映画、ドラマ、舞台とさまざまな作品で抜群の演技力と存在感を放ち、観客の目を釘付けにする大竹しのぶ。まもなく幕を開ける舞台『リア王』では、長いキャリアにおいて初めて成人した男性役に挑戦する(少年役は『にんじん』で経験あり)。

難役に奮闘する大竹にシェイクスピア作品の魅力や舞台出演が続く日々を支えるエネルギーの源について話を聞いた。

【写真】いつまでも変わらないキュートさ!大竹しのぶ、撮りおろしショット

◆“男性役”を意識するのではなく“人間・リア”を演じたい

 Bunkamuraがおくる DISCOVER WORLD THEATREシリーズ第15弾で、シアターコクーン前芸術監督・蜷川幸雄の生誕90年を記念し“NINAGAWA MEMORIAL"と題し上演される本作。フィリップ・ブリーンが上演台本と演出を手掛け、『ハムレット』『マクベス』『オセロー』と並ぶ四大悲劇のひとつである『リア王』をこれまで日本で上演されてきた戯曲を一新させた、現代的で新鮮な再翻訳版として届ける。

 生と死、親と子、権力と政治…。裏切りと愛憎が交錯する中で、狂気へと走らざるを得なかった愚かしくも痛ましいリア王を大竹しのぶが体現し、その3人の娘を宮沢りえ、安藤玉恵、生田絵梨花が演じる。そのほか、成田凌、鈴鹿央士、西尾まり、横田栄司、勝村政信、山崎一と個性と実力を兼ね備えた魅力的なキャストが顔をそろえる。

――大竹さんが『リア王』を演じる。第一報を聞き、「そう来たか!」と思いました。ご自身は、出演オファーをどのように受け止められましたか?

大竹:もともとフィリップと次に何をやるかという話をしていた時に、フィリップがいくつか出したものの中にこの『リア王』が入っていたんです。「え!」って思いましたね(笑)。「私が王をやるの?」とびっくりしました。

――もともと、シェイクスピア作品はお好きだったとか。


大竹:小学生の時に『じゃじゃ馬ならし』を読んだのが最初でした。それからシェイクスピアを何作か読むようになり、中学生の時にその中でも面白いと思っていた『リア王』を文化祭でやったこともあるんです。その時はコーディリアをやりました(笑)。

――お稽古が始まっての心境はいかがですか?

大竹:80歳の老人で、一国を支配していて、しかも性別も違う、というものすごく自分とかけ離れた役なので、どういうふうにやったらいいのかなと想像がつかなかったです。でも男性の声を出すとか、振る舞いをするとか、そういうことはあまり考えずに、人間・リアとしてやるしかないなって思っています。でも、難しいです、すごく。

――『華岡青洲の妻』で江戸時代和歌山に生きた女性を演じたり、『ピアフ』で激動の人生を送るフランス人歌手を演じるのと変わらず、今回は国を支配する老王という人間を演じるという意識なのでしょうか?

大竹:そうですね。気持ち的には変わらないです。

――演出のフィリップ・ブリーンとは4度目のタッグ。フィリップの演出の魅力はどんなところにありますか?

大竹:『欲望という名の電車』の時もそうでしたけど、今回ならシェイクスピアの研究家なのかな?って思うくらい、王には一体どういう意味があるのかとか、この空白は何を意味するのかとか、その作品の全部が頭に入っていて、それを私たちに事細かく教えてくれるんです。フィリップの演出がすごく細かくいろいろな心情を説明してくれるのですごく面白いし、それがなかったらできなかったと思います。

ただひとつ難点は英語だというのが、本当に悔しいなって思います。
私が本当にイギリス人だったらどんなにいいだろう、フィリップの言っていることを英語で表すことができたらどんなに面白いだろうって思いますね。シェイクスピア自体も韻を踏んでいたり、詩のようになっているので、それを日本語でやるという時点で難しいところはあるんですけども、それでも彼の研究の結果(?)をちゃんと観る方に分かってもらいたいなっていう気持ちでいます。

――大竹さんや、宮沢さん、西尾さんのインスタを拝見していると、大竹さんの台本に集中する姿や、フィリップと真剣に話し込む姿ばかりで驚きました。

大竹:私だけじゃなく全員です。フィリップの言葉を聞いて何かをもらわないと次に進めないから。けっこう長い時間それがあるのでみんなクタクタなんですけどね。フィリップは凄いエネルギーがあるので本当に驚きます。どんな質問をしてもきちんとすぐ答えてくれるんです。

――お稽古が進まれて、「リア王」の姿は具体的につかめてきましたか?

大竹:もうちょっとですね。リア王ってこんな話だったんだ、みたいな感じもあって。こんなに激しくて、こんなに悲しくて、リアだけじゃなく周りの人物もフィリップが深く作っているので、すべてがとても魅力的で、セリフもやっぱり面白いし、自分が出ていないシーンでも、グッと力が入って観てしまうからみんなクタクタです(笑)。

◆三姉妹が“シンデレラ”のように定型的に描かれていないところが面白い

――3人の娘の姿は、父である大竹さんの目にはどのように映りますか?

大竹:よく定型的に描かれる、コーディリアはいい子で上のお姉さん2人は意地悪という、シンデレラみたいなお話ではないところが面白いですね。
典型的なパターンではないところで作っているのでそこにも注目してほしいです。

リアもすごい勝手で暴君なところもあるし、娘が「勘弁してよ、お父さん!」と言うのもすごく分かる。それでまたリアが怒って次の娘のところへ行ったら、その娘はもっと怖かったという(笑)。歯車が狂ってしまったときの人間の恐ろしさみたいなものが描かれていて、すごく面白いです。

――娘を演じられる宮沢さん、安藤さん、生田さんの印象はいかがですか?

大竹:みんな真面目でお芝居が好きなんですよね。いくちゃんなんか、自分の稽古がない日もずっと毎日稽古場に来て、私たちのフォローをしてくれてます(笑)。今回初めてストレートプレイをやるということで最初は少し緊張していたけれど、今はもうみんな同志になりました。

――道化を演じる勝村さん、リア王の忠臣・ケント伯を演じる横田さん、芸達者な2人とのお芝居の絡みも興味深いです。

大竹:蜷川さんのお芝居でずっと一緒にやってきた2人なのですが、2人とも苦しんでます。「やばい、やばい、やばい、やばい」「どうしよう、どうしよう、どうしよう」、それしか言ってなくて(笑)。みんなで喜びながらも焦って、必死になっている稽古場になっています。

◆初舞台から50年 今年の春に舞台で衝撃の体験

――大竹さんは今年、初舞台から50年を迎えられました。


大竹:ひぇー。そうなんですね。

――大竹さんにとって、舞台の魅力というのはどんなところに感じられますか?

大竹:いろんな世界に連れていってもらえる遊び場って言ったら変なんですけど…。こないだまでは和歌山の緑とか美しい川とか、美しい景色の中で生きる人の穏やかな感じで生きてきたのが、今はなんでこんなに激しい世界に来てるんだろうって(笑)。いろいろな時代、いろいろな場所に行けるんですよね。舞台に立つこと自体は私にとっては生きる場所っていうか、一番楽しいところ。ただ疲れはするので、ずっとはできない(笑)。

『リア王』もあと3ヵ月くらい稽古があればいいなって思うくらい、稽古が大好きなんです。教えてもらうことが好きなので、いろんなものを学べる場所ではありますね、舞台って。

――今年は春に『やなぎにツバメは』があり、夏に『華岡青洲の妻』、秋に本作をはさんで、冬には『ピアフ』と、舞台への精力的な出演が続きます。そのバイタリティーの源はどこにありますか?

大竹:めちゃくちゃですよね(笑)。『華岡青洲』をやってるときは、『リア王』のことも考えなくちゃと思いながらもまったく考えられなかった。
次のことは考えられずその世界に没頭しちゃっていて…。でも稽古場に来るとその役に集中できるので、もしかしたら役からバイタリティーをもらっているのかもしれない。演じることから元気をもらっているのかも。普段の私はボーっとしていますから。

――50年を超える俳優生活を送られる中で、憧れた存在の俳優さんはいらっしゃいますか?

大竹:かわいがってもらったのは奈良岡朋子さん。きちんと一人で地に足をつけて立って、世界のことや日本の政治のことや文学もそうですし、いろんなことを私に教えてくださった方です。女優としてだけじゃなく、1人の人間としてカッコいい方でした。嫌なものは嫌ってはっきり言うところも素敵でした。

――今では大竹さんに憧れる女優さんもたくさんいらっしゃいますが、今後の“女優・大竹しのぶ”はどんなことにチャレンジしていきたいですか?

大竹:これから先はもう少しのんびりしたいです。ちょっと激しいものが続きすぎ、私の人生(笑)。『華岡~』もけっこう激しい芝居だったんですけど、『リア王』はもっと激しいし、『ピアフ』はまた違う意味で激しくて。

何気ない日常の会話で描く『やなぎにツバメは』をやった時に、最初「なんだこれ? こんな日常会話だけで、面白いんだろうか?」と思って(笑)。
脚本の横山拓也さんと演出の寺十吾さんにも、「これどこが面白いんですかね?」って言っちゃったんですよ。本当に失礼ですよね。「これで何を得るんでしょうか?」…そこまで言っちゃって。

でも林遣都くんや松岡茉優ちゃんが「絶対面白いから!」「人間が愛おしく見える。両親を想うから」って言ってくれて、そして初日になってお客さんが「なんでこんなことで喜ぶんだろう?」っていうくらい、すごく笑ったんです。そうしたら私も調子に乗って、どんどん面白くなってきて(笑)、その連続の毎日でした。勿論すぐに「本当にどうもすみませんでした」って横山さんと寺十さんに謝りました。

私は、「おお、神よ!」とかそういうのばっかりやってきて、「お帰り。手洗ったの?」とか、普通の人間の暮らしの中にある、人々の悲しみや可笑しさを私は分かっていなかったなぁと。お2人には深く深く謝罪しました。

本当に普通の笑いじゃなかったんです。1時間半みんな笑いっぱなしで。「あ、こんなふうに笑えるってすごいことだな」と思って、劇場が笑いに包まれる幸福を感じましたし、演劇ってまだまだ知らないことがいっぱいあるんだなと思いました。また横山さんと寺十さんのお2人と一緒にやりたいです! 調子いいな、私。でも本当です。

(取材・文:近藤ユウヒ 写真:高野広美)

 Bunkamura Production 2025/DISCOVER WORLD THEATRE vol.15『リア王』は、東京・THEATER MILANO-Zaにて10月9日~11月3日、大阪・SkyシアターMBSにて11月8日~16日上演。

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