ヴィゴ・モーテンセン、レア・セドゥ、クリステン・スチュワートが豪華狂演

 人体解剖のマエストロ、愛と狂気に満ちたインナーワールドを描くアーティストといえば、カナダ在住の巨匠、デヴィッド・クローネンバーグ監督に他ならない。人間の頭部が炸裂する『スキャナーズ』(81)、人間とビデオが融合する『ビデオドローム』(83)、カークラッシュマニアたちの危険な楽しみを描いた『クラッシュ』(96)など、数々の名作・傑作を生み出してきた。

ヴィゴ・モーテンセン主演の『イースタン・プロミス』(07)は社会派ミステリーとして高く評価されている。

 今年80歳になったクローネンバーグ監督だが、創作意欲はまったく衰えていない。新作『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』(原題『Crimes of the Future』)はもはや常連俳優となったヴィゴ・モーテンセンに加え、レア・セドゥ、クリステン・スチュワートも出演する豪華配役となっている。20年越しで企画された本作は、2022年のカンヌ映画祭に出品され、途中退出者が続出したというのもクローネンバーグ作品らしい。

 そう遠くない未来の物語。主人公となるソール・テンサー(ヴィゴ・モーテンセン)は、「加速進化症候群」という特異な体質の持ち主だ。

自分の体内で次々と生み出された新しい臓器を、パートナーであるカプリース(レア・セドゥ)がタトゥーを施した上で摘出し、公開するという前衛的なパフォーマンスで人気を集めている。

 クローネンバーグ作品らしく、腫瘍フェチ、内臓マニアぶりが、これまで以上に発揮されている。何といっても、公開手術シーンがとても官能的だ。ソールのお腹を切り開き、臓器をご開帳する場面は、セックス以上のエクスタシーを感じさせる。

 内臓レベルから、人類は進化・変貌を遂げていくことになる。クローネンバーグ監督にしか描くことができない禁断の世界から、我々は目を離すことができない。

気さくで礼儀正しいクローネンバーグ監督

“変態詩人”クローネンバーグの集大成『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』
“変態詩人”クローネンバーグの集大成『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』の画像2
人類の進化をめぐるSFミステリーとして物語は展開されていく

 クローネンバーグ濃度200%な本作を買い付け、提供するのは東北新社とクロックワークス。大のクローネンバーグマニアとして知られる東北新社メディア事業部の渡邉嘉男氏に、クローネンバーグ作品の魅力、クローネンバーグ監督についてのトリビアを語ってもらった。

渡邉「クローネンバーグ作品との出会いは中学生のときでした。彼の商業デビュー作『シーバース/人喰い生物の島』(75)がローカル局で深夜放送されているのを観たんです。そのときの邦題は『SF人喰い生物の島/謎の生命体大襲来』。当時はまだクローネンバーグという名前は知らず、気持ち悪い寄生虫が出てくるホラー映画だなと思いつつ、テレビ放映される度に最後まで観ていたんです。映画館で出会ったのは高校生になってから。

デヴィッド・リンチ監督の『イレイザーヘッド』(77)と『スキャナーズ』が二本立てで上映されたんです。すごい組み合わせですよね(笑)。決定的な体験となったのは、1985年に開催された第1回東京国際ファンタスティック映画祭(※当時は「TAKARAファンタスティック映画祭」)。クローネンバーグ監督が初来日して、『デッドゾーン』(83)が上映されたんです。僕が持っていた『ビデオドローム』のサントラLPにクローネンバーグ監督はサインし、握手までしてくれました。作品を観ると気難しそうに感じるクローネンバーグ監督ですが、実はすごく気さくで礼儀正しい紳士なんです。
以来、この人にずっと付いて行こうと決めました(笑)」

 大学を卒業した渡邉氏は、CS放送の番組編成をする業務に就くことに。『ビデオドローム』の主人公・マックスがケーブルTV会社を営みながら、まだ誰も観たことがない刺激的なプログラムを探し求めていたことを彷彿させる。

渡邉「仕事関係の人に怒られそうですが、当時は『ビデオドローム』の主人公のつもりで仕事をしていましたね(笑)。その後、転職して東北新社に入りました。東北新社に入って間もない頃、大量のビデオソフトが保管された倉庫があって、『スキャナーズ』のビデオを見つけたときはうれしかったですね。もしかすると、クローネンバーグ監督の手のひらの上で過ごしてきたような半生だったのかもしれません」

“変態詩人”クローネンバーグの集大成『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』
“変態詩人”クローネンバーグの集大成『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』の画像3
クローネンバーグのおかしな世界の中でも、レア・セドゥは存在感を示している

 クローネンバーグ監督がこれまで撮ってきた商業映画は、『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』も含めて21本。

ホラー映画、文芸作品、犯罪ミステリーなど多彩なジャンルの作品を残しているが、どれも普通じゃない作品ばかりだ。渡邉氏にその魅力を語ってもらった。

渡邉「人体破壊シーンが多いことからグロテスクな印象を持たれがちなクローネンバーグ監督ですが、とても上品に撮っています。原作付きの『裸のランチ』(91)や『クラッシュ』は、ウィリアム・バロウズやJ・G・バラードが書いた原作小説のほうがえげつないんです。クローネンバーグ監督は内容をオミットすることなく、うまく映像化しています。観終わった後に、嫌な気分にさせません。

抑制された美学を感じさせます」

 カナダのトロント生まれのクローネンバーグ監督は、ハリウッドのフィルムメーカーたちとはどこか異なるものを感じさせる。

渡邉「クローネンバーグ監督はカナダ人であることを誇りにしています。ハリウッドからオファーされたSF大作『トータルリコール』の企画は流れてしまいましたが、その直後にやはりハリウッドからオファーされた『ザ・フライ』(86)はカナダで撮影しています。『エム・バタフライ』(93)ではフランス、ハンガリー、中国でもロケして、そのあたりからロケ地にこだわらず自由になっていったようです。

 また、郷土愛が強いだけでなく、家庭もすごく大事にしています。最初の結婚に失敗し、離婚問題をモチーフにした『ザ・ブルード/怒りのメタファー』(79)なんてホラー映画も撮っていますが、2番目の夫人とは仲良く、2017年に夫人が亡くなるまで添い遂げています。長男のブランドン・クローネンバーグは監督になってホラー映画『ポゼッサー』(20)を撮るなど、3人いる子どもたちもそれぞれ映画界で活躍しています。クローネンバーグ監督はすでに最新作『The Shrouds』の撮影を済ませており、こちらは妻を亡くした男を主人公にした、泣ける物語のようです。集大成的な作品となった『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』と自伝色の強い『The Shrouds』は、クローネンバーグファンなら見逃すわけにはいきません」

進化の過程では、役に立たない事象も起きうる

“変態詩人”クローネンバーグの集大成『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』
“変態詩人”クローネンバーグの集大成『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』の画像4
座礁した客船が印象的な冒頭シーン。ひとりの少年が物語の鍵を握ることに

 クローネンバーグ監督は、商業デビュー前に上映時間63分の中編映画『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪学の確立』(70)を撮っている。今回の『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』と同じ原題(Crimes of the Future)となるが、ストーリーはまったく違う。

渡邉「ノーベル文学賞作家のクヌート・ハムスンの小説『飢え』に出てくる、架空の論文のタイトルからの引用なんです。クローネンバーグ監督は映画化された『飢え』を観ており、よほど印象に残る言葉だったんでしょうね。クローネンバーグは、人間が怪物に変化する瞬間や人間の中に潜む怪物的なものを描いてきた監督です。今回は人間の進化がテーマになっていますが、進化そのものには基本的に目的はなく、役に立たない事象も起こりうるわけです。そうしたところを描いているのが、すごくクローネンバーグらしいなぁと感じますね」

 見せ場となる公開手術シーンだが、グロテスクになりすぎていない点も特記される。

渡邉「手術をすれば大量の血が流れるはずですが、クローネンバーグ監督は血を流すと観客の注意が削がれてしまうので、手術シーンはほとんど血を見せずに描いています。クローネンバーグ流の美意識でしょうね。これまで撮ってきた作品とつながっている点も、面白いと思います。双子の外科医を主人公にした『戦慄の絆』(88)に『美人コンテストがあるなら、体内の美人コンテストがあってもいい』という台詞があるんですが、今回はちゃんと『内なる美コンテスト』が開催されているんです(笑)」

 カーマニア、スピード狂で知られるクローネンバーグ監督は、劇中の主人公が車やバイクに乗るシーンをたびたび描いてきたが、今回はそれがないのも印象的だと渡邉氏は指摘する。

渡邉「クローネンバーグ作品には、かっこいい車、バイク、ヨットなどの乗り物がよく登場するんですが、今回はそれがないんです。代わりに登場するのが、冒頭で描かれる座礁した巨大な船です。もうひとつ印象に残るのが、主人公のソールが食事を摂る椅子。すごく奇妙なデザインの椅子に座ったソールは、異常な速度で進化を遂げるという“スピード違反”を犯すことになります。今回は椅子やベッド、手術台が乗り物の代わりになっているようです。場所や時代設定が分からないように描いている点もユニークです。公開手術のシーンでは、観客たちは旧式のビデオカメラや超小型カメラなど不思議な撮影機器で手術の様子を記録しています。細部までこだわって作られているので、ぜひ大きなスクリーンで楽しんでほしいですね」

“変態詩人”クローネンバーグの集大成『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』
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ヴィゴ・モーテンセンは『危険なメソッド』以来となる4度目の出演

 ヴィゴ・モーテンセンが『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(05)から参加するようになり、クローネンバーグ作品はステージが一段上がった感がある。

渡邉「初期のクローネンバーグ作品は、主演俳優が毎回変わっていました。『戦慄の絆』のジェレミー・アイアンズは『エム・バタフライ』にも主演していますが、ヴィゴ・モーテンセンは今回で4作目。クローネンバーグ組と言っていいんじゃないでしょうか。ヴィゴが出演するようになって、女性ファンも増えました。とりわけ『イースタン・プロミス』には驚きましたね。まさかクローネンバーグ監督がノワールものを撮るとは思わなかったし、感動もしました。作品ごとに変わっていくところもクローネンバーグ監督の魅力ですが、今回は初期作品に戻ったような内容になっていて、ファンとして感慨深いものがあります」

 最後に、渡邉氏の推すクローネンバーグ作品を3本挙げてもらった。

渡邉「基本的にどの作品も好きですが、クローネンバーグらしいという点では、やはり『ビデオドローム』。キャリアの転機になった作品として『裸のランチ』も外せません。もう一本、個人的に推したい作品は『ファイヤーボール』(78)です。カーレースの世界を描いた作品で、ホラー映画ではありません。レンタルビデオで観たときは、クローネンバーグらしさを感じられずにいたんですが、劇場で昨年観直したところ、すごく面白かった。最後のリアルな爆破シーンをスクリーンで観て、腑に落ちるものがあったんです。再見するたびに新しい発見があるところも、彼の作品の面白さだと言えるかもしれません」

 クローネンバーグ作品が進化の果てに辿り着いた境地は、はたして快楽のパラダイスか、それとも生き地獄か。本作を観た人たちの体内にも、クローネンバーグ監督が生み出した「未来犯罪」がうごめき始めるに違いない。

『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』
監督・脚本/デヴィッド・クローネンバーグ
出演/ヴィゴ・モーテンセン、レア・セドゥ、クリステン・スチュアート、スコット・スピードマン、ヴェルケット・ブンゲ、ドン・マッケラー、ヨルゴス・ピルパソプロス、タナヤ・ビーティ、ナディア・リッツ、リヒ・コモフスキ、デニーズ・カペッツァ、タソス・カラハリオス
提供/東北新社、クロックワークス 配給/クロックワークス、STAR CHANNEL MOVIES PG12 8月18日(金)より新宿バルト9ほか全国公開
©Serendipity Point Films 2021 / ©SPF(CRIMES) PRODUCTIONS INC. AND ARGONAUTS CRIMES PRODUCTIONS S.A.
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