シュレッダーの紙吹雪が舞い散る中、“ビルで働く人たち”が全力で歌い踊る。ステージ下ではその仲間たちが一心不乱に手を振り、手作りのうちわを振って声援を送る。
オフィスビルが立ち並ぶ街で、そのうちのビルの一つで、たった3日間だけ繰り広げられるパフォーマンスの数々……一風変わった祭りは日本全国津々浦々数あれど、この祭りもそのひとつといっていいかもしれない。

「ハレ」と「ケ」が同じ瞬間に同じ場に同居する、唯一無二のイベント。今年も、8月27日~29日の3日間で開催された。参加者も観客も、玄人揃いでディープすぎるこのイベントから見えてきたのは、働く大人が健やかに生き抜くためのヒントだった。……思わずそう賞賛せずにはいられない、50年にわたるその“伝統行事”を僭越ながら紹介させていただきたい。
○■「のど自慢」に出たいがために、ビルに入居する企業まで

「『三井ビルのど自慢大会』っていう“やばい”イベントがあるみたいなんですが……興味ないですか?」

きっかけは、マイナビニュース編集者の一言だった。彼女が口にしたイベントが、「新宿三井ビルディング会社対抗のど自慢大会」。都庁を抱えるオフィス街・西新宿のど真ん中で毎年夏に行われる、50年も続く伝統的イベントだ。地域の祭りなどではなく、あくまで新宿三井ビルディング(以下、新宿三井ビル)に入居しているテナント企業だけが参加できる、いわばテナント企業のためのイベントなのだが、これが毎年一般客を集めるほど大盛り上がり。

毎年この宴を見るために出動するコアな見学者が増え、シーズンになるとXやnote、YouTubeはコアファンによる動画やコメント投稿で溢れる。大手メディアの取材が入るまでになり、結果的に、"新宿のサマソニ”などの異名までつき、ビルの関係者以外にとっても“祭り”となったイベントなのだ。

概要を説明すると、「新宿三井ビルのど自慢」は予選2日間、決勝1日の合計3日間にわたって行われる。
予選には例年100組程度のテナント企業が参加。熾烈な、しかし楽しさに溢れた2日間の戦いを経て20組が選抜され、3日目の決勝を迎える……という流れだ。面白いのは、「殿堂入り」なる制度があること。3位以内に入ると、その人は5年間出場できないというルールによって、常に実力者が上位を占め続けることがなく、出場メンバーの新陳代謝が起こることでイベント全体としてもマンネリ化が回避される。

今回事前取材を行った、今年の本イベントを担当する“中の人”(三井不動産株式会社)いわく、「館内にご入居されているテナント様同士の交流や何か繋がりが生まれるような企画」として、「ビル全体、ひいては街全体が盛り上がるような取り組みができれば」と1975年に始まったという。新宿三井ビルの竣工が1974年だから、翌年にはもうスタートしていたことになる。コロナ禍のお休み期間を除けば歩みを止めずに今年で50年、48回目となる。半世紀となれば、もう立派な「伝統行事」だろう。

そして、当然といえば当然なのだが、テナント企業のためのイベントなので、企業がビルから退去した場合は同時に出場権限を失う。地域で圧倒的な存在感を示すイベントだけに、どうしても出場したくて、ついにはビル入居・出店まで決めてしまった企業まであるという。真偽のほどを中の人に尋ねてみると……

「公言されている方は、もうたぶん皆さんご存じのカレー屋さん(後述)。それ以外では、表向きにそう言っているところはそんなにたくさんはないんですけど、いらっしゃるとは聞いています」

筆者も「新宿三井ビルのど自慢」について噂に聞いたことはあれど、実際に目にするとは考えていなかった。
そもそもが内部関係者向けのイベントであり、その外側にいる鑑賞者・見学者たちもかなりの“玄人ウォッチャー”感があったから。取材であれば気兼ねなく(?)行けるとばかりに、何がそこまで心を掴むのか知るため、現場に足を運んだ。そこには、想像を超えた世界が広がっていた。

まず、大の大人がシュレッダーをかけられた紙の切れ端を頭に被りながら嬉しそうにはしゃぐ姿を見たことがあるだろうか? しかも少なくない数の大人が。私は、ない。三井グループの広報紙「三友新聞」の記載によると、回を経るごとに仮装や紙吹雪など徐々に演出も本気度が増していく過程で、1980年後半以降くらいから応援にシュレッダーの紙吹雪が使われるようになったようだ。まさに企業に、街に歴史あり、である。

○■ステージは「皆でつくるもの」

「新宿三井ビルのど自慢」の大きな特徴の一つが、みんなで舞台をつくっているという一体感だ。

優勝を決めた株式会社ターリー屋による『ココロオドル』は、まさに圧巻だった。メンバー5人が歌うnobodyknows+の曲を一人で歌いきるという離れワザをキメてきた。筆者は舞台の真横でカメラを構えていたが、紙吹雪の量も一際すさまじく、呼吸をおかず繰り出されていくリリックに、合間にさらなる“呼応”を呼びかける。ステージが目の前でさらに高みへつくり上げられていく様に震えた。


惜しくも2位となった三井ホームエステート株式会社の『Story』も、歌い始めたとたんに「うぉおお」と歓声が。伸びやかに、しとやかさと力強さを織り交ぜた声色で歌い上げて歌唱力を見せつけた。

また、実力派だけでなくパフォーマー要素が強いステージも、「新宿三井ビルのど自慢」の名物。特に大盛り上がりだったのは、トリを飾った新宿三井ビル内郵便局・6名による『マツケンサンバⅡ』。本物さながらのギラギラな衣装に身を包んだ5人のダンサーたちが舞台に飛び出して踊るなか、郵便局長がトコトコと登場するのだが……本物の“アレ”を想定しているとその期待を大きく裏切る(いい意味で)歌声が炸裂!

しかも途中で歌詞が飛んでしまったのか、ところどころ声が消滅したり、「間違えちゃった」と素直にこぼすマツケン局長。歌の合間には「三井ビル最高です、大好きです!」と叫んだ後に、「なんとかなる!」。会場は全力フォロー体制になって沸きに沸き、見事、応援賞を勝ち取った。

ベストパフォーマンス賞を獲得した園田・小林弁理士法人による『島人ぬ宝』は、ボーカル1名+9名踊り手の総勢10名で参加。曲のセレクトにぴったりの、自由に踊るステージ上の一人ひとりの表情に、思わず「ああ、いい会社なんだろうなあ……」と思わずにいられなかった。

実際の会場の熱気はぜひYouTubeで確認してみて欲しいのだが、司会も審査員もノリノリなのである。いいとか悪いとか評価する前に、良いライブやステージというものはそもそもみんなでつくるものだと、教えられるような光景だった。一流のエンタメって、ホスピタリティなのだ。


○■「働く大人たちのための宴」だからこそ

このイベントがぐっとくるのは、“働く大人たちによる、働く大人たちのための宴”であるから。このイベントでは、みんな「企業名」を背負ってステージに立つ。同僚がステージに立てば、それを皆が全力で応援する。いかに良いステージとなるかは、チーム戦なのだ。その一方で、見ていて感じたのは、「店名」や「会社名」ではなく、一人ひとりが名前や通り名、パフォーマンスで"個人”として認識されているというのも、またいい。

高層ビルであれば膨大な数の人たちが働いているから、よほどのことがない限り積極的にコミュニケーションをとろうとはしないだろう。いつも通勤するビルであっても、よく使うビル内の飲食店の従業員であっても、同じフロアの企業の人であっても。

たとえば郵便局のマツケン局長は、姿を表しただけですぐに“皆が彼を認識している”というのが現場の空気からも伝わってきた。顔馴染みとなっている出演者同士や、昨年出場者などは応援側もわかっているから、歓声も一際大きくなる。

三井不動産の担当者も、「やっぱり“ビルで働く人たちがやっている”のが面白い」と話す。

「プロじゃない大人たちが、仕事の合間をぬってやってるのが面白いと思ってるんです。仕事があるから(本番に)出られなくなった人がいたりもするんですよ。
過去には、5人組くらいの方々のうち一人がトラブル対応で、『障害対応中』って札をブラ下げたマネキンをステージに置いていたことも。あとは、“有名人”が転勤していらっしゃらなくなるとか。あくまでも仕事が優先。(こうしたエピソードが)"サラリーマンっぽい”のが、自分としてはすごくエモいというか……その考え方がすごく好きですね」

【後編:「熱狂とシュレッダー紙吹雪の向こうに見えた─「三井ビルのど自慢」が刺さりまくる理由」】では、なぜこの大会がここまで人々を惹きつけるのか。ステージで輝くビルで働く大人たち、そしてテナント関係者でもない“外の人”までをも熱狂させてしまう、この「新宿のサマソニ」の魅力について、さらに掘り下げていく。

吉澤志保 よしざわしほ 雑誌出版社、不動産広告代理店、不動産アプリ・SaaS開発会社を経て、フリーランスに。文章と写真をベースに、紙やWEB、SNS、アプリなど媒体を横断し、多角的な視点で見た構成・切り口設計を考えるのが得意。地方好き・移動好き。都心のミニマムな戸建賃貸で、日々地方とよりよく繋がり続ける方法を模索中。 この著者の記事一覧はこちら
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