特に意識しているわけではないのだが、なんだか気になる女優が何人かいる。そういう場合、顔と名前が一致していなくて、ネットで調べて「またこの人だ」と思うことが何度もあるのだ。



 ちょっと前なら、広瀬アリスがそういう女優だった。深夜ドラマの主演や、プライムタイムのドラマの3~4番手で出ているのを見て、「いいなぁ」と思うことが続いた。

 見た目ではなく、演技からにじみ出るたたずまいに惚れ込むので、彼女たちはその後、確実に伸びる。

 現在の自分にとって、岸井ゆきのはそういう女優だ。

 例えば、先日まで放送されていた『モンテ・クリスト伯―華麗なる復讐―』(フジテレビ系)。本作は19世紀に発表されたアレクサンドル・デュマの小説を、現代を舞台にリメイクした作品だ。


 冤罪で逮捕され、異国の牢獄に監禁された青年・柴門暖(ディーン・フジオカ)が、思わぬ幸運で獄中生活から脱出。牢獄で知り合った大富豪の財産を相続し、別人となって自分を陥れた男たちに復讐していくという、ピカレスク(悪者)・ドラマである。

 岸井が演じたのは、主人公を陥れた犯人の娘・入間未蘭。

 海洋生物学の研究をしている大学院生だが、父親に結婚を強要され、自分の生き方に迷っていたところ、ある青年と恋に落ちる。しかし、入間家の遺産相続の問題に巻き込まれ、義母から毒殺されそうになるという、不幸な女性だ。

 岸井は身長148.5㎝と小柄で、劇中では化粧っ気がなく、服装も地味だったため10代かと思っていたら、現在26歳だという。


 未蘭のように真面目で勉強ばかりしていたため、世間に疎いまま大人になってしまったのか、どこか少女の面影が残っている女性を演じさせると岸井はハマる。

 同時期に放送されていた連続ドラマ『やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる』(NHK総合)では、新人教師・望月詩織を演じた。保護者から「娘が体罰を受けた」と言いがかりをつけられ、生徒との関わり方に悩む役なのだが、話し方や表情が妙に印象に残る。この役も、今まで真面目に生きてきた人なんだろうなぁという感じがにじみ出ていると同時に、影も感じる。

 ただ、笑うとどこかユーモラスで、ハムスターのような愛嬌がある。このあたりの明るさと影のバランスが絶妙で、シリアスもコメディもできるのが彼女の強みだ。
そして、「選ばれなかった人間の哀しみ」がきちんと演じられる人でもある。

 それは、彼女の経歴に関係があるのかもしれない。

 岸井は小学校1年生から中学校3年生まで、器械体操の選手を目指して練習に打ち込んでいた。だが、練習中にバク転に失敗して以降、怖くなって跳べなくなってしまい、体操をやめてしまったという挫折の過去がある。高校生になり、新しい道を模索していたところ、女性カメラマンと知り合い、モデルを務めたことがきっかけで安藤サクラ門脇麦が所属する芸能事務所ユマニテから声がかかり、演技の道へと進むことになった。

 どんな役を演じても彼女の芝居には奥行きがあり、どこか影がある。
それは彼女が、挫折を知っているからだろう。

 彼女の出演したCMで、とても印象に残っているものがある。

 就活生を演じた東京ガスのCMだ。仲間たちが次々と内定をもらっていく中、彼女だけは落ち続け、それが原因で両親とも気まずくなっている。そんな中、ついに最終面接までこぎ着け、内定間違いなしと手ごたえを感じた面接も、やっぱり落ちてしまう。

 CMは一応、母親が優しく励まして、前向きな感じにまとめようとしている。
しかし、見終わった後の後味の悪さがすさまじかった。そのため視聴者から批判が相次ぎ、放送開始直後に打ち切りとなってしまったのだが、これは岸井の演技があまりにもリアルだったからだろう。

 暗い影を背負った業の深い特別な人になるというよりは、普通の人が抱えている不安や自信のなさを切なく演じられ女優で、コメディもシリアスもできるという意味では、90年代の深津絵里に近いのかもしれない。

 そういう女優ゆえに、匿名性が高くなって、名前が印象に残らないのだろうが、次回のNHK連続テレビ小説『まんぷく』への出演も決まっているため、岸井ゆきのの名が全国に知れ渡るのも時間の問題かと思う。だが、有名になっても、普通の人の切なさを演じられる感覚は持ち続けてほしいと願う。

(文=成馬零一)

●なりま・れいいち
1976年生まれ。
ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

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