【東京・丸の内発】以前、牧さんのお母さまである廣美さんにお話をうかがったことがある。牧さんは、小さい頃からいつも集団の中では真ん中に陣取ったり、一番を取ろうとしたりしていたと。
これについてご本人に確認すると、それは自分が創業経営者の長男であり、そういうことを周囲から刷り込まれていたことから、自分を演出していたのだと話してくれた。だから、本来の自分とは少し違うと。小学生にしてこうした振る舞いができることに驚くが、おそらく四方に目配りできる資質を当時から備えていたのだろう。
(本紙主幹・奥田芳恵)

●創業の精神だけは決して忘れてはならない
奥田 バッファローの創業者であるお父さま(牧誠氏、2018年4月逝去)には、どんな思いがありますか。
牧 2年前に父の七回忌を行い、今年創業50周年を迎えたわけですが、ある意味で創業者から卒業していくタイミングだと自分では感じており、父のよい部分も悪い部分も客観的に見つめられるようになったと思います。
奥田 経営者として「創業者から卒業しなければならない」という思いがあったのでしょうか。
牧 創業者から卒業するということは、ここから何を変えて何を残すかということを考え、実行していくことだと思います。
 11年3月期に父が達成した連結最高業績を、私は22年3月期に更新することができました。でも、私自身、経営をしていくことがとても大変であると感じ、また役員や幹部社員の表情もあまりハッピーには見えなかったのです。
奥田 最高業績を達成したのに……。
牧 それから2年、事業内容の面でも、グループの経営面でも、社内のマネジメント面でも、私自身を含め変わっていきました。
奥田 先ほど「何を変えて何を残すか」とおっしゃいましたが、残したいと思うものは何だったのでしょうか。

牧 私には、属性や業界が比較的近く、尊敬している経営者の方が3名います。父が亡くなってからは、そうした方々からお話をうかがってご指導いただいたり、時にはお叱りを受けたりしてきました。
 そんな中、父が築いた経営理念であるメルコバリューは、自分にとって苦しいものなので止めたいとご相談したのです。すると、そのうちのお一人が「創業者の経営理念など全部捨てて構わない。ただし、創業の精神だけは決して忘れてはならない」とおっしゃいました。
奥田 創業の精神は、なぜ経営するのかという、企業にとって一番本質的で大事な部分ですね。
牧 その方の言葉が私にとっての大きな気づきになって、創業の精神だけは絶対残すべきだと心に決めました。創業者が晩年残した理念には、いいものもあれば時代に即さないものもあり、それを全て捨て去るのではなくプライベートな資産管理会社に移管しておこうと、自分の気持ちに折り合いをつけたのです。
奥田 それで新たな経営理念をつくっていかれるのですね。
牧 実は、いまバッファローとしては経営理念やクレドは定めていません。兄弟会社だったシマダヤも同様です。ただし、経営理念はありませんが、25年4月の組織改編を機に経営コンセプトを定めました。

奥田 そうやって、ここまでご自身の経営スタイルを積み上げてこられたのですね。
牧 自分では「ファザコン経営」と言っているのですが(笑)、18年に父が亡くなってからの7年は、迷ったときは父の代わりに親身になってくださった方々へ相談にうかがい、修正すべき点は修正して経営にあたってきました。
奥田 それでも、ご自身に経営の軸がないと方向性がぶれてしまいますよね。
牧 この10年は、自分の意志がすごく強かったとか、経営の軸が定まったというよりは、とにかく最高業績を達成したい、社内の世代交代を完了させたい、そして創業世代がやり残した課題を解決したい、という思いだけでやってきましたね。
●目的は「会社の永続」から「ステークホルダーへの分配」へ
奥田 みなさんの顔は、ハッピーになってきましたか。
牧 その兆しは見えてきました。25年5月に20人弱の執行役員制度に移行し、会社の「目的」を変えようという方針を打ち出したことでハッピーに近づいてきました。まだ全社員にまでは浸透していませんが、今後それは広がっていくと考えています。
奥田 会社の目的を変えるというのは、具体的にはどういうことですか。
牧 創業者は「会社の永続」を掲げました。会社が永続すれば社員の雇用は守られるから、みんなハッピーになれるということですね。でも、今はそういう時代ではないと思います。
むしろ、会社の目的は、社員・株主を含めたステークホルダーへの分配にあると考えています。金銭的な意味合いもありますし、社員にとっては仕事を通じて経験や知識も分配されるわけです。
 つまり、何が何でも会社を永続させることが目的ではなく、持続的な成長を通じて分配することを目的としたのです。全社員に株式を贈与し、報酬のあり方も変えていきます。
奥田 ということは、かつて掲げられていた「千年企業」を唱えることはないのですか。
牧 そうですね。千年企業というのは結果であり、今、バッファローとしてやらなければならないことは、この業界特有の構造的課題にきちんと対応していくということだと思います。
奥田 組織再編や会社の方向性の見直しなど大きな変化の中、ご自身の行動には何か変化はありましたか。
牧 出席する会議を大きく減らしたことで、だいぶ心穏やかになりました(笑)。その分、これまで社内に注いでいたエネルギーを社外に向けるようにしています。
 おそらく次の10年で、事業のあり方は大きく変わっていくでしょう。そこで重要なのは、未来のお客様にいかに出会うかということです。

奥田 未来のお客様ですか。
牧 当社の経営コンセプトは、「Original Value Creation(オリジナルな価値の創造)」で、その行動指針を「Fair and Open(公正さとオープンな態度)」「Logical Thinking(論理的な考え方)」「Simple and Speedy(シンプルそして迅速に実行)」「Leading Edge(最先端そして最前線にゆく)」と定めました。
 最後のLeading Edgeは私が打ち出したもので、まさに最先端を行く尖ったお客様にいかに早く接触し、そこに学んでついていくかということの大切さを示しています。それが未来のお客様なのです。
奥田 そうしたお客様と出会うこと自体、難しいのではありませんか。
牧 幸いバッファローのコンシューマー向け製品は、50%以上のシェアを持ったものが多く、全国のさまざまな場所で使われています。例えば、当社のWi-Fiルーターを使ってくださっているサービスレジデンスがあると聞いたら、そのお客様にお礼にうかがったりします。そういうことを続けていると、中には驚くようなエッジの効いた事業を展開するお客様に出会ったり、紹介されたりすることもあるのです。
奥田 そうした地道な努力が、新たなビジネス上の出会いにつながるのですね。(つづく)
●アート作品となった創業40周年記念式典の集合写真
2025年に50周年を迎えたバッファローだが、これは10年前の40周年記念式典の集合写真をもとに、現代アーティスト近藤大祐氏にコミッション制作を依頼したアート作品。写真のままだと複製が可能だが、一品もののアート作品は複製することができない。つまり、唯一無二の歴史として、後世に残すことができるのだ。

心に響く人生の匠たち
 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
<1000分の第378回(上)>
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
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