ディズニーの名作アニメーションを実写映画化する『リトル・マーメイド』で、主人公の美しい歌声を持つ人魚姫・アリエル役の吹替声優に抜てきされた豊原江理佳。好奇心旺盛なアリエルの前に進む力までを表現した歌声も圧巻で、初声優とは思えぬ演技を披露している。

自分の心を解き放っていくアリエルだが、豊原自身「自分にレッテルを貼ってしまっていた」という過去があるという。そこから解放されるまでの道のりや、本作に込めた思いを語った。

【写真】アリエル役に大抜擢! 今後の活躍がますます楽しみな豊原江理佳

■少女時代に『リトル・マーメイド』で音楽の素晴らしさを実感

 創立100周年を迎えるディズニーが、1991年に公開(米公開は1989年)後に『アラジン』『美女と野獣』の誕生へ続くきっかけとなった『リトル・マーメイド』を実写映画化。まだ見ぬ人間の世界に憧れるアリエルが、王子エリックと運命の出会いを果たし、新たな世界へと飛び出そうとする姿を描く。

 「もともとアニメーション版の『リトル・マーメイド』が大好きだった」という豊原。「小学校6年生のときにブロードウェイの『リトル・マーメイド』を観て、音楽の素晴らしさを実感しました。アリエルの歌う『パート・オブ・ユア・ワールド』も、旋律が少し変わるだけで、決意の歌になったり、挫折の歌になったりもする。あらゆる楽曲を通して海を感じることもできたりと、音楽っていろいろなことが表現できるんだと思いました。帰ってからもCDを何度も聴いて、『リトル・マーメイド』の世界に没入していました」と述懐。

 期待の新人ハリー・ベイリーを主演に迎えて実写化が叶い、本国版の予告編をたまたまYouTubeで目にした豊原は、「ビビビッと来たんです。直感で『これは特別な作品になる』と思い、事務所に「吹替版のオーディションがあったら、受けさせてくださいとお願いした」のだとか。「自分からこんなにも『やってみたい』とお願いしたのは初めてのこと。
そうしたらちょうど事務所に、オーディションのお話が来ていたんです」と運命的なタイミングだったことを明かす。

■伸び伸びとアリエルを演じられた

 オーディションを振り返ると、「緊張していて、よく覚えていない」と苦笑い。「とにかく、ハリーさんの歌声が素晴らしかった。クラシカルな魅力がありながら、アリエルの等身大の感情が歌にも表れているんです。それを出しつつ、自分の表現も乗せたいなと思っていました。アリエルの心の動きを研究して、『できることをしっかりとやろう』という気持ちで準備をしてオーディションに臨みました」と前のめりで挑み、見事にアリエル役を獲得。合格の報せを受けた時には大粒の涙を流した。インタビュー当日もアリエルをイメージした衣装に身を包んでいたが、「夢が叶いました。本当に幸せです」と喜びをかみ締めていた。

 大役を手にした豊原は、喜びと同時にもちろんプレッシャーも感じたと話す。しかしながら「チームの皆さんが、私が萎縮せず、伸び伸びと収録できるような環境作りをしてくださった。『豊原さんの思うようにやってみてください』『アリエルって今、お父さんに対してこういう気持ちでいるはず』と自然とアリエルの気持ちに寄り添えるようなディレクションをしてくれたりと、みんながファミリーだと感じられるチームでした」と温かなチームのおかげで、「『いいものを作りたい』という熱意を感じられる現場で、行くのがものすごく楽しかった」と緊張することなく、伸び伸びとアリエルを演じられたと感謝しきりだ。


■コロナ禍で変化した女優業への思い

 ディズニーヒロインという夢を叶えた豊原は、1996年生まれの27歳。2008年に『アニー』で主役の座を射止め、デビューを果たした。高校卒業後はニューヨークに留学し、帰国後はミュージカルを中心に映画やドラマで活躍をしている。

 芸能の世界に足を踏み入れたきっかけについて、「父親がミュージシャンで、小さな頃から音楽に触れてきました。母が市民ミュージカルのチラシを見せてくれたことをきっかけに、舞台の上で表現することの楽しさを知りました」と振り返るが、コロナ禍以前と以降では、女優業に感じる醍醐味に変化が生まれたという。「コロナ禍以前は、舞台の上で自由を感じたり、いろいろな表現ができるということにやりがいを感じていました。すべてベクトルが自分に向かっていたんですね。でもコロナ禍に突入して、『私たちの役割ってなんだろう』とたくさん考えて。今では観客の方に『届けたい』という思いが、一番のやりがいになっています」としみじみ。「アリエルは、小さなことに幸せを感じることや、自分の中に希望を持つことの大切さを伝えてくれる。本作を観たときにも『エンタメには力がある。決してなくなっていいものではない』と改めて思いました」と力強く語る。


■自分に貼っていたレッテル「周りのみんなと同じになりたい」

 劇中では、人間と人魚の間にある壁も描かれる。アリエルは自分の心の声に耳を傾け、その壁を力強く乗り越えていこうとする。ドミニカ共和国出身の父、日本人の母という二つの国にルーツを持つ豊原だが、自身も“壁”を感じた経験があると打ち明ける。

 「私が育った場所では、その当時はまだハーフという存在が珍しかったんですね。子どもの頃は通りすがりにいろいろと言われることもあって」と切り出し、「『普通になりたい』『周りのみんなと同じになりたい』と思って、癖っ毛の髪を一生懸命に伸ばそうとしたりしていました。目立たないように、隠れるようにして生きていたようなところがあります」と照れ笑いで告白。「でも海外に留学したり、東京に上京してみると、本当にいろいろな人がいる。すると『私ってなんだろう』って思ったんです。20歳の頃には『私は私だ』と思えるようになって、自分を解放することができました」とほほ笑み、「以前の私だったら『アリエルをやりたい』と飛び込んでいくなんて、考えられないこと。自分でもびっくりしています(笑)。考えてみると、周囲からのレッテルもありますが、『私はこう見られている』『私ってこうだから』など自分で自分に対してレッテルを貼ってしまっていたんだなと思います」と自分を縛っていたのは、自分でもあったという。

 アフリカ系アメリカ人のハリー・ベイリーがアリエル役に抜てきされたことでも話題になっている本作だが、「アニメーションの『リトル・マーメイド』に触れてきた方々から、いろいろな意見が上がることもとてもよく分かるんです。
その気持ちも決して間違っていないし、とても大切なもの」と豊原。「でも本作を観ると、ハリーさんがものすごくチャーミングでかわいらしい。それがすべてだなと感じました。素晴らしいものは届いていくはずだし、愛されるものになると信じています」と真っすぐな瞳を見せる。

 「私だけではなく、たとえば『もうこんな年齢だから』など誰もが自分に対して貼ってしまっているレッテルってあると思うんです。そういったものから解き放たれて、『自分の心のままに飛び出してほしい』『みんなに届け!』という思いを込めて収録していました」とアフレコを回想した豊原だが、インタビュー時もこちらの質問に熱心に耳を傾け、終始心のこもった言葉を口にしていた。歌声そのものの美しさはもちろんのこと、その思いやりのある人柄と本作に込めた願いが見事に反映されているからこそ、本作のアリエルは観客を惹きつける魅力にあふれている。ぜひ日本語版にも注目してほしい。(取材・文:成田おり枝 写真:松林満美)

 映画『リトル・マーメイド』は公開中。

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