いじめといえば、学校など子どもの世界で起こる問題と思われがちだ。しかし、当然のように大人の社会でも存在している。

むしろ、簡単に職場や環境を変えることが難しい大人社会のほうが、いじめの被害は深刻になりやすい。

 教育委員会などの学校関係者や教育評論家が、子どものいじめをゼロにするために試行錯誤するなかで、大人のいじめは特に対策もされずに放置されており、深刻な問題となっているケースが後を絶たない。いじめはなぜ起こるのか? 回避するにはどうしたらよいのか? 『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館新書)の著者であり、脳科学者の中野信子氏に話を聞いた。

■いじめには、「オキシトシン」が関わっている

 そもそも、人をいじめることは、人類が種を残すために脳に組み込まれている機能であると、中野氏は語る。

「“いじめ”は集団になれば、ほぼ必ず生じるといっても過言ではありません。人間は、ほかの動物とは異なり、他人のために役に立とうとする『向社会性』という性質があります。
しかし、それがあまりに高まりすぎてしまうと、共同体の中で社会に対する自己犠牲を過剰に求めてしまい、周囲に比べて何もしていないように見える人を排除する行動をしてしまうのです」

 集団を構成する上で、なくてはならない向社会性といじめの関係には、“愛情ホルモン”とも呼ばれる、脳から分泌されるホルモン「オキシトシン」が大きく関わっているという。

「『オキシトシン』は、(集団を構成する人との)愛情や親近感を深める働きがあり、会話やスキンシップを取るだけでなく、同じ空間にいるだけでも分泌されることがわかっています。しかし、仲間意識が過剰に高まった結果、妬みや排外感情を生み出すという負の側面があることも明らかになっています」



 同調意識が高まった結果、そこから外れてしまう人を排除するというのが、いじめの正体だ。例えば、ファッションなどの見た目や、太っている、痩せているなどの身体的特徴がその集団から逸脱していたり、空気が読めずに場の雰囲気を悪くする発言を繰り返す人などが、いじめのターゲットになりやすいという。なかでも、大人社会でもっともいじめられやすいタイプは、一見周囲の人と似通った類似性を持ちながらも「1人だけ得をしているように見える人」だという。

「年齢や性別、職種、学歴などの類似性が高く、能力に差がないと感じられる集団の中で、なぜか上司に気に入られていたり、金銭的に恵まれているなど、1人だけ得をしているように見える人がいれば、妬みを買って、いじめに発展してしまう可能性が高いといえます」

 例えば、子どもがまだ小さいからという理由で、ほかの人よりも仕事を早く切り上げて先に帰るような人は、周囲よりも楽をして報酬や待遇を得ていると思われて妬みを買い、いじめに遭いやすいという。
逆に、子育てしながら仕事をしている人が多い集団ならば、家庭のことを考えずに悠々と働いている独身の人を「楽でいいわよね」といじめるケースもある。

「いじめの対象は、その集団内の力関係や雰囲気によって流動的に変化する、複雑なもの。なので、本人が気づかないうちに、いつの間にか集団から逸脱して、いじめに遭うことも多いのです」

 さらに、実際に恩恵を受けていなくても「この人は将来ズルするかもしれない」と決めつけ、逸脱者を検知する脳の思考プロセスがあるという。

「とても嫌な呼び方ですが、『裏切り者検出モジュール』といって、集団内における将来的リスクを感知する能力が人間にはあります。特に日本人は、海外の人よりもその能力が高く、グループからはみ出しそうな人に対して、敏感に反応する国民性を備えているともいえるのです」

 同調圧力が強い日本社会では、ちょっとでも浮いた存在には、敏感に反応し、排除行動を仕掛けてしまう。また、その妬みの対象に不幸なことがあると、脳内で快感をつかさどる“線条体”と呼ばれる部分が活発化し、喜びを感じることもわかっているという。
脳科学的にも「他人の不幸は蜜の味」なのだ。



 複雑な社会性を伴うため、解決が難しい大人のいじめに対して、どのような対策が望ましいのだろうか。まず、なるべくいじめのターゲットにならないように、日頃から周囲とのコミュニケーションに気を使うことを中野氏は勧める。

「仕事場でのいじめを避けるには、親密な関係になりすぎないことが重要です。例えば、『◯◯さんって本当ムカつくよね~』と同調を求められたときに、『うんうん』と返すのではなく、『そうかな~』とか『よくわかんない』など、曖昧に濁す感じに答えておくのが無難でしょう。難しいかもしれませんが、適度に嘘をついて、その集団内で目立たないようにすることがいじめを回避する秘訣です」

 かなり消極的な対処法だが、トラブルを避けるには、このぐらいしか方法がないのかもしれない。
しかし、どれだけ気を使っていても、何の前触れもなくいじめを受けてしまうこともある。そのような場合は、目立ち切るのも一つの方法だという。

「特に女性の場合、誰がいじめの原因をつくりだした中心人物なのかわからないケースが多く、一度標的にされてしまった場合は、なかなか解決方法が見いだせません。となれば、簡単なことではないのは百も承知ですが、仕事を一生懸命頑張って社内で評判になるとか、友達内でも、何かしら別のことをして、その集団以外から評価を得るなど、目立ち切ってしまうというのも手です」

 「同じ能力なのに得しているように見える人」はいじめの対象になりがちだが、いくら努力しても追いつけないほど能力に差を感じる人に対しては、嫉妬の感情は湧き起こりにくいという。大人いじめにあったらその集団内で悩み続けるのではなく、視点を変えて能力を発揮する場を探すというのが得策のようだ。
(福田晃広/清談社)