是枝裕和監督、安藤サクラ主演作『万引き家族』はカンヌ映画祭パルムドールを受賞、国内でも興収45億円の大ヒットとなった。製作費300万円という超低予算映画『カメラを止めるな!』は都内2館の上映から始まり、口コミやSNSで人気が広まり、31億円超えのミラクルヒットとなった。

インディペンデント系の映画が話題を集めた2018年の日本映画界。日本映画をこよなく愛し、それゆえに「日本映画のポスターはダサすぎる」(参照記事)などの苦言も呈する英国人プロデューサーのアダム・トレル氏に、この1年の日本映画を振り返ってもらった。

──日本の優れたインディペンデント映画を海外へ広めているアダムさんは、『カメラを止めるな!』に早い段階から注目していたそうですね。

アダム・トレル(以下、アダム) アスミック・エースは『カメ止め』が話題になってから共同配給に名乗り出たけど、俺は前から上田慎一郎監督の短編映画も観ていたし、奥さんのふくだみゆき監督のアニメ作品も観ていたから、上田監督が長編を撮るのを知って楽しみにしていたよ。17年の先行上映で観て、「絶対に話題になる」と思った。上田監督は子どもが産まれたばかりで大変だったから、上田監督と奥さん、子どものためにも、俺は『カメ止め』の宣伝をがんばろうと思った。
それでまず海外の映画祭で話題にしようと考えて、世界80カ国の映画祭に出品した。友達にDCPを無料で作ってもらい、各国の映画祭とはメールでやりとりして交渉したから、費用は全然使わなかった。中でもイタリアのウディネ・ファーイースト映画祭はアジアから芸能人が参加するし、映画関係者も多いからニュースになりやすいと思った。

──ウディネ・ファーイースト映画祭では、『カメ止め』は韓国映画『1987、ある闘いの真実』に次ぐ観客賞第2位に。日本での公開前に勢いづかせる、効果的な宣伝になりました。

アダム 『カメ止め』の公開が始まってからも、海外の映画祭で次々と上映されて、話題が絶えなかったのもよかったと思う。
海外の映画祭に出品するまで時間がなかったから、ポスターは俺が構成案を考えて、ふくださんに仕上げてもらった。自主映画のスタッフたちを主人公にしたコメディであることを前面に出すと観客のハードルを上げてしまうので、ジョージ・A・ロメロっぽいゾンビ映画みたいなビジュアルがいいと思った。英語タイトルも『ONE CUT OF THE DEAD』にした。ゾンビ映画が好きな人は低予算なほど喜ぶし、会場で盛り上げてくれるから。映画の内容と違うと反対するスタッフが最初は多かったけど、日本映画のポスターはどれも説明的すぎてよくない。見た目のインパクトのあるゾンビ映画ふうのポスターにしてよかったと思うよ。


──なるほど、アダムさんが考えた海外用のポスタービジュアルが、そのまま国内のポスターにも生かされることになったんですね。製作費300万円という低予算なことも注目を集めました。

アダム 公開初日後も、ずっと監督やキャストが劇場での舞台あいさつを続けたでしょ。あれがよかった。お金のかからないうまい宣伝方法。日本独自の素晴しいスタイルだと思う。
安藤サクラが主演した『百円の恋』(14)も安藤サクラが自分でいろんなところでチケットを売って、下北沢でチラシを配って回った。『百円の恋』がヒットしたのは、もちろん安藤サクラの芝居がよく、映画が面白いからだけど、安藤サクラが宣伝をがんばったことも大きかった。キャストががんばって宣伝することで『百円の恋』も『カメ止め』もヒットした。ヒットしたら、その分はキャストやスタッフにロイヤリティーとして還元できるような契約にしたほうがいい。『カメ止め』は上田監督も劇場公開段階ではロイヤリティーはなくて、DVDが売れた場合にDVDの売り上げの1.75%がもらえるだけ。

──いくら劇場で満席が続いても、監督やキャストにはロイヤリティーは発生しないんですね。


アダム いちばん美味しいのは、途中から配給に加わったアスミック・エースだよね。すでに話題になってから配給したから、宣伝費もかからなかった。俺、アスミック・エースの社員になりたいよ(笑)。今後はロイヤリティー契約を俳優たちも結べるようにしたほうがいいと思う。スタッフやキャストのギャラをみんな上げると、インディペンデント系の映画は撮れなくなってしまうけど、ロイヤリティー契約なら、配給会社はヒットしたときだけ支払えばいいから、リスクはないはず。俺が日本でプロデュースした『下衆の愛』(16)はスタッフだけでなく、キャストともロイヤリティー契約を結んだ。
そのほうがスタッフもキャストも、映画をヒットさせようとさらにヤル気が出ると思うよ。

■映画館で映画を楽しむのは、もはや日本の独自文化!?

──アスミック・エースの話題が出ましたが、『時効警察』(テレビ朝日系)で知られる三木聡監督の9年ぶりのオリジナル映画だった阿部サダヲ吉岡里帆主演作『音量を上げろタコ!なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!』はアスミック・エース配給で全国公開したところ、興収的には残念な結果に。

アダム 俺、三木監督の作品が大好き。俺的には音楽業界を舞台にした『音量を上げろタコ!』は面白かった。主演俳優たちは日本では有名なんだよね? 他の映画やテレビにいっぱい出ているから、見飽きられてたんじゃないのかな。日本の映画製作会社は映画やテレビにいっぱい出ている有名芸能人を主演にすればヒットすると思いがちだけど、客はテレビでよく見る人を映画館までわざわざ観に行こうとは思わない。三木監督は英国で人気がある。三木監督の『亀は意外と速く泳ぐ』(05)や『転々』(07)、それに『インスタント沼』(09)を英国でDVD BOXとしてリリースしたら、すごく売れた。三木監督と奥さんのふせえりさんを英国に呼んでトークイベントを開いたら、すごく盛り上がった。三木監督のブラックな笑いは海外で人気があるけど、逆に日本では大ヒットは難しい。『亀は意外と速く泳ぐ』の頃みたいに、あまり予算を使わない映画を撮ったほうがいいと思う。

──ゼロ年代にはミニシアター文化がありましたが、今はミニシアターが減ってしまい、難しいのかもしれません。

アダム そんなことはないよ。海外に比べると、日本にはまだまだミニシアターは残っている。海外ではネットフリックスなどの映像配信に押されて、ミニシアターどころか映画館そのものがどんどん消えている。日本はミニシアターが残っている映画文化のある国。新宿のK’s cinemaなどに行くと、いろんな自主映画が上映されている。これは日本だけの独自の文化だよ。

──アダムさんは中島哲也監督の作品も好きで『下妻物語』(04)がきっかけで、日本映画を海外で配給するようになった。中島監督がホラー映画に初挑戦した『来る』はどうでしたか?

アダム 『来る』は公開初日に新宿ピカデリーで観たよ。中島監督の『告白』(10)は海外でも人気だし、俺も大好き。でも前作の『渇き。』(14)もそうだったけど、『来る』もやりすぎだと思う。『下妻物語』や『嫌われ松子の一生』(06)は俺が海外配給やったんだけど、物語や映像にアップダウンがあって楽しめた。『来る』は最初から最後までアップばかりで、疲れてしまう。編集で短くしたら、印象は変わるかもしれない。

──中島監督は実写版『進撃の巨人』で挫折したことから、破壊衝動に振り切ったように『渇き。』のときは感じられたのですが、まだ『来る』でもその衝動は収まっていないように思いました。

アダム 実写版『進撃の巨人』は、中島監督で観たかったよね。中島監督は英国のパインスタジオでの撮影を予定し、北欧のリトアニアでのロケも計画していて、俺は英国で『進撃の巨人』のプロデューサーと会って打ち合わせもしていた。実際に撮影もスタートしていたんだけど、いろいろ大変だったみたい。中島監督はスタッフやキャストに厳しいけど、自分自身にも厳しい。中島監督のそういうところは、俺はすごくリスペクトしている。

■才能ある俳優を生かすも殺すも事務所次第

──アダムさんが日本でプロデュースした『獣道』(17)でヒロインを演じた伊藤沙莉は、今や映画やテレビドラマに引っ張りだこ状態。助演した『寝ても覚めても』も評判がいいですね。

アダム 『寝ても覚めても』のキャストの中では、伊藤沙莉がいちばんよかった。伊藤沙莉は演技がうまいし、人間的にも好感が持てる。彼女自身も素晴しいけど、彼女のマネジャーや所属事務所もいい。でんでん、毎熊克己とか他にもいい役者がいるし、事務所が映画のことに理解がある。あと、『寝ても覚めても』を面白いと思った人は、ぜひ濱口竜介監督の過去の作品も観てほしい。『PASSION』(08)や『THE DEPTHS』(10)はもっといいから。観たら、きっと驚くと思う。

──アダムさんは前回のインタビューでも、日本は芸能事務所の力が強すぎることを問題点として挙げていました。事務所の力がいくら強くても、脚本の善し悪しを判断できないマネジャーだと俳優は伸びることができない。

アダム 俳優にいくら才能があっても、所属事務所がダメだといい作品に出会うことができないよね。ジャニーズや吉本興業はタレント数が多いから、マネジャーも大変だと思う。でも、事務所が所属タレントの舞台あいさつの際に写真撮影を禁じるのはどうかと思う。本人の判断に任せればいい。舞台あいさつはSNSなどで話題が広まるから、すごくいい宣伝になる。もったいないよ。

──2018年は白石和彌監督の活躍も印象に残ります。

アダム 今、日本でいちばんいい監督だよね。『凶悪』(13)のときから才能があることは分かっていたけど、年々レベルアップしている。東映で全国公開された『孤狼の血』もよかったし、『止められるか、俺たちを』はすごくよかった。『止められるか、俺たちを』は若松孝二(井浦新)を主人公にしたら、よくある伝記映画になっていたし、若松孝二のファンしか興味を持たない作品になっていたと思うけど、若い女性助監督(門脇麦)の視点から描いたことで、若松孝二のことを知らない人でも楽しめる作品になっていた。こういう発想を出来る白石監督はすごくいい。日本ではフレディー・マーキュリーの生涯を描いた『ボヘミアン・ラプソディー』が大ヒットしているけど、海外ではあの映画は評価がそれほど高くない。英国人はクイーンに関するエピソードたくさん知っているから、映画を観ても驚きがない。俺は『止められるか、俺たちを』のほうが面白いと思った。

■日本の監督は、作品を厳選したほうがいい

──アダムさん的に気になった日本映画は?

アダム 俺が今年いちばん好きだったのは、『ドブ川番外地』。渡邊安悟監督が大阪芸術大学の卒業制作として撮った作品。映画祭での上映だけだったから、観た人は少ないと思う。あと、村上春樹原作の『ハナレイ・ベイ』も意外とよかった。松永大司監督は面白い映画を撮る人。吉田恵輔監督はオリジナル作『犬猿』がよかった。吉田監督の『純喫茶磯辺』(08)や漫画原作の『ヒメアノ~ル』(16)も面白かったけど、『愛しのアイリーン』の後半はやりすぎだと思う。武正晴監督の『銃』はオシャレだし、見やすかった。武監督みたいにマジメなエンタテインメント作品を撮れる監督は日本では少ないと思う。

──是枝裕和監督の『万引き家族』はどうでしたか。

アダム 『万引き家族』は観てない。是枝監督や河瀬直美監督は海外配給がすでにしっかり付いているから、俺が出る幕じゃない。福田雄一監督の『銀魂2 掟は破るためにこそある』は機内で観たよ。俺は漫画を全然読まないから分からないけど、原作漫画をそのまま実写化しているんでしょ? 漫画やアニメが好きな人は実写映画を観ないけど、福田監督の演出だったら抵抗なく観られるのかもしれない。逆に実写映画が好きな人は興味を持たないと思うけど。

──日本映画を愛するあまり、海外配給だけでなく日本で映画をプロデュースするようになったアダムさんですが、今の日本映画の置かれた状況をどう感じていますか?

アダム 日本映画は年間600本も公開されている。いくらなんでも製作本数が多すぎると思う。英国では年間40本、フランスでは80本、ドイツでは50本ぐらい。製作本数は絞られている。もちろんつまらない作品もあるけど、面白い作品に当たる確率は50%くらいはある。日本映画を俺は年間200本くらい観ているけど、面白いと思う映画は20~30本くらい。確率は10~15%。たまにしか映画館に行かない人が、つまらない日本映画に当たってしまう確率が高い。ギャラが安い分、たくさん映画を撮る監督がいるけど、それも問題。撮る映画はもっと選んだほうがいいと思う。お金を稼ぐために撮るのなら、テレビドラマを撮ればいい。テレビドラマまでは海外の人は観ないけど、映画は海外でも観られるから、自分のクオリティーを下げるようなことは避けたほうがいい。日本は評論家が厳しいことを言わないのもダメ。あと映画の配給会社や宣伝スタッフは試写やサンプル映像で済ませるのではなく、お金を払って劇場で映画を観るべき。そうしないと、どんなお客さんが来て、どんなシーンで盛り上がっているのか分からないよ。

──2019年はアダムさんがプロデュースした『ばるぼら』の公開が楽しみです。

アダム 俺、1980年代にデビューした日本の監督たちが好き。80年代は塚本晋也、石井岳龍、山本政志みたいな個性的な監督がいっぱい出てきた。彼らの撮った作品にはパッションがあった。中でも手塚眞監督の『星くず兄弟の伝説』(85)は大好き。それで手塚監督に頼まれて、『ばるぼら』をプロデュースした。撮影もポスプロも終わり、あとは国内での配給が決まるのを待っているところ。これが難しくて、なかなか決まらない(苦笑)。ばるぼら役の二階堂ふみはクレバーだし、英語も話せるから、海外でも充分活躍できると思うよ。2019年は1月から『カメ止め』の英国公開が始まるし、俺もがんばるしかないよ。
(取材・文=長野辰次)

●アダム・トレル
1982年英国ロンドン生まれ。22歳で映画配給会社「Third Window Films」を設立。中島哲也監督の『下妻物語』(04)や園子温監督の『愛のむきだし』(08)などの海外配給を手掛けた。資金集めが難航した園監督の『希望の国』(12)に共同プロデューサーとして参加。2014年より日本での映画製作を始め、藤田容介監督の『福福荘の福ちゃん』(14)、内田英治監督の『下衆の愛』(16)と『獣道』(17)をプロデュースしている。最新プロデュース作である手塚眞監督の『ばるぼら』が公開待機中。