もはや国民的社会現象と言わざるをえないほどの一大ムーブメントを巻き起こしたNHK連続テレビ小説『あまちゃん』が28日、最終回を迎えた。主なロケ地である岩手県久慈市の海岸にはこの夏、昨年の23倍の観光客が訪れたという。
また、地元のシンクタンクは、岩手県への経済波及効果を約33億円と試算。最終回を前に、岩手県の達増拓也知事は27日の記者会見で「東日本大震災に向き合い、丁寧に描いてくれた」と感謝を表明している。

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 なぜ、ここまでたくさんの視聴者をこのドラマの世界観に引きずりこむことができたのだろうか。人気を支えた要因の一つとして、個性あふれるさまざまな登場人物の活躍が挙げられる。彼らの行動は愛らしくて愛おしい。どうしても嫌いにはなれないのだ。彼らがこれだけ愛されたのは、それぞれがなにかしらのコンプレックスを抱えながら生きていたからではないかと思う。

 東京在住時代は地味で暗かったアキ(能年玲奈)。上京したくてもなぜかできずにアイドルになるのを諦めて不良になったユイ(橋本愛)。自分の居場所を見つけられずに引きこもっていたストーブさんこと足立ヒロシ(小池徹平)。アイドルの影武者だった春子(小泉今日子)。その春子をデビューさせることができなかった太巻こと荒巻太一(古田新太)。
自分に自信が持てなくなって失踪した専業主婦の足立よしえ(八木亜希子)。上京する娘を素直に送り出せなかった夏ばっぱ(宮本信子)。海で子どもを亡くした長内内縁の夫婦(でんでん・木野花)。カタカナが苦手な騒音ばばあこと今野弥生(渡辺えり)。挙げていくと枚挙にいとまがないのだが、こうして見てみると、コンプレックスの種類でさえも各世代を網羅している。 それらのコンプレックスが提示されたのは主に第1部の故郷編だった。彼らに感情移入した視聴者は大量の口コミを呼び、老若男女に受け入れられて大ヒットドラマに押し上げた。10代には10代なりの、60代は60代なりの視聴者のコンプレックスが、登場人物たちに反映された。彼らはどんな困難にも笑顔で立ち向かい、生き生きと育っていった。その姿を見守ることで、視聴者は泣いて笑って、自分たちの傷も癒していったのではないだろうか。

 最終回では、東日本大震災で被災した北三陸鉄道の一部区間が復旧し、お座敷列車でアキとユイが挿入歌『潮騒のメモリー』を歌い上げた。その歌は、春子と鈴鹿ひろ美薬師丸ひろ子)にリレーしていき、これまでの名場面を振り返るシーンを織り込みながら終了した。
それぞれのキャラクターに思いを馳せ、涙した視聴者も多かったと思う。

 その涙は日本全国全方位のコンプレックスを浄化し、壮絶な余韻を残した。もっと『あまちゃん』が見たい。もっと浄化されたい。でも、放送は終わってしまった。毎日楽しみにしてきた視聴者の喪失感は計り知れず、“あまロス症候群”に陥る人が続出するのではないかとも懸念されている。

 この現象を見透かすかのように、以前、春子はこんなセリフを残している。「ホッコリしないでよ勝手に! 何この空気!? 最終回!? 冗談じゃないわよ、人生はまだまだ続くのよ!!」。『あまちゃん』は視聴者のコンプレックスを浄化するだけではなく、現実に引き戻す優しさまでも持ち合わせていたのである。(文:梶原誠司)
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