現在開催中の大阪・関西万博。その大阪ヘルスケアパビリオン内「ミライの食と文化」ゾーンにてミックスドリンクなどを販売する「AIR WATER NEO MIX STAND」は、夏の暑さと相まって、連日多数の来場者が訪れ、商品を購入するまで“1時間待ち”という長蛇の列も珍しくない。
「AIR WATER NEO MIX STAND」を展開するエア・ウォーターは、産業ガスをメインに扱う化学メーカー。なぜ化学メーカーがミックスドリンクの販売を行っているのか? そこで今回は、「AIR WATER NEO MIX STAND」の仕掛け人である、エア・ウォーター 大阪万博推進プロジェクト フードエリア推進チームリーダー 兼 ロボティクス自動化プロジェクトリーダー仲橋孝博氏に話を伺ってみた。
○■食品関連の事業も展開するエア・ウォーター
先にも述べた通り、エア・ウォーターはもともと産業ガスをメインとする化学メーカーだが、アグリ&フーズ事業として40年以上も前から食品関連の事業展開も行っている。一見、まったく異なるジャンルに挑戦しているように思われるが、実は同社がアグリ&フーズ事業を手掛けるきっかけとなったのは“液体窒素”の存在。今でこそ、半導体の製造などで欠かせない存在となっている液体窒素だが、当時はほとんど活用する場がなかったという。
空気中にもっとも多く含まれている気体である窒素の大きな特徴は、沸点が非常に低いところであり、同社は、その低い沸点に着目して冷凍食品事業に活用。北海道のホタテやイカ、カニなどを冷凍するところから事業をスタートし、今では冷凍食品にとどまらず、飲料や加工食品など、幅広く事業を展開している。BtoBがメインの同社にとって、液体窒素の活用から始まったアグリ&フーズ事業は、化学メーカーとしては特殊なBtoCとしての側面を担っている。
このように、食品や飲料関連の事業も取り扱う同社だが、今回の大阪・関西万博において「フードエリアに出店する予定はなかった」と仲橋氏は振り返る。もともとは、次世代型CO2回収装置での実証実験を行う「グリーン万博」と未来のライフスタイルをコンセプトとした大阪ヘルスケアパビリオンの「ミライの都市」ゾーンへの出展のみの予定だったそう。
しかし、大阪・関西万博開催の半年前に、フードエリアへの出展を打診されたところから、仲橋氏の挑戦がスタートすることになる。「フードエリアで会社名を出して店舗運営ができるのは、BtoCのビジネスに切り込む大きなチャンス」という考えが、この決定には大きく影響しているという。
○■4種類のドリンクをロボットで提供
大阪ヘルスケアパビリオンのフードエリアは、「ミライの食と文化」ゾーンと名付けられており、販売するものも「未来」をキーワードにする必要があった。そこで、1970年に開催された大阪万博をあらためて振り返ったところ、ちょうど万博をきっかけに自動販売機が普及したと言われていることがわかった。「そこから55年を経て、我々が今見せることができるもの」として導き出されたのが“ロボット”での提供だった。
「AIR WATER NEO MIX STAND」で販売されているドリンクは、「北海道産野菜と果物のスムージー」「NEO北海道×大阪ミックスドリンク」「ALL北海道産トマトと12種野菜のジュース」といったソフトドリンク3種と「北海道レッドアイ」のアルコール1種。いずれも、エア・ウォーターグループの「ゴールドパック」の製品を活用している。
今回、すべてのドリンクで「北海道産」の素材にこだわっているのは、北海道がエア・ウォーターの祖業の地であり、野菜、果物、農場も含めて、同社の事業に深く関わっていることが大きな理由となっている。また、「大阪は“天下の台所”。遠い北海道からも旬の食材が、我々の冷凍技術によって、新鮮な状態で提供できることを見せることも、ひとつの未来の姿ではないか」と仲橋氏は訴える。
さらに、大阪を代表する文化ともいえる「ミックスジュース」をベースとした「北海道産野菜と果物のスムージー」と「NEO北海道×大阪ミックスドリンク」には、未来のドリンク像につながる工夫が施されているという。
ドリンクを冷やすためには氷を使用するのは一般的だが、氷には溶けるとドリンクが薄くなるという欠点がある。そこで、同社の冷凍技術を活かし、果物と野菜を瞬間冷凍してキューブ状にした「冷凍キューブ」を開発。この冷凍キューブであれば、溶けると味が濃くなるだけでなく、味変の効果も重なる。
「お客様に振っていただくことで、冷凍キューブからだんだんとマンゴーやパイナップル、さつまいもなどが溶け出して新たな味を作り出す。この、お客様と共同でドリンクを作リ出すところにも未来の要素を感じてほしい」と仲橋氏は期待を寄せる。
そして、「AIR WATER NEO MIX STAND」における最大の未来要素がロボットの活用。注文やレジの対応は人の手で行われるが、ドリンクをボトルに充填し、フタを閉めて提供するまですべてロボットによって行われる。このロボットを開発する道のりは「すごく大変だった」と振り返る仲橋氏だが、それを半年間でやり遂げられたのは、仲橋氏自身がロボット技術者であったことと、エア・ウォーター社内でシステムの開発が可能だったことが大きな理由となっている。
エア・ウォーターの技術者が、より使いやすく、より安全に動作させるため、知恵を出し合いながら開発。もちろん、4月の万博開幕には間に合わせたが、「開幕当初は、技術者が昼夜を問わず、ずっと張り付き、何かあったらすぐに対応できる体制を整えていました」と、当初の苦労を思い返す。そして、開幕後も日々アップデートを加え、「今では、店舗スタッフ全員が簡単に動かせるレベルまできている」と自信を覗かせる。
「メンテナンスでロボットを止めさせてもらっても、お客様がずっと待ってくれて、再び動き出すと拍手までしていただけた」と当時のエピソードを振り返りつつ、「本当にロボットを楽しみに来ていただいている方も多く、お客様には励まされましたし、助けてもいただき、技術者冥利につきると思っています」とあらためて感謝の言葉を述べる。
また、「AIR WATER NEO MIX STAND」において、ドリンクやロボットに加えて話題になっているのが、大阪・関西万博の公式キャラクターであるミャクミャクがデザインされたシェイカーボトルだ。
「公式ショップ以外で、我々のような店舗がライセンスを申請したのは初めて」だったとのことで、「時間と労力、そしてお金も掛かりましたが、そのおかげで非常に評判が良い」と笑顔を見せる。希少性が高く、非常に人気のアイテムとなっており、「AIR WATER NEO MIX STAND」に長蛇の列ができるひとつの理由ともなっている。
なお、8月7日からはシェイカーボトルに新色が登場しているほか、9月頃にはもう一色追加される予定とのことなので、こちらも注目しておきたい。
○■さまざまな農業課題の解決にも注力
「大阪という地に根付いている“もったいない文化”から生み出されたミックスジュースを、我々エア・ウォーターの技術をふんだんに盛り込んだ形で提供し、それが広く受け入れていただき、人気が出ていることが非常にありがたい」と話す仲橋氏は、エア・ウォーターの企業認知度向上にも繋がっている点も含めて、現時点では「大成功なのではないか」と評価する。
そして、気候変動や労働人口の減少、フードロスなど、国内農業が抱えるさまざまな課題に対して、同社の持つ強みを活かすことで、解決策を提示していくと共に、今後は物流網や食の安全保障などに関しても積極的に貢献していきたいとの展望を明かす。
仲橋氏は、フードエリアの責任者であると同時に、エア・ウォーター全体の自動化に関する責任者も務めており、今後は「農業を含めた多様な領域での自動化にも着手し、会社全体で推進していきたい」と今後の活動における方向性を示した。
なお、8月26日~30日の期間、「AIR WATER NEO MIX STAND」の店舗の向かい側のデモキッチンにおいてイベントを開催予定となっている。「AIR WATER NEO MIX STAND」とのコラボ企画として、ミックスドリンクが店舗を飛び出して、キッチンでスイーツに進化。-196℃の液体窒素で瞬間冷凍したジェラートを無料で試食できるイベントとなっている。
もちろん、デモキッチンでもジェラートを作るのはロボットが担当。そのほか、辻料理教育研究所協力のもと、辻調理師専門学校の学生が遠隔地からロボットを操作し、ジェラート作りに挑戦することで、未来のロボット調理の姿が紹介されるので、会場を訪れる方はぜひ足を運んでみてほしい。
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