1986年公開の『トップガン』で、若干24歳にしてスターの座を手にしたトム・クルーズ。それ以降主演作が途切れることもなく、35年以上に渡って第一線で活躍するスーパースターであり続けている。

サービス精神も旺盛で、ファンやスタッフへの神対応、そして映画で見せる体を張ったアクションは今や彼の代名詞となった。いよいよ公開される最新作『トップガン マーヴェリック』(5月27日公開)でも、実際の戦闘機に搭乗して撮影に臨むなど、まだまだ若い俳優に負けない体を張った演技に挑んでいる。そして、7月3日には、ついに還暦に。今回は、そんな今年で60歳を迎えるスーパースター、トム・クルーズの軌跡を振り返り、今こそその凄味に迫ってみたい。

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●アクション俳優ではなかった80年代

 トムが初めて映画に主演したのは、1983年公開の映画『卒業白書』。セックスのことしか頭にないティーンエイジャーが騒動に巻き込まれていく姿を好演し、若々しいトムがYシャツとブリーフで踊りまくるシーンはその後のさまざまな作品でパロディされた。本作でゴールデングローブ賞主演男優賞にもノミネートされ、トムは一躍ティーンのアイドルとなる。

 その後1985年に、トムのキャリアでは非常に珍しいファンタジー映画『レジェンド/光と闇の伝説』(リドリー・スコット監督)に主演。今なら巨匠監督とスターの超話題作となる組み合わせだが、トムの世界的ブレイク直前にひっそりと実現していたタッグだった。トムが演じるのは、囚われの姫を救いに行くピュアな野生児という役どころ。しかし、剣と魔法の世界観とトムの爽やかスマイルの食い合わせが悪く、“ファンタジーとトム・クルーズは水と油”であることを早期に証明した作品ともなった。これ以降、トムはファンタジー映画には出演していない。
そして翌1986年、そのリドリー・スコット監督の弟であるトニー・スコット監督と組んだのが、『トップガン』である。

●『トップガン』で世界的スーパースターに

 1986年公開の『トップガン』は、海軍のエリートパイロット養成機関、通称“トップガン”を舞台に、トム演じる天才的な操縦技術を持つ主人公マーヴェリックの挫折と栄光を描いた傑作だ。トムのフィルモグラフィーで外すことができない、まさに代表作と言える。アメリカ海軍の全面協力のもと撮影された本作だが、協力してもらう代わりに脚本の修正も余儀なくされ、さらに撮影に使用する戦闘機などの燃料も負担しなければならなかった。『トップガン』の製作費は約1900万ドル。これは当時のハリウッドでも決して超大作の予算額ではなく、それほど期待されていない作品だったのだ。

 しかしフタを開けてみれば、その年の全米ナンバーワンヒット作となり、映画を象徴するテーマ曲の「デンジャー・ゾーン」も大ヒット、サントラも爆発的な売り上げを記録した。さらに劇中の“トム・クルーズスタイル”は当時の世界中のヤングに刺さりまくり、レイバンのサングラス、今では定番ファッションアイテムとなった“MA‐1”や革ジャンも大流行。劇中でトムが滑走路を疾走するカワサキのバイク(トムは本作までバイクに乗ったことがなかった)までも売れに売れ、アメリカでは映画公開後に海軍の入隊希望者が大幅に増加するなど、世界中で大旋風を巻き起こした。

●大スターとなったトムの快進撃

 かくして、若干24歳にして世界的スターの座へと上り詰めたトム。『トップガン』の同年に公開された『ハスラー2』も大ヒットし、こちらもやったことがなかったビリヤードを猛練習して臨み、世界中にビリヤードブームを巻き起こした。そして1988年の『レインマン』はアカデミー賞作品賞を受賞、翌年のベトナム帰還兵の苦悩を演じた『7月4日に生まれて』ではアカデミー賞主演男優賞にノミネートされる。
そして『トップガン』以来2度目のタッグとなった、トニー・スコット監督による熱血カーレース映画『デイズ・オブ・サンダー』も大ヒット。ここから90年代半ばにかけて、作品の評価と興行収入の両方で結果を出すトムだが、『トップガン』や『デイズ・オブ・サンダー』はカテゴリーとしてはアクション映画であるものの、あくまでパイロットやドライバーという役どころ。今でこそ、走ったりぶら下がったり銃を撃ったりするトム=アクション俳優というイメージが浸透しているが、当時はまだ、いわゆる“アクション映画”への出演は皆無だった(もちろん動ける俳優というのは分かってはいたが)。しかし1996年、ついにその時がやってくる。

●アクション俳優トムを印象付けた『ミッション:インポッシブル』シリーズ

 『トップガン』から10年、30代中盤となったトムが本格的なアクション映画へ挑戦した作品が、かつての人気テレビシリーズ『スパイ大作戦』を映画化した1996年公開の『ミッション:インポッシブル』であろう。本作から、トムは俳優としてだけではなく、プロデューサーとしても活動を始める。前述したように、ここまで本格的なアクション映画への出演がなかったトムだが、劇中で披露したかの有名な“ぶら下がりアクション”をはじめとする、トムの体を張ったアクションは新鮮かつダイナミックな出来栄え。巧みなサスペンス展開も手伝って、映画は大ヒットを記録する。この成功によって本作はシリーズ化され、トムの看板アクションシリーズへと成長。その後のシリーズでは、プロデューサー権限でスタントを使わずに次々と信じられないスタントを披露していく。超高層ビルの壁面を駆け下りたと思えば、離陸する飛行機につかまったり、ビルからビルに飛び移って骨折したり…。「そこまでしなくてもいいのに!」と、シリーズを経るごとにエスカレートしていくアクション俳優トムの活躍は、周知の通りだ。


●映画人トム・クルーズとしての研鑽と、妥協なきクオリティコントロール

 主演やプロデューサーという肩書に隠れがちだが、トムのフィルモグラフィーの特徴として、“監督選び”が挙げられる。『トップガン』以降、作品を選べる立場になったトムは、40代あたりまではとにかく監督を重視した作品に出演していた。オリヴァー・ストーン、ロン・ハワード、ブライアン・デ・パルマ、スタンリー・キューブリック、スティーヴン・スピルバーグなどなど、泣く子も黙る顔ぶれ。そんな偉大な巨匠たちとの映画製作に精力的に参加しながら、俳優としてはもちろん、自身のプロデューサーとしての能力も磨いていったであろうトム。50台を迎える頃からは、自分より若い監督を起用することが増え、若い才能に自身の経験を伝えつつ、新しい時代の感覚を取り入れることも忘れない。映画人トム・クルーズは常に研鑽(けんさん)を続けているのだ。

 そしてもうひとつトム・クルーズの成功を支えているのは、妥協なきクオリティコントロール。あるインタビューで「僕はただ映画を作るために、映画を作るわけではない」と言っていたように、常にしっかり目的を持って映画制作にあたり、妥協はしない。ここ最近、トムと言えば“体を張ったスゴいスタント”が大々的に取り上げられるが、あれは観客を映画に引き込むための“リアリティ”のためにやっているにすぎない。もしスタントマンを使った方が作品のクオリティが上がるのであれば、トムは悩むことなくスタントを使うだろう。コロナ禍で、現場の感染対策ルールを守らなかったスタッフを叱責した音声が流出し話題になったが、自身への厳しさと同様に、スタッフに求める意識も高い。だが、そうした真剣に取り組む姿勢が、35年間第一線で活躍し続けるスーパースターたりえる礎を築いたことも確かだろう。


●36年ぶりの続編『トップガン マーヴェリック』(5月27日公開)

 いよいよ公開となる『トップガン:マーヴェリック』。1作目は誰もが知る人気作だけに、続編の話も度々取りざたされてきた。しかしトムは「ノー」と言い続け、その間、誰の手にもマーヴェリックのその後の物語を渡さないだけのスターであり続けてきた。最新作の見どころは、何といってもあの頃とは違う、“アクションスター”としてのトムが演じること。すでに公開されているメイキング映像などからも、CGに頼らないリアリティを突き詰め、若者たちと一緒に実際の戦闘機に乗り込んで、文字通り体を張った撮影を行うトムの姿が見て取れる。そして、あの主人公マーヴェリックを、間もなく還暦を迎えるトムが再び演じる。それを見られるだけでもファンには感涙ものだが、あの若くて無鉄砲だった男は、今や若い世代に戦いの厳しさを教える教官に。長きにわたりスーパースターであり続けたトムが、次世代の若者たちに何を残すのか。その雄姿をぜひスクリーンで見届けたい。(文・稲生稔)

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