北朝鮮当局は、過去30年間にわたって進行してきた市場経済の広がりに歯止めをかけようと、中央集権型の計画経済への回帰を目指し、市場に対する統制を強めている。その影響で公認の市場はすっかり活気を失ったが、市場経済そのものが消えたわけではない。

場所や手段を変えながら、庶民の生活を支える地下経済がしぶとく生き残っている。

複数のデイリーNK北朝鮮内部情報筋によると、最近では多くの商人が市場に出向かず、自宅から携帯電話を使って商売を行っているという。住民はコメや副食物、工業製品、輸入品などを電話で注文し、バイクや自転車、小型トラックなどで自宅まで届けてもらうスタイルが一般化している。

しかし、北朝鮮では公式市場以外での売買は違法とされており、取り締まりが定期的に行われるため、人々は極めて慎重に行動している。携帯電話には顧客や取引先の連絡先を保存せず、配達も人目を避けて実施。スパイの可能性を警戒し、一見の客とは取引せず、信頼できる相手とのみ商売を行うのが基本だ

特に外貨やガソリンなど、政府が厳しく規制する商品については、独自の隠語が使われている。例えば、コメは「本」、米ドルは「ニシン」、人民元は「マス」と呼ばれ、「ニシン2匹くれ」と言えば「200ドルをくれ」という意味になる。このような符牒を使った密売が日常的に行われている。

さらに、かろうじて生き残っている公認市場でも、水面下でのやり取りが見られる。市場管理人は商人に「今日は天気がいいですね」と声をかけることで、「今日は取り締まりがない」という暗号を伝えている。取り締まりがなければ商人は安心して出店でき、市場管理人も利用税やワイロを徴収しやすくなるため、互いに「ウィンウィン」の関係が築かれている。

しかし、それでも摘発のリスクは消えない。

ある情報筋によれば、「安全員は“安全に”ワイロを受け取り、保衛員は“見えないところ”でワイロを取る」という朝鮮語の韻を踏んだ皮肉交じりの表現が流布しており、ワイロの常態化と、それに対する庶民の不満が高まっていることを示している。

実際、取り締まりに対して商人が声を上げる場面も増えている。市場で商売道具を没収しようとする安全員に、周囲の商人たちが集団で抗議するなど、草の根レベルでの抵抗の芽も育ち始めている。

北朝鮮の地下市場経済は、強まる監視と統制のなかでも、携帯電話と配達手段を活用して進化を続けている。国家による強権的な規制をくぐり抜ける庶民の知恵と工夫は、今や北朝鮮社会に欠かせない生存戦略となっている。

物の売り買いという人間の本能的な営みを、権力で押さえつけようとする国家の試みは、どこまで有効なのか。計画経済と市場経済が共存しつつ、現実には後者が支配的となっていた過去30年と同じように、結局は自然と市場経済に回帰するのではないかという見方もある。

編集部おすすめ