ビート&アンビエント・プロデューサー/プレイリスターのTOMCさんが音楽家ならではの観点から、アーティストの知られざる魅力を読み解き、名作を深堀りしていく本連載〈ALT View〉。今回は、Perfumeの新曲「Spinning World」の同時代性について語っていただきます。
Perfume『PLASMA』(初回限定盤)
7月15日、Perfumeの新曲「Spinning World」がリリースされた。約4年ぶりのオリジナルアルバム『PLASMA』(7月27日発売)からの先行シングルである本曲は、公式サイトで「余裕感のあるシティポップでアーバンなサウンド」と紹介されているように、80年代のシンセ・ブギーやR&Bの要素を感じさせる仕上がりとなっている。加えてMVで見せるダンスには90年代のヒップホップの要素も垣間見え、彼女たちの作品の中でもとりわけ“ブラック・ミュージック”のテイストを前面に押し出した楽曲と言えよう。
もっとも、過去のリリースでも「Kiss and Music」(‘09)「ナチュラルに恋して」(‘11)などR&Bのテイストを強く感じさせる楽曲や、「宝石の雨」(‘18)のように低速BPMで裏拍でのハネを誘うダンスナンバーは存在していた。それを踏まえても、「Spinning World」のファンク~ブギー調のアレンジは新境地のように思えるし、それだけでなく、2022年に「アルバムの先行公開曲」としてカットするには特にうってつけの楽曲だったように思える。以下、その理由について触れていきたい。
カルヴィン・ハリスと中田ヤスタカの共通項
本曲は、公式サイトが紹介しているようなシティポップ的な要素のみならず、鋭いリードシンセやサスティーンの効いた極太のベースをはじめ、彼女たちが長年続けてきた現代的なエレクトロポップの側面も多分に備えている。シティポップが国内外のインディシーンで火が点いて10年近くが経つ昨今、シティポップやその源流に当たる音楽性をただそのまま取り込むのではなく “現代のポップ・ミュージック”として仕立て上げているのは、中田ヤスタカの音楽家としての矜持を感じる。
中田のそうした姿勢は現行のUSメインストリームとも通ずるものがあり、特に近年、巨大な存在感を放つ2名の音楽家とも共振する。カルヴィン・ハリスとザ・ウィークエンドだ。
EDM界屈指の成功者であるカルヴィン・ハリスが8月5日にリリースした作品『Funk Wav Bounces Vol. 2』は、2017年の『Funk Wav Bounces Vol. 1』と同様、彼のディスコ・ポップやR&B、ヒップホップへの関心を詰め込んだアルバムである。そもそもエレクトロニックなサウンドで世を席巻した音楽家がこうした音楽性に接近した――という構図自体、「Spinning World」と通じるものがあるが、この『Funk Wav Bounces』シリーズではあくまで電子音楽的な要素は抑えられ、ボーカルとキック・スネアがクッキリと浮き立ったミックス、いわば音のキレで既存のR&Bなどと差別化を図っているように思える。ドラムのリズムパターン自体は非常にシンプルな造りであり、ウワモノの抜き差しでグルーヴを生んでいる構造は「Spinning World」とも相通じるものがある。
(2/2 P1はこちら)
ザ・ウィークエンドは、ダークなオルタナティヴR&Bサウンドで2011年頃に頭角を現したが、その後80s色のあるポップ・ミュージックへと音楽性を進化させていった。ダフト・パンクを起用した『Starboy』(‘16)や、先行シングル「Blinding Lights」が大ヒットした『After Hours』(‘20)然り、「80s由来のサウンドをいかに現代的なエレクトロ・ポップに昇華させるか」という観点において、彼の作品群は2010年代後半以降のUS、ひいては世界市場をリードしてきたと言っても過言ではないだろう。
『Dawn FM』のダンスチューンは「Sacrifice」や「Gasoline」をはじめ、どちらかというとドラムやメインリフのシンコペーションの効いたループでグルーヴを作っていく曲が多いかもしれない。ただ、それ以上に興味深いのがカルヴィン・ハリスやスウェディッシュ・ハウス・マフィアなど、EDM全盛期を支えた音楽家を積極的に参加させている点だ。カルヴィン参加曲である「I Heard You’re Married」はウィークエンド/カルヴィン双方の嗜好が見事に合致した80sヨーロッパ的なダンスポップに仕上がっており、アルバム中でも隠れた重要曲だろう。
ウィークエンドのこうした歩みは、「テクノポップ」という呼称とともに世に出て以降、「グローバルと張り合える国産ポップ・ミュージック」としての注目を浴びながらアルバムごとに音楽性をアップデートしていったPerfumeのキャリアともどこか重なる部分がある。そして、「Spinning World」はこうしたシンクロ性を感じさせる最高のタイミングでリリースされたように思えてならない。
「Spinning World」が照らす、2020年代型シティポップとPerfumeの未来
先述のように、シティポップ的な音楽がインターネットのアンダーグラウンドシーンから火が点いてから、すでにおよそ10年が経とうとしている。海外ではアメリカ西海岸を筆頭に、シティポップの源流に当たるヨットロック(日本でいう「AOR」)やシンセ・ファンクを意識した作品がここ10年多数リリースされており、いま80s~シティポップ的な音楽性を発表する際には、そうした先行作品群の厳しいハードルが存在することを忘れてはいけない。
例えば、カルヴィンの『Funk Wav Bounces Vol. 2』の音楽誌上のレビューには「プロダクション面が贅沢でも曲自体は冴えない」(英ガーディアン誌)、「ディスコやブギーといった音楽性を借りてきた際の彼の音楽性は没個性的で(悪い意味で)ストリーミングのプレイリスト向け」(ピッチフォーク)といった、そのクオリティからすれば驚くほど辛辣なものが多い。一方、ウィークエンド『Dawn FM』は「架空のラジオ局をテーマにしたコンセプトアルバム」として肯定的な評価が多く、ただ特定のサウンドを持ち込むだけでなく、音楽家としてのスタンスや自己プロデュース性も含めて総合的に評価されていることが分かる。その点で、従来のエレクトロポップ的な音楽性も存分に反映させたPerfume「Spinning World」は、個人的にはそうしたハードルを見事に乗り越えた楽曲に思える。
Perfumeは、『COSMIC EXPLORER』(’16)が米ローリング・ストーン誌の「ベスト・ポップ・アルバム TOP20」において年間16位に選出されるなど、日本のメジャーレーベル所属のアーティストとしては宇多田ヒカルらと並び、比較的海外メディアから好意的なレビューを受ける機会の多いユニットである。Perfumeおよび中田ヤスタカが今後どのような音楽を制作し、世界のリスナーにどのように親しまれていくのか、期待を持っている音楽ファンも多いだろう。常に高い目標を掲げて躍進を続けてきた彼女たちの、さらなる成功を心から願いたい。
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本稿で紹介した楽曲を中心に、Perfume「Spinning World」を一層楽しむための楽曲をまとめたプレイリストをSpotifyに作成したので、ぜひご活用いただきたい。
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