『エルピス』『アンメット ある脳外科医の日記』『ブギウギ』、さらには『地面師たち』と、話題作・人気作で確かな存在感を放つ安井順平。11月14日に公開される映画『ブルーボーイ事件』では、主人公たちの前に立ちはだかる敵役として、鮮烈な印象を残す。
【写真】さまざまな作品で存在感を残す安井順平、味のあるインタビュー撮りおろしショット
◆トランスジェンダー当事者キャストとの腹を割った会食が作品に活きた
1960年代後期、東京オリンピックや大阪万博で沸く、高度経済成長期の日本。国際化に向け売春の取り締まりを強化する中、性別適合手術(当時の呼称は性転換手術)を受けた通称ブルーボーイたちを一掃し街を浄化するため、検察は手術を行った医師を逮捕。手術の違法性を問う裁判には、実際に手術を受けた証人たちが出廷した――。
「性別適合手術」が違法とされていた1960年代に実際に起きた事件に着想を得た本作。飯塚花笑監督をはじめ、主演の中川未悠、中村中、イズミ・セクシーとトランスジェンダーが顔をそろえ、錦戸亮、前原滉、山中崇、渋川清彦ら実力派俳優とともに、当時の裁判、社会の様子をリアルに届ける。安井は、医師の立件のため、証言に立つブルーボーイたちへ厳しく尋問する検事・時田を演じる。
――本作のオファーを聞かれた時の心境はいかがでしたか?
安井:架空の事件のお話なのかなと思ったら1960年代に実際にあった裁判だとわかり衝撃でした。台本を読ませていただいて、今自分がやるべき作品だと思いました。
というのは、僕が小学生の頃って、トランスジェンダーという言葉も知らなかったですし、女性っぽい男性に対しては全て“オカマ”という言葉で処理していたんです。女性的な言動の男の子に対して「オカマかよ」ってからかって笑いをとっていた記憶があって。
その“オカマ”と呼ばれた人たちが昔も現代もいて、そう言われる度に深く傷ついてる人たちがいたんだと気付くのはだいぶ後で。だから贖罪的な意味合いもあります。今はそういう人たちの存在を認め、気持ちに寄り添える自分にはなりましたけど、昔はそういう人たちを避けていたし、子どもの頃とはいえ、きっとどこかで差別していたんでしょうね。
――時田という役はかなり難しい役だったのではないかと思います。
安井:今回の役はそうした人たちを辛辣に尋問する検事なのですが、子どもの頃無自覚に言葉で傷つけていた自分が、今度は俳優として、相手を理解した上で、自覚的に演じることに意味があるんじゃないかっていう思いが生まれまして。是が非でもやりたいなと思いました。
時田の面白いのはただの悪役じゃないところで、戦争を経験しているんです。友も亡くしてる。日本男児たるものこうあらねばという考えを幼い頃から植え付けられて生きてきた世代が、ブルーボーイを前にして「日本人として恥ずかしくないのか」と憂うのは当然で、根底には愛国心がある。そのためにブルーボーイを駆逐しようと言葉で詰めていく。俺の目の黒いうちは日本をダメにさせないという強い意志と矜持を感じました。
キャラクター的には嫌な気持ちになってもらわないといけないし、監督からも「本気でいっちゃってください」とも言われました。主人公のサチを演じる中川未悠さんも当事者の方なので、本読みの段階で時田のセリフに涙を浮かべながら返してくるんです。どうしたって自分に重ね合わせちゃうのでしょう。本気でやらなきゃと思いました。
――トランスジェンダーをはじめとしたLGBTQへの理解は、割と最近やっと進み始めた印象です。
安井:そうですね。僕もまだ全てをちゃんと理解できてないと思うんです。知識として理解できたとしても、その苦しみや、悩みまで共有することは難しいですから。でも大きな一歩ですよね。
撮影の前日に、中村 中さんに誘っていただき、中川未悠さん、イズミ・セクシーさんとでご飯を食べたんです。その時に色々話しました。きっと失礼な質問もしちゃったと思いますが、それがすごく大きかったです。
寄り添うとか大げさなものではないです。実際、中村 中さんとは「順平さん、それ人によっては傷つく言葉になりかねません」「そうは言っても中さん、俺だってね——」とか熱のこもった会話をした気がします。最終的には芝居の作戦会議までしちゃって。仲良くなりました(笑)。
きっと全てをお互い理解できることはないとも思いました。でも知ることが大事というか、こういう人たちがいて、同じように生きていて、ただ生まれた時から性別に違和感を感じているだけで、何も変わらない。
すごくデリケートなテーマだから、インタビューの時も言葉を選ばなきゃっていうのがすごくあります。でもあまり言葉を選びすぎると、当事者の方には「気を遣って慎重にしゃべっているな」と思われてしまう。
◆デビュー30周年「大部分が満足できないけど無駄はない30年だった」
――今回の時田検事のような敵役を演じられる時はどんなことに気をつけて臨まれますか?
安井:敵役とか嫌味な憎まれ役ってキャラクターは立てやすいんです。例えば早口で攻めるとか、大きい声で圧力をかけるとかは技術的なことなんで、そう見えるように演じるのは慣れてますが、そこに複雑な感情や思いが絡んでくると途端に難しくなりますね。
今回も、観終わった後に「嫌なやつだったね」で終わるのではなく、「時田には時田の正義があったんだろう」「時田を突き動かすものは何か」「誰も間違っていないのかも…」そう思わせる表現をどう見せるのかが難しかったですね。
――『エルピス』でのなんとも食えない刑事、『アンメット』での嫌な人なのかなと思いきやとても優しい院長、『地面師たち』での不動産開発企業の社長と、さまざまな役どころを演じられてきましたが、ターニングポイントを挙げるとするとどの作品でしょう?
安井:ターニングポイントかはわからないですけど、世間が「こういう俳優がいるんだ」と思ってくれたのは『エルピス』の平川刑事が大きかったかもしれないです。台本9ページを長回しで撮るシーンがあったのですが、独特の緊張感がありました。それが画面から伝わったのかもしれません。
『アンメット』での藤堂院長も、「ドラマ史上一番優しい医院長だった」「こんな上司がほしかった」とかSNSで盛り上がってくれた。安井順平っていう俳優を認知してくれたのはそれくらいの時期からだと思います。
――今年デビューから30周年を迎えられました。振り返るとどんな30年でしたか?
安井:大部分が満足できない30年です。だって、僕の年齢でサラリーマンやっていたらそれなりの役職について、結婚して子ども生まれてと、ひとつの幸せを築いているんですよね。
俳優って作品を真ん中に置いて仕事するべきで、本人というより、作品を評価してもらうための一つの装置みたいな考えです。その時、その人物の人生を生きているだけの人なんで。「あのドラマのあの役がすごく好きで」って言われて、ありがとうございますとは言いますが、それは決して俺じゃないんでって思ってしまいます。あの役を書いた脚本家に言うべきだって(笑)。
――でも、安井さんが演じたからこその、その役だったのではないでしょうか?
安井:そうなんですけどね。そういうふうにあんまり思えないんですよね。俺は「中の人」なだけだ、本人はまるで違うんだ! 自己肯定感が低いんですかね(笑)。
だけど、人生振り返ってみて、二十歳で芸人目指して喜びも挫折も味わって、俳優になって、もう俳優のほうが芸人人生より長くやっていて今に至りますけど、無駄なことは一つもなかったと思っています。高校も留年して4年行ったことも、親を泣かせたことも山ほど。
――(笑)。そもそも芸能界を目指されたのはどんな理由だったんですか?
安井:お笑いに興味を持ったんです。芸能界には全く興味なかったんですけど、芸人やるところが芸能界しかないので。
――先日まで上演されていた『最後のドン・キホーテ THE LAST REMAKE of Don Quixote』もとても面白かったのですが、安井さんは、劇団イキウメをはじめ、舞台作品にも積極的に参加されています。
安井:お客さんの反応がある劇場でやるのが好きなんですよね。芸人時代も劇場での仕事は必ず入れてましたし。俳優になってからもそれは変わらずで、お芝居も客席と一緒に空気を作りながら作品を完成させていくことに喜びを感じます。映像は映像の楽しさがありますが、生のお客さんにコンスタントに触れていないとダメなのかなと思います。
――稽古、本番と何ヵ月もかけて作品を作り上げていく作業が性格に合うのでしょうか。
安井:演じるのも嫌いじゃないんですが、ものを作るその過程が好きなんだと思います。稽古が好きなんですよね。『最後のドン・キホーテ』も、演出のケラさん(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)に「安井が演出家みたいだな」って言われるくらいには夢中にもの作りしてます。映像もみんなで作りますが、じっくり土台から作れるのは舞台かなっていうのはありますね。
◆50歳になって意識に変化「あと何本いいのをやれるのかな」
――昨年50歳になられて、これからどんな安井順平を見せていきたいという思いをお持ちですか?
安井:死を多少意識していきますからね、50を過ぎると。舞台でも映像でもあと何本いいのをやれるかなっていう感覚になりつつあるので、今まで以上にやりたいことしかやらなくなっていくかもしれないです。マネージャーは困るかもしれません(笑)。
もちろん、やれるものはやっていこうというマインドになる可能性もあるんですよ。死に近づいているから、その分自分が出ている作品を後世に残していこうっていうモードになるかもしれないし、やりたいものをやって天命をまっとうしようとなるかもしれない。そこはその時の自分に正直にいこうかと思っています。
この業界も不景気ですし、お金を稼ごうってのは半ば諦めています(笑)。そのかわり、お金以上の喜びも多い世界ですから。
――Netflixなど配信系の作品も増えてきましたが、違いは感じられますか?
安井:お金のかけ方がまず違います。もの作りはお金をかければいい作品になるってわけではないと思いますが、かけなきゃいけないところには出さないと、クオリティの高い作品はなかなか生まれないですね。安くて美味しい店はもちろんありますが、高いお店はたいてい美味しいのと一緒です。予算オーバーしてでもここだけは!っていう信念とこだわりが大事になってくると思います。それが信頼に繋がります。
――我々視聴者もこれまで地上波でなんでもタダで楽しめていましたが、観たいものにはちゃんと課金して楽しむという意識が根づきつつあります。
安井:松本人志さんが始められた『ダウンタウンプラス』もそうですよね。あのおふたりがやるものはずっと面白かったという実績が登録者数に表れてるんだと思います。
僕もそういう俳優になりたいですね。「この人が出る作品って面白いもの多いんだよな」「この人が出るなら面白いに違いない」「やっぱり面白かった」そういう信頼のある俳優になりたい。なんでもかんでも仕事を受けないというのはそういうことかもしれないです。自分が興味を持てない作品に参加するのも失礼だし。でも、自分が出ることで面白くできるかもしれないとか、ものすごい熱量でもってオファーいただいたりした時には参加を決めたりもします。それは挑戦する面白さとか、求められている喜びで突き動かされたりしますね。
――最後にあらためて、映画『ブルーボーイ事件』についてメッセージをお願いします。
安井:トランスジェンダーについて理解してくださいと押しつけがましいわけでもなく、「ブルーボーイ事件」という事実がそこにあり、皆さんこれを観て何を思いますか?って問いを投げかける映画だと思うんです。人権について?幸せについて?自由に思ってもらいたい。観た人がそういうことを考えるとっかかりになればいいなと思います。小難しいこともなくエンタメに昇華されている作品です。
まあ、僕がやりたいと思った映画なんで、面白いと思います。……いや、これはちょっと恥ずかしいな(笑)。
(取材・文:近藤ユウヒ 写真:米玉利朋子[G.P.FLAG inc])
映画『ブルーボーイ事件』は、11月14日より公開。
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