オークションづいたのか、ついノスタルジアで英文タイプライタを落札してしまった。落札したのオリベッティのLettera DLという機械式タイプライタである。
いまどき、機械式タイプライタなんか買ってどうするというお叱りの声も聞こえてきそうだ。

とはいえ、筆者にとっては中高生の時代を象徴するガジェットの1つ。英語の勉強で使うからと親にタイプライターをねだった。当時、母が近くにある大学の生協でパートをしており安く買えることがわかった。それで、同僚にどういうものを買えばいいのかと聞いて回ったところ、「インターナショナル配列」を選ぶべきとの意見を頂いた。その結果、生協で扱っていてインターナショナル配列があるLettera DLになった。筆者としては、当時ラジオのドラマ「オリベッティ劇場 怪人20面相」でコマーシャルしていた「赤いバケツ」ことValentainを期待していた。、図らずもコマーシャル上では、レッテラ・ブラック(写真01)と呼ばれていたLettera DL(写真02)になった(どこにもブラックって書いてなかった)。

親には言わなかったが、一番の用途はプログラムの清書。手書きで作って、動いたらそれを清書しておかないと、あとで分からなくなってしまう。あとは、カセットのレーベル、QSLカードの記入、BCLの英文受信レポートの作成など結構用途はあった。アルファベットだけだが、手書きでない誰でも読める文章が書けるということは、それまでにはない経験で、筆者にとっては新しい世界だった。


そのインターナショナル配列には、打っても先に進まないキー(デッドキー)が2つあった。これは、アルファベットにアクセント記号などつけるもの。当時は、フランス語もドイツ語も知らなかったので、意味が分からなかったが、大学でドイツ語を第一外国語にしたとき、ようやくわかった。結果からいうと、ドイツ語や微分の略記(A')なんかを表記するのにデッドキーは有用だった。プラテンを半文字動かすと「上付き」「下付き」文字を打つこともできた。

そのあとマイコンやターミナルのキーを触って気が付いた。キー配列は、文字の配置と記号の配置が独立していることに。インターナショナル配列でも文字キーはQWERTYで英語配列と同じ。しかし、記号の配置は異なる。マイコンにキーコードを送るハードウェア(いわるゆるキーボード)を作ったときに理解した。JIS配列やテレタイプ配列と呼ばれる配列では、シフトありとなしの場合で下位4ビットが変化せず、上位ビットだけを変更すればよい。エレクトロニクスを使う電子キーボードでは、回路が圧倒的に楽なのである。
この記号配置を「ロジカルペアリング」あるいは「テレタイプペアリング」という。低価格な端末装置として著名なADM-3Aも、数字の上の記号の配列はテレタイプペアリングでJISキーと同じである。

これに対して機械式タイプライタでは、1つのアームに乗せる文字を指定するだけでよく、慣習的に利用頻度を考えて配置ができる。これを「タイプライタペアリング」という。

文字の配列QWERTYの評価には諸説あるのだが、タイプライタとしては、比較的高速に入力できると世間に評価された最初の配列である。設計したのはクリストファー・レイサム・ショールズ(Christopher Latham Sholes)で、そのタイプライタの製造を請け負ったが当時ライフルやピストルで有名なレミントン(Remington。当時の社名はE. Remington and Sons)だった。このタイプライタは、ショールズ・アンド・グリデン・タイプライター(Sholes and Glidden typewriter)、あるいは Remington No. 1と呼ばれる。ここで始めて「Typewiter」という名称が使われる。名前が2つあるのは、Remingtonが単なる製造受託したのではなくさまざまな設計を加えたから(ショールズらから設計を買い取ったという話もある)。販売はショールズらに任せたようだ。

その後、Remingtonは火器製造に専念するため、タイプライタ事業を売却し自らはのちにRemington Armsとなる。
タイプライタ事業を継承するためRemington Typewriter Companyが作られた。同社を買収した事務用品メーカーであるRand Kardex社は、買収後にRemington Randと名前を変える。この会社がENIACを開発したエッカートとモークリーの会社を買収する。そのコンピュータブランドがUNIVAC(UNIVersal Automatic Computer)である。機械式タイプライタは、こうしてコンピュータまでつながるのであった。ちなみにオリベッティは、世界初の可搬プログラマブル電卓を開発しており、そこからもコンピュータに繋がるのだが、その話はまた別の機会に。

今回のタイトルネタは、映画「裸のランチ」(1991年)である。映画ではタイプライタが「重要」な役を演ずる。監督がデヴィッド・クローネンバーグ、原作がウィリアム・S・バロウズである。御存じの方も多いだろうが、バロウズは、コンピュータメーカーBurroughsの創業者(ウィリアム・シュワード・バロース1世)の孫である。ただし、子供達は、会社の株などを早々に売却してしまい、誰もBurroughs社には関わっていないようである。ちなみにBurroughsとUNIVAC(当時はSperry UNIVAC)を買収し、現在のUnisys社となっている。


この作品、クローネンバーグなので最後まで見ることができなくても誰も非難などしない。もっとも、見たからといって誰も褒めてはくれないだろうが。
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