ドラマ『不適切にもほどがある!』で話題となり、映画『あんのこと』で第48回日本アカデミー賞 最優秀主演女優賞を受賞、連続テレビ小説『あんぱん』で好演を見せるなど、河合優実はいま日本中がその演技に注目していると言っても過言ではない存在だ。この秋、3年ぶりの舞台出演となる『私を探さないで』では、念願の岩松了作品に初挑戦。

稽古開始前の河合に、岩松ワールド参戦への思いや『不適切~』後の環境の変化などを聞いた。

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◆岩松作品の魅力は「難解でも分かりたくなるところ」

 本作は岩松がM&Oplaysと定期的に行っているプロデュース公演の最新作。スティーブン・ミルハウザーの短編小説『イレーン・コールマンの失踪』にインスパイアされ、背景を現代の日本へと置き換えた岩松流のサスペンス劇として上演。河合のほか、舞台『いのち知らず』以来4年ぶりの岩松作品参加となる勝地涼、2016年の舞台『家庭内失踪』以来の岩松作品参加となる小泉今日子ら実力派が顔をそろえる。

――『私を探さないで』出演オファーを聞かれた時のお気持ちはいかがでしたか?

河合:「いつか参加したい」と思いながら、ずっと作品を観ていたので「やっと出られる!」と思いました。プロットを拝見して、過去とか、もう絶対に変えられないことと向き合っていくお話になるのかなという印象を受けました。

――岩松さんに対してはどんな印象をお持ちですか?

河合:大学で岩松さんについてレポートを書いたことがあるんです。現代の日本の演劇の巨匠と言っていいくらいの方ですが、同じ事務所なので顔を合わせるとすごく優しいおじさまで(笑)。威圧感だったり、怖いなっていう印象を抱いたことが全然ないんですよね。やっと稽古場に行けるのが楽しみです。

――岩松作品の魅力はどんなところに感じますか?

河合:ちょっとほかの脚本とは違う岩松さんだけの文体があって。すごく上品で複雑だけど、言葉がとにかく唯一無二で、笑えるところもあって。
難解って言われることもあると思うんですけど、「分かんなくていいから、感じるだけで面白いじゃん」というのともちょっと違う気がしていて、分かりたくなるところがすごく素敵だなと感じます。観客を動かす力がものすごい方だなと思います。

お客さんとして拝見する岩松さんの作品は、能動的じゃないと楽しさが半分くらいになる気がします。お届けしますっていうより、置いていくみたいな感じで、それを鑑賞するという体験というか。お客さんと演者の関係性もけっこうほかとは違う感じがしますね。

――岩松さんが「河合優実という女優が、この失踪者であると思った時、私の中でドラマが動き始めたのは、ふと姿を消し我々を不安に陥れる何かを彼女の中に見たからでしょう」とコメントされていました。

河合:そのコメントを読んだ時は本当にびっくりしました。岩松さんの中でのイメージだったり期待が少なからずあると思うのでプレッシャーもありますけど、そんなことを思って書いてくれてるんだっていうのはゾクゾクする期待と不安のどちらもあります。

――岩松さんの稽古場は初体験。どんな雰囲気か周囲にお話を聞かれたりはしましたか?

河合:自分からリサーチせずともいろんな人から体験談を聞くような演出家さんなので(笑)。たくさんお話を聞いてきたんですけど、人によっておっしゃることが違って。ものすごく楽しい実りの多い稽古場だよと言う人もいるし、とにかく大変って言う人もいるし、噂が多いです。
ビビる部分もありますけど、ちょっと尾ひれがついている感じもするので(笑)。自分の体験を武勇伝のように大きく聞かされている気がするから、緊張しすぎずフラットに確かめに行こうと思います。

――今回、岩松さんは作・演出のほか、共演者としての一面もお持ちです。役者・岩松了の印象はいかがですか?

河合:ご自身で書かれるものとは裏腹に、すごく親しみやすい役だったり、しゃべってるだけで面白いみたいな役だったりをされている印象が多いです。出てくるだけで笑っちゃうみたいなシーンがあったり、軽やかな印象がありますね。

◆納得したいタイプだが、理屈で考えず思い切ってやり切りたい

――主演の勝地さんにはどんな印象をお持ちですか?

河合:すごく多面的な方だなとは思うんですけど、基本的なバイタリティというか、持っているエネルギーがすごく大きい方なのかなと感じます。どういう作品に出られていても、舞台で観るのがとても楽しい方だなって思います。

前回の『いのち知らず』も拝見したのですが、岩松作品での勝地さんはほかの作品に出てらっしゃるときと、表に出ている面が違うかもしれないと感じました。(仲野)太賀さんとの掛け合いが多かったので、駆け引きというか、勝地さんが持ってらっしゃる外側に出す力じゃなくて、引きながら相手役と関係をどんどん作り続けている感じが観ていて楽しくて。今回の作品でもそういうところをたくさん観られると思うし、役として関わり合っていくのがとても楽しみです。

――小泉さんとは初共演です。

河合:授賞式の場で一度お会いしたことがありますが、今回ご一緒できてとてもうれしいです。
最近のお仕事を拝見していても、「こんなふうに大人になりたいな」ってすごく思わせてくださる方で、小泉さんの表現もそうですけど、人としての姿勢が素敵だなと思います。

授賞式でご挨拶した時にはすごくにこやかに、「一緒にできるの楽しみ。よろしくね」って言ってくれて。やっぱり緊張するので、初対面が稽古じゃなくてよかったなって思いました(笑)。

――CMで小泉さんの『なんてったってアイドル』を披露されていましたが…。

河合:開口一番に「すみません」とお伝えしました(笑)。「テレビから自分の歌が流れてきてるのがうれしかった」って言ってくれて、なんて寛大な方なんだって思いました。

――今回河合さんにとって3年ぶりの舞台出演となります。

河合:もともと憧れたのは舞台のほうだった気がします。ダンスをしていたので、目の前にお客さんがいて、みんなで時間をかけて作ったものを観てもらうという体験がすごく楽しくてこの世界に入ったので、原点はステージっていう感覚があります。

――3年前にご出演の舞台『ドライブイン カリフォルニア』は松尾スズキさんの作品で、大人計画をはじめそうそうたる皆さんとの共演でした。

河合:舞台が好きだから楽しい楽しいでやってきて、『ドライブイン カリフォルニア』でハードルを感じた記憶があります。
モンスターのように面白い皆さんの中で皆川(猿時)さんの奥さんの役だったんです。「できるかな」「なんでこんな役をやらせてもらっているんだろう」という萎縮がありました。松尾さんにもいっぱいご指導いただいて、稽古が終わってやっとスタートラインに立てたみたいな感覚でした。

――舞台の楽しさはどんなところに感じられますか?

河合:始めたときは、舞台、演劇表現というよりは、もうちょっとショーみたいな感覚で、こっちがやったことに対してお客さんが泣いたり笑ったりしてくれることが楽しすぎて、その気持ちだけでしたね。私もそこから経験を積んで、今回岩松さんの舞台をやらせていただくことで、演劇に新しい発見があると思うのでとても楽しみです。

――岩松作品の世界観を体現するにあたり、どういうことが必要になってくると感じられていますか?

河合:何が必要なんだろう…。勝地さんも言ってくださったんですけど、あまり理屈で考えすぎず、一回思い切ってやり切ってみることが大事なのかなと思っています。臆病に繊細になりすぎると、あまり面白くないかもと思うので。

自分はいつも納得したいタイプな気がするから、納得したり理解したりできなくても稽古っていう贅沢な時間で、体を動かしてみるということをやってみたいと思います。

――納得したいというのは?

河合:役、作品どっちもですね。なんでこの行為をしているんだろう?って分かんないままやるっていうのが苦手なんです。でも今回いい意味でそういうことがありそうなので、“体で理解する”みたいなほうが楽しめるのかなって思ってきました。


◆周囲を取り巻く環境の変化でモチベーションに変化

――河合さんのお芝居は観る者の想像力をかきたてるというか、何かあるのではないかと考えさせるような印象があります。

河合:わざとではないんですけど、なんかこう緊張してる時も緊張してるように見えないと言われたり、気持ちや今感じてることを全部見せるタイプじゃないと思うんです。だから見る方が勝手に解釈してくれる面もあるのかなって思っています(笑)。

全部開放している役が面白いときももちろんあると思うんですけど、そうじゃない表現のほうが面白い役もたくさんあるので、外から観た時に読み取れる情報みたいなものはけっこう調節してるかもしれません。

――ご自身のお芝居はどのようにご覧になりますか?

河合:失敗したなとか(笑)。後悔もたくさんありますし、そういう時はめっちゃ悔しいですね。初号を観て、「やっちゃった」と泣くときもあるし。

でもすごく素敵な役の瞬間を撮ってもらえたときとかは、絶対に自分だけの力じゃないですし、本当にうれしいですね。

――『あんぱん』で豪ちゃんを亡くした蘭子のお芝居もとても素敵でした。

河合:それこそでした。放送で観た時に、いいカットを撮ってもらえたなとうれしかったです。

――デビューから6年が経ちましたが、どんな変化がありましたか?

河合:ずっと目の前の作品に向き合っているので、物理的な忙しさだったりはそんなに変わっていない気がします。
……いや、絶対変わってはいますよね(笑)。気持ち的には一年の感覚や曜日感覚がないすごく不規則な仕事なので、作品単位で過ごしている感覚は変わりません。

いろんな作品に関わらせていただいて、圧倒的にたくさんの人に知ってもらえたし、環境としては全然変わったかなと思います。楽しいからこの仕事を始めたし、自分に返ってくるものが大きいということがモチベーションとして最大だったんですけど、そこから時間が経って、世の中の人に届けてるんだなということがすごく大きくなってきました。

どの作品もゲームのセーブポイントのような感じで、ここが自分の転機だと何度も思ってきたんですけど、やっぱり昨年の『不適切~』は本当に環境というか、周りから見た自分の存在がすごく変わった作品だったと思うし、本当に感謝しています。

――以前お話を伺った時に、デビュー当時は暗い背景の役が多かったとお話されていました。さまざまな役を演じることで学んだことも大きいですか?

河合:確かに何かを背負ってる人が多かった気がします。でも、最近の作品でいうと連続テレビ小説『あんぱん』の蘭子のような役を演じることで、表現としても人としても、自分も知らなかった一面や、知識や、こういうやり方もできるんだっていうことを見つけさせてもらっている感じがするので、それは俳優としてとてもうれしいことです。

(取材・文:佐藤鷹飛 写真:米玉利朋子[G.P.FLAG Inc.])

 M&Oplaysプロデュース『私を探さないで』は、東京・本多劇場にて10月11日~11月3日、大阪・梅田芸術劇場シアター・ドラマシティにて11月6日~11月10日、富山・富山県民会館ホールにて11月12日、愛知・東海市芸術劇場大ホールにて11月15日・16日、広島・JMSアステールプラザ大ホールにて11月19日、岡山・岡山芸術創造劇場 ハレノワ中劇場にて11月22日・23日上演。

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