『週刊ダイヤモンド』9月3日号の第1特集は、「金融エリートの没落」です。メガバンク、外資系投資銀行、大手証券──。
学生の就職人気ランキングでは、今なお上位勢に顔を出すことが多い大手金融機関。だが、金融界を席巻する「フィンテック」の台頭で、金融エリートの職種の将来は危ぶまれている。
「金融業界にとって、本質的な脅威はフィンテックだと思う」──。
ある銀行系証券のエコノミストはこんな不安を口にした。日本銀行のマイナス金利政策による極度の金利低下をはじめ、金融機関の収益環境は非常に厳しい状況だ。逆風にさらされる金融業界だが、目先の環境変化に気を取られていると、時代のうねりに潜む問題の本質を見誤りかねない。
金融(ファイナンス)とデジタル技術(テクノロジー)が融合した「フィンテック」。ここに今、ビジネス界から熱視線が注がれている。すでに世界では決済や融資などの分野でテクノロジーを駆使し、既存の大手金融機関を脅かす企業が台頭しており、金融エリートの職業が奪われる──。
そこで本誌は、国内の有力フィンテック企業100社の最高経営責任者(CEO)と最高技術責任者(CTO)に対し、アンケートを試みた。金融業界の代表的な20の職種を挙げ、「フィンテックの台頭で今後、金融業界においてどの職種がなくなっていくと思うか」を質問。可能性が高い順に5つの職種を選んでもらい、1位なら5ポイント、2位は4ポイント、3位3ポイント、4位2ポイント、5位1ポイントとして合計ポイントをランキング化した。90人から回答を得た。
「危険水域」である上位集団には、リテール(個人向け)の営業関係の職種が居並ぶ。
1位は個人向けの銀行営業職だ。顧客の資産や収入に見合う最適な商品プランを提案する、といった銀行営業の仕事は、過去の膨大な情報を基に最適解を探るAI(人工知能)が強みを発揮する分野でもある。株や投資信託などの金融商品を売り込む3位の証券営業も同様だ。
2位は生命保険を販売する保険外交員、いわゆる「生保レディー」だった。マンパワーの営業攻勢に頼る旧来型の手法は人件費がかさみ、保険料も高くつきやすい。ネット専業生保が手ごろな保険料を武器に存在感を放つ中、競争環境は厳しさを増している。
4位は銀行窓口業務(テラー)となった。預金の受け入れや払い出しといった窓口業務を担当しているが、今後ずらりと店頭に並ぶ銀行員がロボットに置き換わる日が来てもおかしくはない。みずほ銀行がソフトバンクグループの人型ロボット「ペッパー」を一部店舗に導入した事例も出ている。
契約書作成やコールセンターといった業務を担うバックオフィスが5位だった。マニュアルにのっとった機械的な業務が中心のため、ロボットなどに取って代わられやすい、というわけだ。
CFOすら不要!?ランキング外の職種でも安心はできず
6位に入ったのは銀行の融資・審査の仕事だ。担当者は企業への資金の貸し出しに当たり、万が一にも融資先が倒産し、資金を回収できなくならないよう、財務状況などを審査した上で融資するかどうかを決める。その緻密な財務分析は、AIが得意とするところ。銀行業の本丸である融資や審査に至るまで、人手を要しない時代が刻一刻と迫っているともいえる。
融資や審査だけでなく、現在はCFO(最高財務責任者)すら不要になると訴える新参者もいる。クラウド会計ソフトを手掛けるfreeeは、AIを活用した「人工知能CFO」を実用化する構想を描く変わり種だ。
freeeは今年5月、クラウド会計ソフトの自動仕訳に関する人工知能技術の特許を取得。AIを用いた融資や経理分析に関する取り組みを発展させ、借り入れの判断や資金繰りのシミュレーションといった領域まで手掛ける人工知能CFOを「2年程度で実現させたい」(横路隆CTO)との将来像を描く。
フィンテック研究所の瀧俊雄所長は「一定のルールに当てはまるかどうかを判断するような仕事は早くなくなりやすい」と指摘する。瀧所長はこの基準から、ランキングで「安全圏」となったコンプライアンス(法令順守)担当が最も早く消えるとみる。今回のランキングで下位となった職種でも、決して安心などできないというわけだ。
導入に躍起の銀行勢ベンチャー幹部から冷ややかな見方も
「ITに長けた経営人材がいない」
「既存システムの保守思想と対立し、成功のタイミングを逃す可能性が高い」
「大規模なリストラを視野に入れ、既存ビジネスの収益を毀損するようなフィンテックビジネスを推進する決断はできない」
昨今のフィンテックブームに乗ろうと躍起になっている国内の大手金融機関に対し、フィンテックベンチャー幹部からは上記のような冷ややかな声が散見された。
メガバンクをはじめ銀行勢は、豊富な資金力や経営資源を持たないベンチャー企業にとって、いわば大事な「ビジネスパートナー」のはずだ。それにもかかわらず、アンケートに回答したフィンテック企業幹部の3割は、既存の金融機関がフィンテックの取り組みに「成功しない」と予測した。
メガや地銀がフィンテックに前向きとなったきっかけの一つには、金融庁が主導する形で「お上」が後押しの姿勢を見せたことがある。
2015年度の金融行政方針で重点施策の一つにフィンテックを挙げ、改正銀行法の成立など法律面の整備も進めてきた。
アンケートに回答したあるフィンテック企業の社長は、こうした金融庁からのトップダウンで銀行らがフィンテックに必死に取り組む様子を「旧来の護送船団方式そのもの」と批判する。
その上で、「金融サービスはニーズに地域特性があり、国によって必要なものは変わる。
例えば、金融庁は国内で「AIによる与信審査などの動きが広がっている」と評した。だが複数のフィンテック企業幹部は、同分野の事業例はほとんど見当たらず、分析は的外れだと指摘する。
金融機関はフィンテックとどう向き合うのか。小手先の対応に終始すれば、エリートとはいえ仕事が失われていくのは必至。古参の重鎮バンカーたちには、鈍重さの元凶たる既得権益のよろいを脱ぎ捨て、金融業界の地殻変動に備える覚悟が求められそうだ。