“キング・オブ・ロックンロール”と称される希代のスーパースター、エルヴィス・プレスリー。若くして謎の死を遂げた彼の波乱人生を映画化した『エルヴィス』で主演を務めた俳優のオースティン・バトラーが初来日を果たし、キャリアの全てを注いで取り組んだ本作への思いを語った。



【写真】エルヴィスのような色気漂うオースティン・バトラー 撮り下ろしフォト

■オファーを受けたとき、運命的なものを感じた

 本作は、『ムーラン・ルージュ』『華麗なるギャツビー』で絢爛豪華な世界を作り上げたバズ・ラーマン監督がメガホンをとったミュージック・ドラマ。スターとして人気絶頂の中、不可解な死を遂げたエルヴィスの生きざまを、「監獄ロック」「ハウンド・ドッグ」など誰もが一度は耳にしたことのある名曲の数々に乗せて活写する。また、アカデミー賞俳優トム・ハンクスが強欲なマネージャー、トム・パーカーを熱演。エルヴィスとの知られざる関係性が解き明かされる。

 オースティンにとってエルヴィスの存在は、あくまでも「おばあちゃんが大好きな歌手」。本作のオファーが来るまでは、なじみはあったけれど、特に大ファンというほど夢中だったわけではない。
ところが、不思議なお告げが彼に降り注ぐ。「ロサンゼルスでクリスマスを迎えたとき、何気なくエルヴィスの『ブルー・クリスマス』を口ずさんでいたんだ。その2週間後、今度はピアノを弾きながら、なぜかまたエルヴィスの歌を歌っていたら、友人から、『君はエルヴィスを演じるべきだよ』って言われて。すごくうれしかったけれど、そんなチャンスあるわけないし、他人事のように聞いていたんだけど、なんとその2日後に、『バズ・ラーマンが近々、エルヴィスの映画を撮るらしいよ』とエージェントから連絡が入って…。これって神のお告げだよね!」。

 何か運命的なものを感じたオースティンは、「何がなんでもこの役を掴みたい」という思いが湧き起こり、オーディションが始まる前から行動に出る。
「エルヴィスに関する全ての資料を読み、映像もチェックし、そして考えたんだ。『どうすれば、“人間”エルヴィスの扉を開くことができるか』ってね」。そんな時に、たまたまエルヴィスのドキュメンタリーを観て、足りなかったピースが埋まった。「エルヴィスは23歳のときにお母さんを亡くしているけれど、実は僕も同じ年齢で母を亡くしているんだ。この接点がエルヴィスをより身近な人間として感じるキーになったんだ」。さらに不思議なことがオースティンに起こる。
「今は亡き母が夢の中でまた亡くなる、という悪夢を見たんだ」と表情を曇らせる。そのときの悲しい気持ちを、「アンチェインド・メロディ」に込めて歌い、それをラーマン監督に送った。そして、エルヴィスとの長い長い旅が始まったのだ。

■ムーブメント・コーチと二人三脚でエルヴィスの領域に!

 『ボヘミアン・ラプソディ』でフレディ・マーキュリーを演じたラミ・マレックのムーブメント・コーチを担当し、見事ラミにオスカーをもたらしたポリー・ベネットが、幸運にもオースティンのサポートに付いた。準備期間を入れると約3年、オースティンはエルヴィスまみれになる。「もともと自分はシンガーでもダンサーでもなかったし、その上でエルヴィスを演じなければならなかったので責任重大だったね。
まず、時間があれば、ポリーさんと二人でエルヴィスの存在する全ての映像を観て吸収したし、取材やインタビューも全部目を通して、喋り方や手の動き方とかを細かく分析もした。ただ大切なのは、計算と自然体、その両方のバランスなんだよね」とオースティンは振り返る。

 「つまり、綿密に計算しながら演じることと同時に、それがあたかも初めて起きているかのように振る舞わなければならないので、その両方をうまく合わせることが難しかった。全てエルヴィスの視点から表現しようと思っていたので、エルヴィス本人が体験したもの、彼が育ったビール・ストリートで見たもの、ゴスペルを歌う教会で彼が聴いたもの、感じたものを知ることに時間を割いたんだ。だから、彼を真似た振り付けは一切していない。音楽を聴いた瞬間、勝手に体が動いてしまうという状態に自分を持っていかなければならなかったので、とにかく、内側からエルヴィスを感じられるようになるまで、エルヴィスのことだけを考えて3年間を過ごしたんだ」。
気が遠くなる役づくり。だが、確かにスクリーンには、オースティンの個性は鳴りを潜め、そこにはエルヴィスそのものが存在した。

■俳優として、常に自分が成長できる大きなチャレンジを探している

 ロックを生んだ世界的スーパースターなだけに、その重責から相当なプレッシャーがあったというオースティン。だが一方で、そんなチャレンジングな役を探している自分もいるという。「俳優として、アーティストとして、一番充実感を得られるときは、やはり自らの意志で大きな挑戦を受けて立ったときだね。だから僕は、自分が怖く思うもの、チャレンジングだと感じられるものを常に探している。
自分にインスピレーションを与えてくれた演技体験は、自分を成長させてくれるからね。『マイ・レフトフット』のダニエル・デイ=ルイスだったり、『レイジング・ブル』のロバート・デ・ニーロだったり…。そういった意味では、今回のエルヴィス役は、どこか超人的に扱われていた彼から、全てのバイアスをはがし、“人間”エルヴィスを探す旅は、とても惹かれるものがあったよ」

 自身のキャリアを変えてしまうくらい何かを要求される役を常に求めているというオースティン。次回作の話をするのは早計だが、将来、どんな顔をいくつ見せてくれるのか、実に楽しみな俳優だ。(取材・文:坂田正樹 写真:小川遼)

 映画『エルヴィス』は公開中。