猿の人形が太鼓を叩くと、それを合図に誰かが死ぬ。パンチの効いた直球勝負の内容に、本国では予告編再生回数が72時間で1億900万回を突破、スマッシュヒットを記録した話題作『THE MONKEY/ザ・モンキー』。

監督は2024年度の独立系映画全米興収No.1に輝く『ロングレッグス』の鬼才、オズグッド・パーキンス。人気作家スティーヴン・キングの「猿とシンバル」を原作に、独自の視点を全面に出して翻訳。予期せぬタイミングで、時には滑稽に見える死が理不尽な運命として降りかかってくる。「なぜこんなことが起こるのか」――。『ロングレッグス』に続き、監督の自問がひとつの強固な意思として映画の根幹を支えているのは明らかだ。そこには、父である『サイコ』(1960)の名優アンソニー・パーキンスを病気で、写真家の母ベリー・ベレンソンをアメリカ同時多発テロ事件で亡くした記憶が鮮烈に結びついている。徹底してパーソナルでありながら、スティーヴン・キング作品特有の郷愁とも深く共鳴する筆遣いがまた面白い。そんなユニークな作品作りの背景を監督に聞いた。

【写真】まるで殺人カタログ・・『ザ・モンキー』次々起こるショッキングな死!

■トラウマ級の喪失を乗り越えるための奇妙なおまじない

――本作の脚本は『ロングレッグス』(2024)以前に書かれたそうですが、この2本には共通点があります。どちらも1990年代のアメリカを描き、ぎこちない関係の親子を謎めいた邪悪が脅かす。両作には何かリンクがあるのでしょうか。

オズグッド・パーキンス監督(以下、パーキンス監督):どちらも僕が源泉だからね。
映画で表現するアイデアや主題、トーンに構造、いずれも僕の内側から滲(にじ)み出たものだ。何かの模倣ではなく、自分にとっての真実とは何かを探り、様々な面を投射して映画の形に具現化させた。だから“ノンジェネリック”な作品と言えるだろうね。

――スティーヴン・キングの原作と違い、主人公ハルには双子の兄弟ビルがいて、2人は同じ境遇に置かれながら明暗を象徴するような少年です。それがキングの小説『ダークハーフ』(1989)や、本作の製作者ジェームズ・ワンの『マリグナント 狂暴な悪夢』(2021)を連想させますが、創作のうえで意識はしましたか?

パーキンス監督:『マリグナント~』は大好きだ。一般ウケは良くなかったが、あの映画に込められたジョークは最高だね。キング映画なら(原作では双子じゃないが)『シャイニング』(1980)も忘れ難い。不気味な双子はホラー映画のクリシェだが、本作はちょっと違う。双子の兄弟を演じるのはテオ・ジェームズ。同じ顔のイケメンが2人も出てきて、お得だよ(笑)。

――少年時代のビルは、シッターと母を立て続けに失い、もう葬儀に出たくなくてずっと喪服を着て過ごす。この場面は子ども特有のナイーブさが良く出ていたと思います。


パーキンス監督:母親の死というトラウマ級の喪失を抱えた彼は、制御不能な状況に“マジカルシンキング”で対応する。喪服を脱がなければ、新たな不幸は来ない。何の根拠もない、子どもなりの変なロジックだ。パソコンに向かって脚本を書いてたら、自然とこのアイデアが降りてきたんだ。

――童心に強く訴える馬鹿げた「おまじない」もスティーヴン・キング好みの要素ですよね。監督はキングが描くような超常現象、悪魔や幽霊を信じますか?

パーキンス監督:この目に見えるものだけが世界ではないはず。スピリチュアルな存在を感じる人、樹木の精霊を信じるアニミズム的な思想を持つ人、地球以外の天体に生命体が生息すると考える人もいる。生命は始まりと終わりの不可逆な一直線上にあるのではなく、円環をなしているんじゃないか。僕には「霊なんていない」と、偉そうなことは言えないね。

■父親のその後は?

――監督は『サイコ2』(1983)から俳優としても活動し、本作でもチップ伯父役を演じていますが、このクレイジーな役のモデルはいますか?

パーキンス監督:正直、役者業はあまり楽しくない。僕は芝居が上手い訳でもないし。友達の依頼で1日程度の顔出しならやってもいい。
チップ伯父さんはチェビー・チェイス主演の『ホリデーロード4000キロ』(1983)でランディ・クエイドが演じたおかしな従兄弟役がモデルだ。8歳の頃に観て大きな影響を受けた。『THE MONKEY/ザ・モンキー』の奇妙なロードトリップはあの映画に似ているね。

――『ロングレッグス』と本作にチラッと出演している娘のベアトリクスさんはとても雰囲気のある方ですが、今後もっと大きな役で一緒に映画を作る可能性はありますか?

パーキンス監督:実はこの秋、10月から撮影する新作を準備中なんだ。『ロングレッグス』や『THE MONKEY/ザ・モンキー』と同じNEON配給で、娘も出る予定。今どきのティーンズの話で、登場人物はどれも娘がモデルだ。子どもに囲まれて、十代の会話を聞いていると、その話し方がシェイクスピア風のリズムを刻んでいるように思えてね。台詞は全て、今のティーンたちの言語で書いてみたんだ。

――映画では兄弟の父親が生死不明なのが気になりますが、いつか続編で彼の「その後」が分かるときがくるのでしょうか。

パーキンス監督:残念だが「その後」はないかもね。アダム・スコットが好演した父親は、僕が思う典型的なアメリカの父親像だ。パイロットで世界中を周遊しながら、しょうもない「お土産」を買ってくる。
ブーメランや下駄、盆栽。馬鹿なアメリカ人が外国旅行で買いそうなものばかりだ。何かしらの怖い因縁を秘めた、猿の人形もそのひとつだね。

■ホラー映画は一種の“良薬”

――本作では思わず笑ってしまうような突飛な死が次々と披露されます。同じく、不条理な死をダークコメディのように描いた『ファイナル・デッドブラッド』(2025)もアメリカでは大ヒットしました。死という主題に人々が惹きつけられるのはなぜだと思いますか。

パーキンス監督:この世界が狂っているからだ。絶対に起きないと思っていた事態より、さらにクレイジーなことが起きる。もう、何でもアリだ。そんな世界への対処法のひとつが、現実よりも狂った、破壊的で奇妙な映画を大勢で90分間楽しむこと。映画が終われば各々が家に帰り、おいしい食事を食べ、ぐっすりと寝る。子どもと遊び、愛する人に会い、好きな本を読む。
目の前で世界が壊れてゆくのは悲しいが、気分転換にホラー映画を観て、劇場を出たら恐ろしい状況とは縁が切れる。自分でコントロール可能な恐怖体験は健康的だ。現代社会においてホラー映画は一種の“良薬”なんだ。

――監督が役者として出演した『Nope/ノープ』(2022年)のジョーダン・ピールや、アリ・アスターも自身のパーソナルな部分を作品の根底に据えた作り手だと思います。彼らにシンパシーを感じますか?

パーキンス監督:アリと面識はないが、ジョーダンとは親しいよ。僕らが大舞台で活動できるのは稀有なことで、ラッキーだと自覚している。同時に素晴らしい特権には責任が伴うし、恩返しを果たす責務もある。少なくとも僕は、観客が喜ぶものを目指している。コンテンツに溢れた世界で“声”を与えられた立場として、何を生み出すか慎重に考えて、自分の作品と向き合いたいんだ。

(取材・文:山崎圭司)

 映画『THE MONKEY/ザ・モンキー』は公開中。

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