『週刊ダイヤモンド』4月22日号の第1特集は「『孫家』の教え――起業家に学ぶ10年後も稼げる条件」です。人工知能(AI)やロボットの進化、そして長寿命化の進展によって、今の常識が全く通じなくなる時代に突入しています。

将来も「食べるのに困らない」、そんな未来を切り開く人材を育てるにはどうすればいいのか。そこで、ソフトバンク孫正義さんの実弟であり、自らも数々のイノベーションを起こしてきた孫泰蔵さんに、「孫家」の教えについて語ってもらいました。

「他人に倣うな」と父が強く言った理由

 小さいころに父がよく言っていた言葉が、40歳を過ぎた今になって心に響いています。その一つに「他人に倣うな」という教えがあります。

 僕が小学校2、3年のころだったと思います。父が「今日、何ば習ってきたか」と聞くので、僕は「分数の割り算を習ったばい。ひっくり返して掛けるとよ」と喜々として答えたのです。

 父は「おおそうか、それはよかったな」と。ですが、こう続けたのです。「ばってん、泰蔵ね。学校の先生は、時々うそを教えるぞ。先生の言うこと聞くなよ」と。

 これには子供なりに、「ええー」とショックを受けました。「何でそんなこと言うとよ。学校の先生、結構いいこと言うばい」と僕が先生をフォローしたほどです。「父は変なことを言うなあ」と幼心に強く印象に残ったのです。

 ですが、自分が親の世代になってハッとしたのです。要するに、父は「何でもうのみにせずに、常識を疑って自分の頭で考え知恵を絞りなさい」と伝えたかったのです。それを普通に言っても忘れてしまうので、強烈に印象に残るような言い方をしたのでした。

 そもそも今、教育の世界では「21世紀のスキル」として、「4C」という考え方が広まっています。4Cとは、四つの単語の頭文字に由来しており、AIやロボットが進化していく中で、人間に求められる力のことだと考えられています。具体的には次の四つです。

 1)クリエーティビティー
 2)クリティカル・シンキング
 3)コミュニケーション
 4)コラボレーション

 ここで全ては語りませんが、例えば、批判的思考とも訳される「クリティカル・シンキング」というものは、まさに父の教えそのもの。皆が当たり前に言うことを本当かなと疑ってかかる力のことをいいます。

常識を疑うことの意味

 大人になってから、なぜ僕に「先生すら疑え」と言ったのか、父に本意を尋ねたことがありました。

 すると父は「『うそを教えるぞ』とまで言ったかは覚えとらんけど」と前置きした上で、「俺はもう人に倣うなちゅうてね、全部自分でやってきた。修業とか、弟子入りとかもせんかった」と言いました。

 実際、父は、焼き肉店を開くと決めたときも誰かに教わりにはいきませんでした。いきなり、卸問屋にいって「肉を買わせてくれ」と。お店の人に「いや、いきなり来ても卸せんよ」と断られた。そうしたら、「何で」とけんかを始めてしまうほどでした。教わればオリジナルを超えられないという考えがあったからです。

 例えば、友人から「脱サラして豚骨ラーメンの店を開きたいがどうしたらいいか」と相談があったとします。あなたなら、どう答えますか。普通ならまず、人気店に弟子入りしたり、調理学校に入って勉強したりした方がいいと答えますよね。ですが、孫家であれば、「今すぐに豚骨を煮る」というところから始めるでしょう。

これが豚骨ラーメンを作る上での第一歩だからです。

 実際にこれをやってみると、臭くて臭くて仕方がなく、そんなスープは捨てるしかないのですが、最初はそれも知らないと思います。

 ただ、においが問題だと分かれば、臭み消しの野菜を入れてみようとか、鶏がらを交ぜてみようかだとか、次につながるようにいろいろと試行錯誤を重ねるようになる。そうこうしているうちに、他の店にはないイノベーションにつながると考えているわけです。

 兄の孫正義も同じです。兄より優れている分野の専門家から提案やアドバイスを受けても、「いまいちだな」とか平気で言う。ああでもない、こうでもないとずっと自分の頭で考えるのです。

 これでは時間がかかるので、手っ取り早く専門家に頼んでしまうのが普通ですが、世の中で「定石はこうだ」といわれていることでも、定石だといわれる理由が分かるまで、「やっぱりそうか」と腹落ちするまで、追体験するのです。

 兄は最終的な案であっても、ひっくり返すことがよくある。それに振り回される社員の人たちは大変だと思いますが、兄はぎりぎりまでゼロベースで考える、その状況を絶対に楽しんでいるのだろうと思います。(談)

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