女優の永作博美がこの夏挑む舞台は、イプセンのかの名戯曲にもしも続きがあったら? という思いもよらぬ発想で書かれた注目作『人形の家 Part2』。デビュー30周年を迎える節目の年に挑む今作、彼女が今感じていることとは?

【写真】いつまでも変わらない少女のような微笑みを見せる永作博美

 「よくこんなに長くやってきたな、と思います。
私自身、デビュー当時はまさかこんなに長くやるとは思ってなかったですから」。

 30周年を迎えた気分はどうですか? そう聞くと、笑いながらこう答えた。アイドルとしてデビューし、1994年以降は本格的に女優としての道を歩みだした永作。

 「でも役者になってからは、もう少しこの世界でやりたいな、と思うようになりましたね。ここまできたらどこまでやれるのか、自分で自分を試したいな、と。多分、演じることを通して“人の面白さ”に触れる機会が増えたからでしょうね。人間って深い、生きているって面白い、って思えるようになった。演じる上では、これまで自分が思いもしなかったことをたくさん想像しなければいけないですし」。

 ただ、これまでの道のりはずっと順風満帆だったわけではない。20代後半には、「これでいいのだろうか」と悩んでいた時期もあったという。

 「“役のものになる”というか、戯曲に書いてある“正しいやり方”を演じることが正解なんだろうか、何かが違う気がする、と悶々としてましたね。いわゆる“一般的な方向”をみんなが要求しているんだろうな、とは思うんですけど、そうすると自分が自分に飽きてしまう。
演じている自分がつまらなかったら、観ているお客様もきっとつまらない。だから、自分なりにいろいろ試すようになったんです」。

 求められることを提示し、“正しいやり方”に沿い続ける方が安全なのかもしれない。「上手い役者になりたい」と思っていたわけではなかったものの、その道から外れることには恐怖心もあったという。しかし、その“怖さ”を超えたとき、自身に変化が訪れたとも。

 「人をもっと面白がらせたい、びっくりさせたい。そう思うようになりましたね」。

 そして今、彼女が見据えている“この先のビジョン”は、なんだかとても軽やかだ。

 「これまでは『全くできない』ところから始める作品が多かったので、今後は自分が得意なものからスタートできたら、もっと奔放なことができるのかも、と。次の楽しみ方はこれだな、と思ってます」。 そんな彼女が主演する『人形の家 Part2』は、アメリカの劇作家ルーカス・ナスが2017年に発表、同年のトニー賞で8部門にノミネートされた注目作。女性の自立を描いたイプセンの戯曲『人形の家』、そのラストシーンの“15年後”を描いた作品だ。
登場人物はたった4人、永作が演じる主人公・ノラに対し、夫、娘、乳母の3人が常に2人芝居のような状況で対峙するというとてもスリリングな構成。

 「多分、すごく大変なんだろうなと思います(笑)。キャストは4人ですけど、実質私はずっと2人芝居が続く状況なので…ほんと、1人芝居も2人芝居も、やるたびにいつも『二度とやるもんか』と思うんですよね。今回もそう思う可能性は大かなと(笑)」。

 『人形の家』では“人形”として扱われてきた自分に気づき、夫と子どもを置いて家を出ていったノラ。今作では舞台が進むにつれ、15年経って帰ってきた彼女の今の状況や、残された家族、周囲の人々の思いなどが解き明かされてゆく。

 「やりとりは重いんですけど、不思議と暗くはないんですよ。不思議な爽快感があるというか、とても大変なことだったのに、意外とスッキリするというか。ちょっと喜劇的なところもあるし、人によって笑うポイントも違う。『え、今の笑ってもいいよね?』みたいな感じになるかもしれない。ちなみにアメリカでは爆笑の渦だったらしいですよ」。

 演出を手がけるのは、今作で3度目のタッグとなる栗山民也だ。


 「栗山さんとやらせていただくと、自分の“脚本の読み方の浅さ”に気づかされるというか…まだまだ奥があるのかと、稽古のたびに気付かされます。栗山さんはよく『全部脚本の中に書いてある』と言われるんですけど、そこにたどり着けない自分をいつも思い知らされるという(苦笑)。でも『知ることができる』のって、喜びですから!」。

 今作にもまた、彼女にとっては未知の“人間の面白さ”が詰まっているのだろう。そして観客の私たちは、誰よりもその状況を楽しみ、演じる彼女を観て、きっとワクワクするに違いないのだ。(取材・文:川口有紀 写真:高野広美)

 PARCOプロデュース2019『人形の家 Part2』は、8月9日~9月1日まで東京・紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAにて上演。そのほか、北九州、富山、京都、宮崎、豊橋、仙台でも公演。
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