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企業のDXが進むと同時に、病院のDXも活発になっている。その一例が、愛媛県四国中央市にあるHITO病院の取り組みだ。

同院は、スタッフへのiPhone提供やチャットの活用に力を入れ、患者に対する新たなケアシステムを構築してきた。それによる効果も出ており、例えば看護師全体で年間6000時間の時間外労働を削減したという。

市場で注目を浴びているトレンドを深掘りする連載「マネ部的トレンドワード」。デジタルヘルス編4回目の本記事では、HITO病院のDXについて、石川賀代理事長と脳神経外科部長 兼  DX推進室CXO (Chief Transformation Officer) の篠原直樹氏に取材した。

DXのきっかけは、脳神経外科医が1人となった状況

HITO病院では、早くから積極的にDXを進めてきた。始まりは2017年頃。同院の脳卒中医療において、常勤の脳神経外科医が2人から1人になったことがきっかけだったという。



同院のある四国中央市は、愛媛県の東端に位置し、人口約8万人のうち3割以上が65歳以上という高齢化の進むエリアだ。HITO病院は、前身となる石川病院時代から長い間、この地で地域医療を担ってきた。救急医療や急性期(※)の医療に対応するほか、回復期のリハビリや緩和ケアも行う。総勢570名ほどのスタッフが在籍する、地域の中核病院だ。

※病気の発症から回復期などに移行するまでの期間における医療

そんな同院は、先述した脳卒中医療での課題に直面した。少ない人員で24時間体制の救急医療をどう構築すれば良いのか。

解決策として、スタッフにスマートフォンを提供し、業務用チャットを活用した。診療をさえぎる電話が減少し、チャットによる情報共有と対話にシフトすることで医師のストレスが軽減された他、医師の承認が迅速にとれることで、業務も早く片付くなど、効率化がなされたという。

これ以降、同様の施策を他の診療科にも展開していった。2019年には、スタッフに業務用のiPhoneを1人1台提供し、DXを推進してきた。

「今後の病院経営を考えると、デジタル技術によって医療全体のプロセスを最適化する必要があると考えました。2040年には市の人口の40%が高齢者となり、認知症も、およそ5人に1人の確率で発症することが予想されます。

医療体制を手厚くする必要があるでしょう。一方で、病院スタッフの確保はより厳しくなるはずです。人手不足の中で病院経営の安定化を実現しなければなりません。そのためにはデジタル技術が必要でした」(石川氏)

「少人数で高い生産性を実現」愛媛のHITO病院によるDXは未来のモデルケースになるか


さらに、HITO病院ならではの課題として、同院のグループは市内20箇所に介護や福祉の事業所があり、スタッフは拠点間を行き来することも多かった。「デジタル化を進めて情報共有を簡単にすれば、移動時間の削減ができるほか、各事業所のスタッフがより密に連携し、地域包括ケアシステムの実現が可能になります」(石川氏)。そのような考えもDXを進める動機になった。



新しいケアシステムにより「スタッフが長く患者の近くにいられる」

これ以来、さまざまなDXの取り組みを行ってきた同院だが、なかでも象徴的なのが、デジタルツールやICTを使い、患者への新たなケアシステムを構築した点だ。

「スタッフがiPhoneを使って電子カルテや業務用チャットをどこでも自由に活用できるようにしたところ、例えば看護師が以前のようにナースステーションへ都度戻って書類を確認する、他スタッフに申し送りをするといった行動が減りました。その結果、患者さんのベッドサイドに長く滞在して、質の高い看護やケアを行うことが可能になったのです。そこで従来の体制を大きく変え、新たなケアシステムを構築しました」(篠原氏)

具体的には、今までのナースステーションのような“全員の拠点”を設けることなく、病棟をエリアごといくつかの「セル」に区分して、それぞれのセルにスタッフを配置しチームを組成する。そうして、各スタッフは自分の担当セル内で行動する形だ。患者から離れる機会が減り、つねに近くにいられるという。

「各セルのチームには、看護師やその補助をするスタッフ、セラピストなどが含まれます。

スタッフ同士はチャットでつながっていますから、特定の拠点がなくてもコミュニケーションには困りません。また、このチャットは薬剤師や栄養士にもつながっています。“多職種”が連携して担当の患者やエリアを見るのです」

実際にこの体制に移行すると、スタッフの移動距離が1日4~5km減少したほか、「1日100分の時間創出、看護師全体で年間6000時間の時間外労働削減につながりました」と、篠原氏は話す。

「少人数で高い生産性を実現」愛媛のHITO病院によるDXは未来のモデルケースになるか


チャット導入は患者の“リハビリ”にもメリットを生んだという。例えばリハビリスタッフの日々のミーティング時間が短縮されたことで、ベテラン管理職が現場のリハビリに介入できる機会が増えた。経験豊富なスタッフが現場に入るので、リハビリの質が上がることも期待できるという。



「病院全体で見ても、入院患者や救急患者、オペ件数などは増加していますが、スタッフの時間外労働は大きく増えていません。現場のゆとりを確保しつつ、病院のパフォーマンスを高めることができていると感じます」(石川氏)

持続可能な病院経営に必要な「少人数で高い生産性を実現すること」

さらに同院は2024年1月、急性期病床を257床から228床へと削減した。通常は病床が減ると収益も減るが、同院は病床の高稼働、高回転により収益性も保たれている。大きな理由は、手厚いケアによって患者の回復や退院のサイクルが早まるなど、1人あたりの在院期間が短くなり、病床が減少しても以前と変わらず患者を受け入れられているからだ。

「それを可能にしたのも、デジタル技術によって入院後すぐにスタッフが患者の情報を共有し、治療や手術をスピーディに行えるからです。しかもさまざまな職種のスタッフが介入し、密度の濃い治療やケアを実現しています。」(石川氏)

病床を減らしながらも収益を確保するのは、今後の医療機関にとって非常に重要なことだ。冒頭で述べたように、これからは医療人材の不足が予想され、今まで通りの病床数を維持することが難しいケースも出てくる。また、2024年に始まった医師の働き方改革や診療報酬改定なども病床の削減につながる。

一方、病床数の減少によって医療機関の収益性も落ちてしまうのは、高齢化が進む日本では避けたい。では、少ない人手でどのように経営していくのか。そのヒントになる事例かもしれない。

「私たちは、今後もDXを進めていく予定です。例として、スマートグラスで空間と空間をつないだ遠隔支援を目指すほか、生成AIの活用でカルテ業務の効率化を図ることも考えています。また、デジタル技術やICTにより、病院や所属の枠組みを超えて、さまざまな専門職のスタッフが連携するシステムなども作っていきたいですね」(篠原氏)

続けて石川氏は、このようにDXへの期待を述べる。「医療スタッフにとって夜勤の負担は大きいものがあります。特に若い医師や看護師は、夜勤に不安を感じるケースも多いでしょう。デジタル技術により、先輩が夜勤を遠隔からサポートするなど、心理的な支えにもなることを期待しています」。

高齢化の進行と、医療人材の不足が予想される日本。2つの課題を解決するには、デジタル技術やICTが必要不可欠だ。今後も、日本全国の病院でDXが加速していくだろう。

(取材・文/有井太郎)

※記事の内容は2024年4月現在の情報です