9.11同時多発テロの主謀者であるオサマ・ビンラディンを捕まえるため、日本刀を持って単身パキスタンへ乗り込んだアメリカ白人がいた。まるで出来の悪いB級アクション映画のようだが、これ本当にあった実話。

敬虔なキリスト教徒だった米国の一般市民ゲイリー・フォークナーは、「ビンラディンを生け捕りにしろ」という神の啓示を受け、合計7回もパキスタンに渡った挙げ句、パキスタン当局に身柄を拘束され、米国に送還されている。こんなアホでマヌケなアメリカ白人のお騒がせエピソードが、ニコラス・ケイジ主演作『オレの獲物はビンラディン』(原題『Army of One』)として映画化された。

 本作を映画化したのは『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』(06)や『ブルーノ』(09)といった過激な“やらせドキュメンタリー”を大ヒットさせたラリー・チャールズ監督。相変わらず、イカれたネタが大好きな米国人監督である。神を信じ、祖国アメリカを愛し、恋人とその家族を守るために、日本刀、手錠、暗視ゴーグルをパキスタンで持ち歩いていた変人ゲイリーを、チャールズ監督はどうしようもないバカだけど憎めない普遍的なアメリカ人像として描いてみせる。

 コロラド州在住のゲイリー(ニコラス・ケイジ)は元々は大工として働き、何度か刑務所のお世話になり、今は便利屋をやっている。
町内で困った人がいれば手伝いに行くが、仕事がない日は昔からの仲間とバーでテレビを見ながらビールを呑み続ける生活を送っていた。ある日、ゲイリーは病院で人工透析を受けている間に、神さま(ラッセル・ブランド)からの啓示を受ける。9.11同時多発テロからすでに2年以上の歳月が流れていたが、ブッシュ政権は肝心のビンラディンを捕まえることができずにいる。「お前がパキスタンへ行って、生け捕りにしてこい」と神さまは命じる。神の啓示があれば、後は行動あるのみ。ゲイリーの約6年間に及ぶひとり十字軍がこうして始まった。


 プアホワイト層であるゲイリーは、どうやってパキスタンへ渡ったのか? まず、ゲイリーはヨットでパキスタンを目指す。自然の力で進むヨットなら、交通費がいらないから。ところがヨットはメキシコに漂着して、第一次ひとり十字軍は失敗に終わる。次はイスラエルに入国し、イスラエルの山からハングライダーに乗ってパキスタン入りを計画する。ハングライダーが墜落して、これも失敗。三度目の正直とばかりに、パキスタンの首都イスラマバードへ直行する航空便に搭乗するゲイリー。
どうやって日本刀を持ち込んだのかは詳細不明。とにもかくにも、パキスタン入りを果たしたゲイリー。安宿に泊まっていたゲイリーはビンラディンを探す傍ら、持ち前の人見知りしない陽気な性格で地元の人たちと仲良くなり、パキスタン産のハッパを吸って超ハッピーに。「米国もいいが、パキスタンも素晴しい国だ」と異国での生活に溶け込んでいくゲイリーだった。

 アホでマヌケな主人公を、ニコラス・ケイジも裏表のない大らかな米国人として演じている。変人ではあるが、決してキチガイではない。
50歳を過ぎているゲイリーには心から愛する恋人がいる。高校時代を一緒に過ごしたマーシ(ウェンディ・マクレンドン=コーヴィ)だ。学生の頃は人気者だったマーシはその後男運には恵まれなかったが、今でも充分に魅力的。オーバードーズで死んだ妹のひとり娘リジー(チェノア・モリソン)は生まれつき障害を持っているが、マーシは養子として引き取り、愛情いっぱいに育てている。愛するマーシの家の玄関のスロープを無償で修理するゲイリー。マーシも破天荒で情熱的なゲイリーのことを優しく受け入れる。
ゲイリーとマーシのラブロマンスは映画用の創作かと思いきや、実際にゲイリーは障害を持つ子を育てていた女性をすごく愛していたそうだ。

 額がすっかり広くなったニコラス・ケイジとお下劣コメディ『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』(11)に出演していたウェンディとのラブシーンを見ていると無性に泣けてくる。ベテラン俳優2人が演じるゲイリーとマーシは、いい年してまるでウブな高校生のようなカップルなのだ。2人とも真っすぐすぎて、大人の社会で生きていくには不器用なタイプだった。またゲイリーは、マーシとその娘リジーを愛するがゆえに、米国の平和を脅かすアルカイダとビンラディンを成敗するために何度も何度もパキスタンへ渡ろうとする。マーシもゲイリーの一本気な性格を知っているから、神からの使命に燃えるゲイリーの暴走を止めることができない。
愛と使命との狭間で揺れ動くゲイリー。男ってヤツは、どの国でも幾つになってもどうしよもないバカばっかりである。

『ボラット』をはじめ、米国人の頭からっぽなマッチョイズムを笑い飛ばしてきたチャールズ監督は、本作の主人公であるゲイリーをこう評している。

「ゲイリーは変態的な意味でのアメリカン・ヒーローだと思う。非常に混乱していて、神の声を聞いたと信じ、パキスタンがどこかも知らずに使命感とやる気に満ち、ある意味でアメリカそのもの。なので、ゲイリーの映画を撮れば自然とアメリカそのものについて語れると思ったんだ」

 愛国心や宗教も、チャールズ監督の作品では度々言及されるキーワードだ。その2つのワードについては、このように語っている。

「愛国心という言葉は今の時代は乱用され、誤用されているように思う。不寛容であることを正当化するための言葉として使われている。本当の意味での愛国心という言葉は使われていないんじゃないか。愛すべき国そのものの正体が分からなくなっているため、愛国心という言葉はとても多くの問題を孕んでいるんだ。宗教も誤解されている。宗教は人々に安らぎを与え、生きることに絶望している人は神の存在に救われることもある。宗教や神という概念に頼ることで、心に平穏が訪れることは決して悪いことではない。でも宗教や神は実在するものではないので、そんな幻想にすがりつくことは危険だ。愛国心と同じように宗教も現代社会では誤用されている。本来は人と人とを繋ぐものなのに、人々を対立させるものになってしまっているんだ」

 おかしな映画ばっかり撮っているチャールズ監督だけど、本当はすっごいインテリな平和主義者なんですね。米国ではクリスマスシーズンになると、フランク・キャプラ監督の『素晴しき哉、人生!』(46)がよくテレビ放映される。生きることに絶望したお人よしな米国人ジョージ(ジェームズ・スチュアート)が天使の力で家族や仲間に恵まれた人生を思い出し、自殺を思いとどまるという宗教色の強いハートウォーミングコメディだ。家族を愛し、自分が正しいと思った道を突き進むゲイリーを主人公にした本作は、現代版『素晴しき哉、人生!』だと言えるんじゃないだろうか。
(文=長野辰次)



『オレの獲物はビンラディン』

監督/ラリー・チャールズ
出演/ニコラス・ケイジ、ラッセル・ブランド、ウェンディ・マクレンドン=コーヴィ、レイン・ウィルソン、デニス・オヘア、マシュー・モディーン、アメール・チャダ・パテル
配給/トランスフォーマー PG12 12月16日(土)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次公開
http://www.transformer.co.jp/m/finding-binladen

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