。
ただ、もともと技術部門は商品企画部門に比べると、コストや売り上げ動向をあまり気にせずにアイデアを出す側面があります。それらを意識しすぎると、発想から柔軟性が失われてしまうという考え方があるためです。
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技術部門は新しい技術の開発だけでなく、既存の技術をブラッシュアップすることでも、腕時計という小さく精巧な機械の進化をリードしています。次回は腕時計の誕生に対してデザイン部門が果たす役割を見ていきます。
著者 : 諸山泰三 もろやまたいぞう PC雑誌の編集者としてキャリアをスタートし、家電流通専門誌の編集や家電のフリーペーパーの編集長を経験。現在はPCやIT系から家電の記事まで幅広くカバーするフリーランスのライター兼編集者として東奔西走する。地元である豊島区大塚近辺でローカルメディアの活動にも関わり出した。