『ロッキー』シリーズ最大のヒット作『ロッキー4/炎の友情』(1985)を、監督・脚本・主演を務めたシルヴェスター・スタローン自身が再編集し、新たに生まれ変わった『ロッキーVSドラゴ:ROCKY IV』が全国順次公開中だ。ロッキー役の吹き替えといえば、「クリード」シリーズに至るまで全8作に参加してきた羽佐間道夫。

そもそも自分が適任と思わなかったという羽佐間だが、それでも40年近く声を当ててきた羽佐間の目に、ロッキーとスタローンという男の生きざまはどう映っているのだろうか。さらに御年88歳にして、今年は新録吹き替えを3本収録するなど、米寿とは思えぬ精力的な活動を続ける羽佐間。声優界のレジェンドとして尊敬を集める存在だが、話を聞くと「逆に若手から盗もうと思っている」と、貪欲な仕事への姿勢が垣間見えた。

【写真】“米寿”羽佐間道夫、まだまだ意欲衰えず

■戸惑いが大きかったロッキー役 ディレクターたちと戦いながら込めた“優しさ”

 『ロッキー』のテレビ初放送となった1983年から40年近くに渡ってロッキーの吹き替えを担当し、ファンにはすっかりお馴染みとなった羽佐間だが、実は、今なお戸惑いがあるという。

 「この人の声を僕が表現できるとは思えなかったんです。野太い、悪く言えばケダモノみたいな声。
最初はそういう印象を受けました。要求に応えるために、少しでも声を下に落としてやれないかなと、海に向かって浄瑠璃を大声でやったんです。江ノ島まで行きましたよ。結婚してましたから『江ノ島までドライブに行こう』って言ったら、カミさんが喜んでついてきましたよね。プロ野球の試合を応援しに行ったら、明くる日に声がガラガラになっちゃうとかあるじゃないですか。それを期待してずっと夜までやりました。
そのうちにおまわりさんが来ちゃってね(笑)。『なにやってるんですか?』なんて聞かれて。でも(声を落とすには)3日、4日掛かるわけです、一朝一夕にはいかない。僕の役じゃないんだよなあ…って、ずっと思ってきていますね」。

 『ランボー』シリーズや『エクスペンダブルズ』シリーズなど、ささきいさおもスタローンの吹き替え声優として有名だが、こと『ロッキー』シリーズに限っては、「羽佐間道夫の吹き替えじゃないと…」というファンも多い。

 「(ささき)いさおの方が声質は近いんですよね。
だから、それはどうしてなのか?と皆さんに逆にお聞きしたい気持ちです。でもただひとつだけ、これだけは他の人には絶対にできないのはなんだろうと考えたら、ロッキーという人はね、“優しい人”なんですよ。妻のエイドリアンを愛し、あんな憎まれ口ばっかりの義兄ポーリーを愛し、息子を愛し、最後はエイドリアンのお墓にまで行ってうずくまっているというね。そういう優しさを僕は盛り込もうという一点ですね。獰猛なことばかりやってたってしょうがない、優しくて力強いのがヒーローですよ。スタローンはそれを狙ってたんじゃないかなと思います。
一貫して、その優しさを出そうと思って演じていましたね。強いばかりが男じゃねえよ、優しさがあるのが男なんだよって、(吹替版制作の)ディレクターたちと戦いながら。いさおには『君、スタローンの役をやってもいいけど、ちゃんとスタローンらしくやんなさい』なんて話したら、『うおぉい!』なんて威勢よくやってたけど、そうじゃないんですよね(笑)。普通に優しい声が出る、力強い男。それが理由なんですかね」。

■1ロール28分間を一気に収録 「エイドリアーン!」までのギャップに苦労

 オリジナル版の『ロッキー4』のテレビ放送は1989年。
当然、ロッキー役は羽佐間が務めた。「当時は今みたいに録音機器が発達していなくて、CMまでの1ロール28分間を今みたいに切れなかった。誰かがトチったら、全部やり直しになりました」と往年の吹き替え収録の現場を振り返る。

 「ボクシングのシーンだと当時は15ラウンドまでありましたから、その後で『エイドリアーン!』と叫んだりしなきゃいけない。映画は時間差で撮ってますけど、我々には時間差はない。そのギャップを埋めるのにみんな苦しんでましたね。
でも、リアルなシーンが録れたと思うんです。今は、特にコロナ禍になってからは、みんな1人ずつ録ることが多いですから、感情の行き来っていうのができなくなっています。昔は最後の最後でトチったら全部頭からやり直さないといけない。緊張感がありました。時間はすごく掛かりましたけど」。

 第1作時は30歳だったスタローンも今や76歳となった。コロナ禍を機に『ロッキー4』全編を見直し、ロッキー、アポロ、ドラゴそれぞれの“戦う理由”を掘り下げ、ドラマ性を重視して再編集したのは、多くの人生経験を経て“理想とする作品像”が明確となったからに違いない。その変化は羽佐間にはどう映ったのか。

 「スタローンは一貫してたと思いますよ。自分で書いた脚本、この映画でヒーローになるんだって最初から決めていて、主演は絶対に俺じゃないとダメだって、何人ものプロデューサーから散々言われても諦めなかったその強さがすごかったですよね。終始一貫して、考え方が何者にも左右されない。それは『ランボー』もそうだと思います。不器用なんですよね、器用じゃない。とっても真面目で心優しい。なのに一旦リングに上がったら、ものすごく強くなる。だからみんなに認められた、愛されたロッキーになったんじゃないかと思いますよね」。

■“米寿イヤー”に新録3本! 衰えぬ意欲「若い人から盗もう盗もうと思ってる」

 今年は3月放送の『ジョーズ2』のロイ・シャイダーを皮切りに、先日関西で放送された『ひまわり』のマルチェロ・マストロヤンニ、そして10月発売の『ジャッカー』で同じくシャイダーの吹き替えを新たに収録している。“米寿イヤー”にふさわしい…どころではない大活躍。88歳とは驚きだ。

 「本当になぜなのか?と思うんですよ。今は声優で上手い人、本当にすげぇなという人がいっぱいいますよ。『ひまわり』なんて、40数年前に録った作品ですよ? それをね、今またどうして僕なの? 若い人に変えたらいいじゃないですか、と思うんです。ソフィア・ローレンは(前回の此島愛子ではなく)勝生真沙子がやりましたけど、30代設定の役をね、80何歳のおじいさんにやらせようなんて、みんな勉強してないんじゃないかって思いますよ(笑)。もう僕じゃなくていいんじゃないの?って思いますけど、作っている側の人たちは年齢が高いから、思い出の『ひまわり』の感動をそのまま再現してほしいんだと、ノスタルジーに駆られてる人が多いんじゃないかと思いますけどね」。

 とはいえ、今回の『ロッキーVSドラゴ』がソフト化される際には、やはりファンは羽佐間の吹き替えを望むだろう。

 「じゃあ、(やらなくていいように)なるべく早く死ぬようにしますよ(笑)。お話は必ず来ると思いますよね。その時に、断るなら断りますし、毅然として断るのか、スケベ心を起こしてもう1回やろうか?という話になるのか……。両脇をね、支えられながらやっとマイクにたどり着いて、『すみません、5分前まで座らせておいてください』って(笑)」。

 『ロッキー4』の吹き替え版でアポロ、ポーリーをそれぞれ担当した内海賢二さん、富田耕生さんもすでに亡くなり、小林清志さんをはじめ、続く声優の訃報に「今はもう私の周りにはほとんど“同胞”がいなくなりました。寂しい限りだと思いますが」と言葉を漏らした羽佐間。だが、その意欲はまったく衰えを感じさせない。

 「年取った人たちは、若い人に優しくないんですよね。若い人に『いいねー』って言ってあげたら、その人はグンって伸びるのに、あいつはヘタクソだ、ふてぶてしいとか言っちゃう。若い人たちと一緒に笑いながら、酒を飲みながらギャーギャー言いながらじゃないと、僕らはステップアップできないと思ってるんです。少なくとも、名を得た名人には、次の世代に優しく芸を渡してやってくださいよと言いたいんです。どうしてこんなにすごいことやれるのかなって感動してしまう若い人はいっぱいいますよ。結局は、自分が感動して初めて自分のものにしていけるわけですから」。

 そして、「こういう(声優の)世界の中で、僕は名前を存じ上げてない人はいっぱいいますけど、向こうは僕のことを知ってるんですよね。ずっと見渡すと、じいっとこちらから何かを盗もう盗もうとしてるんだけど、僕は逆に向こうから盗もう盗もうと思ってる。そういう姿勢なんですよね」と続ける。

 レジェンドと称されつつも、まだ貪欲に成長しようとする姿勢は、「僕の役じゃない」どころか、倒れても倒れても立ち上がってきた不屈のロッキーそのままではないだろうか。(取材・文:村上健一 写真:松林満美)

 映画『ロッキーVSドラゴ:ROCKY IV』は公開中。